第八話「仲間を求めて 中編」
「おめでとう、ミシェルちゃん! 隊長なんて凄いよ!」
「ちょ、アイリス……し、静かに」
ラピスの次はアイリスだ。夕食後、私は兵舎の外にアイリスを連れ出し、公安試作隊への勧誘を行った。
話を聞き終わったアイリスは私の大出世に歓喜の声を上げ、両手を握りぶんぶんと振る。余りのはしゃぎ振りに私は彼女を慌てて静めた。公安試作隊は秘密部隊。話を他人に聞かれるのは宜しくない。
「あ、ごめん、つい」
「う、うん……で、アイリス……試作隊には____」
「勿論、入隊する。当たり前だよ」
当然とばかりにアイリスは答える。彼女ならばほぼ間違いなく隊に加わってくれると私は信じていた。
「いやあ、それにしても驚いちゃったよ。急に二人きりで話がしたいなんて言うから……人目の付かない場所に連れて行かれた時には、その……告白でもされるのかと____こほん……兎に角、おめでとう、ミシェルちゃん」
何やら身をくねらせるアイリス。私は苦笑いを浮かべた。告白って。
「でも、ちょっと残念だなあ……サラちゃんにラピス隊長、その次が私なんて。私としては真っ先に仲間に誘われたかったんだけど」
「そんな……順番に深い意味はないよ」
「そうかなあ?」
アイリスは疑わし気に私の顔を覗き込む。悪戯っぽくもある仕草だった。
「ミシェルちゃん、ほんと変わったよね」
アイリスは感慨深げに目を細めた。
「ミシェルちゃんの友達は私だけなんだって思ってた時期があったけど……今じゃいっぱい友達が出来て……お姫様とも仲が良いし……何だか、少しだけ寂しいかも」
アイリスはそれから慌てて弁明するように____
「あ、勿論ミシェルちゃんに友達がたくさん出来るのは嬉しいよ! ミシェルちゃんが幸せなのが一番だから!」
「うん、分かってる」
大勢の友達が出来た。だからと言って、私の中でアイリスの存在が薄れることはない。彼女はこれからも尊敬すべき大切な親友だ。
「隊長になれてカネサダ君はなんて言ってるの? “やったな、ミカ!”って感じ?」
と、アイリスは目線を下げ、私の腰元を指差す。
『やったな、ミカ!』
「……“やったな、ミカ!”だって」
私はカネサダの言葉をアイリスに伝える。ノリの良い刀だな。
「それにしても不思議な感じ。カネサダ君、正体はあのホークウッドなんだよね。何か怖い人って印象があったんだけど、意外にもフランクで、楽しい人だね」
「フランクって言うか……ガサツなだけだよ」
カネサダの正体を知っているアイリス。悪名高い英雄のホークウッドに対し普通……と言うか、親し気に接していた。
『不思議なのはお前だよ、アイリス。お前ぐらいだぞ、友達感覚で俺に接してくる奴は』
「“不思議なのはお前だよ”だって」
カネサダの言葉を伝えると、アイリスは頬を掻いて苦笑いを浮かべた。
「私、サラちゃん、ラピス隊長……次は誰に声を掛けるの?」
「そうだなあ____マリア、かな」
と、言う訳で、次の勧誘相手が決定。アイリスと別れ、マリアを呼び出すことに。
夜の帳が降り、暗闇が支配する屋外。月の光の下で私はマリアと対峙する。
「……こんな夜更けに何でしょうか、ミシェルさん」
緊張気味のマリアが視線を地面に落としたまま私に尋ねる。……何をそんなに固くなっているんだ?
「今から大切な話をするね」
「ええ。あ、いや……ちょっと待って下さい……その心の準備を____」
顔が真っ赤なマリア。その異様を認め、私は目を細める。
「言っておくけど、愛の告白とかじゃないからね」
「へ? 違いますの?」
「違うよ」
頬を赤くしてもじもじとするマリアに私は毅然として言い放つ。
「アイリスと言い、何でそんな勘違いするんだよ」
呆れたように言うが、腰元のカネサダは____
『女心の分からねえ奴だな、お前は。“今後の人生を決める大切な話があるんだ。二人きりになりたい”なんて声を掛けて人目の付かない場所に連れてくりゃ、勘違いもするだろ』
相棒に呆れられる私。カネサダの声を聞くことの出来るマリアはうんうんと頷き、唇を尖らせた。
「そうですわよ。カネサダさんの言う通りですわ。“今後の人生”って……普通は……その……」
口籠るマリア。これは私が悪いのだろうか。私の言い方が紛らわしかったのだろうか。
「____兎に角、話をしても良いかな」
私は咳払いをして、話を始める事にする。これまでの経緯を含めた公安試作隊の事を。ラピス同様、マリアも既に騎士団との闘いの覚悟を決めている。だから、包み隠さず全てを語ることにした。
そして____
「公安試作隊____分かりました。私もその一員となりましょう」
話し終えた私に、マリアは決意を以て告げる。
「騎士団に対抗する組織。それはこの国、そして世界に必要なものですわ」
マリアならばそう言うと信じていた。不正や腐敗を許さず、騎士道を重んじる彼女ならば。
「これでもベクスヒル家次期当主。情報収集や根回しの分野で活躍できると思いますわ。必ずお役に立って見せます」
マリアはそれから思い出したように「そう言えば」と口にする。
「情報収集と言えば、私なりに先のお姉様の一件を調べてみたのですが、興味深い単語に遭遇しましたわ。“黙示録の四騎士”と言う____」
私は思わずマリアの肩を掴んでしまった。
「ど、どうかされましたか、ミシェルさん?」
「あ、いや……その……私もつい最近その単語に出くわすことがあって」
驚くマリアを放し、私はエリーから聞かされた“黙示録の四騎士”に関する情報を伝える。
「“剣”、“獣”、“飢饉”、“疫病”____四つの力で世界を支配する、ですか」
マリアは目を瞑って考え込んでから、今度は自分の得た情報を私に伝える。
「ベクスヒル家を始め、四大騎士名家では秘密裏に何かしらの実験が行われていたようですわ。“ロスバーン条約”が締結されるずっと前から。各一族は、それぞれが一つの実験の柱となり、時に相互に協力しあっているようでした。アンドーヴァー家では人工魔導核。ベクスヒル家では魔物。チャーストン家では農作物。ドンカスター家では人体。人工魔導核は魔導騎士の心臓の様な代物。つまり、“剣”の力の研究ですわ。魔物は“獣”の力。農作物は“飢饉”の力。人体は“疫病”の力」
マリアの情報から私は各一族に割り振られた“黙示録の四騎士”の力をまとめる。
「アンドーヴァー家は“剣”。ベクスヒル家は“獣”。チャーストン家は“飢饉”。ドンカスター家は____“疫病”」
私ははっとなって気が付く。
「……ドンカスター家……“疫病”……」
符号の一致。並ぶ二つの単語がとある事件を思い起こさせる。それは、はやり病によるドンカスター家の壊滅。私の不幸の始まりの出来事だ。
ドンカスター家は一族が経営するカジノや競馬場の利益から莫大な富を築き上げていた。国で一番の資産力を誇り、一族はその財源を以て年に数度、封建制度時代の旧ドンカスター領に集い豪勢なパーティーを開催していたらしい。はやり病が発生したのはその当日。旧ドンカスター領は瞬く間に病魔に支配され、多くの病死者を出す。
私は奇跡的に病から回復し、義母のエリザ・ドンカスターは体調不良によるパーティーの欠席ではやり病から逃れていた。
「あの事件……もしかして……」
確信は出来ないが、推測は出来る。
「あの場所にはお義母様とお義父様を除くドンカスター家の全ての血族が集まっていた。あの中に“疫病”の研究に携わっていた人間はいたんだ。その人が病を周囲に拡散して……」
恐らく、不注意で病原菌を身体に潜伏させてしまっていたのだろう。それが運悪く皆に広がって、一族を壊滅に至らしめた。
あれは、自然災害ではない。
「人為的なやはり病。研究の過失によってドンカスター家は滅亡の危機に陥り、私の不幸が始まった____“黙示録の四騎士”の所為で」
脳内で火花が散った気がした。唐突に抑えようのない激しい怒りが湧き上がる。
「……“黙示録の四騎士”の所為で、私は……!」
思わず手がカネサダへと伸びる。ここには存在しない“何か”を斬ろうとして。私の不幸の元凶に一撃を与えようとして。しかし、それは叶わぬ事。私はもどかしくて、地面の土を蹴り上げた。
「大丈夫ですか、ミシェルさん?」
「……うん……」
不安そうに私を見つめるマリアに生返事をする。彼女に宥められ、幾分か気持ちが落ち着いた。
『中々どうして上手く事が運んでいるじゃねえか』
カネサダが愉快気な声を発する。
『乙女騎士団の存在意義は女性による不戦の国際秩序だ。だが、“黙示録の四騎士”は明らかに防衛の範囲を逸脱している。その元々が“英雄の時代”に企てられた他国への支配だからな。これは騎士団が抱える致命的な矛盾。公安試作隊としては奴らを攻撃できる美味しいネタだぜ』
カネサダの言う通りだ。“黙示録の四騎士”の情報は騎士団の存在意義を揺るがすもの。証拠が揃えばいずれ世に公表し、公安団の正当性を主張する事が出来る。乙女騎士団による世界平和を信奉する新聞記者たち____即ち、報道の力も持論を失い味方に付ける事が可能だ。そこまで行けば、騎士団を中心とした秩序は加速度的に崩壊することだろう。
徐々に完成に近付く公安試作隊と騎士団が抱える秘密への肉薄。私とマリアは使命感のようなものを胸に別れ、それぞれの寝床に就く。
翌日、昼食時に私が声を掛けたのはミミだった。
「ミミ、これ食べ終わったら話があるんだけど」
アイリス、ラピス、マリア、サラ____皆の居る前でそう告げる。事情を知る一同に若干の緊張が走る中、ミミは一変する空気に首を傾げた。
「……良いけど……え、皆、どうしたの? そんな怖い顔して」
と言う訳で昼食後、私はミミと人目の付かない場所で対面する事に。
「話って何よ、ミシェル」
周囲に人がいない事を確認する私をミミは怪訝な瞳で見つめていた。
「ミミはさ」
ミミの表情から一挙手一投足まで観察する。
「もし私が騎士団に殺されそうになったら、私の事、助けてくれる?」
私の問い掛けにミミは目を丸くした。当然の反応だ。
「ミシェルが騎士団に……? ねえ、どう言う事? 何でそんなこと聞くの?」
問いには答えず、私の心情を探るようにミミは尋ね返す。
「どう言う事も何も……何となく聞いただけだよ」
「何となく? わざわざ二人きりになってまで、何となく? 普通何となく聞かないわよ、そんな不吉な事」
ミミの正論に私は誤魔化すように頭を掻いた。
「……で、どうなの? 助けてくれる、ミミ?」
「ミシェルが殺されそうになったら、ね。正直、そんな状況になったら、私じゃ何も手助けできないと思うわよ。強くないし、家柄もそこまで良い訳じゃないし。私じゃミシェルを守れない。かえって足手まといになるかも」
「足手まといって……ミミは優秀な騎士だよ。だからエストフルト第一兵舎にいるんでしょ」
私の言葉にミミは肩をすくめる。
「自分の評価くらい正しく出来るわよ。私がここにいるのは魔導工学の才能が認められたから。騎士としては、所詮二流止まりなんじゃない?」
「そうかなあ……前は兎も角、最近は凄く強くなってるよ、ミミ。それに魔導工学の才能だって、立派な騎士としての能力だと思う」
「そうかしら?」
「そうだよ。もっと自信を持って良いんじゃないかなあ」
いけない。話が脱線している。私は咳払いをして、再度問い掛ける。
「えーと……要は、その……騎士団と敵対してでも私を助けてくれるかって事を……何と言うか……仮定上の問答の話であって……」
いまいち締まらない。なあなあな状態でミミの答えを待つことに。
「……ミシェルを助けるために騎士団と敵対出来るかって事よね。この前のマーサの一件の時のように。それなら答えは決まってるわ」
迷いなくミミは答える。
「例え騎士団が敵になろうとも、私はミシェルのために力を貸すわよ。だって、罪滅ぼしが済む前にアンタに居無くなられるのは嫌だもん。……と言うか、友達を見捨てるなんて出来ないわ」
「……ミミ」
真っ直ぐなその答えに胸元が熱くなる。ミミの口から“友達”という言葉が出てきて、私は軽い感動を覚えた。
「で____早く本件を言いなさいよ。まさか、ただの問答をするためだけに私を連れ出した訳じゃないんでしょ。何か切羽詰まった用件があるのよね?」
何かを察したように尋ねるミミ。私は頷き真顔で口を開いた。
「切羽詰まった用件って程じゃないんだけど____」
私は公安試作隊の話をミミにする。彼女の覚悟は確認できた。
「私を公安試作隊に?」
「そう。入隊してくれるよね?」
確認するように私はミミの顔を覗き込む。彼女が静かに頷くのを見て、ほっと安堵の吐息を吐いた。
「私なんかで役に立つなら、いくらでも力を貸すわよ」
「私なんかって……そんなに謙遜しなくても良いのに」
公安試作隊の活動においてミミの魔導工学の知識と才能は、むしろ単純な戦闘能力よりも重宝する事だろう。彼女を隊員として確保できた事は、隊にとって大きな戦力アップだ。
「まあ、兎に角、微力を尽くさせて貰うわ。よろしくね、隊長」
「……隊長、か」
まだその呼び名に慣れない自分がいる。何だか気恥ずかしい。
ともあれ、これでサラ、ラピス、アイリス、マリア、ミミと五人の隊員確保に成功した。エリーに言われた隊員数の最低ラインだ。
出来る事なら、もう何人か新規を得たい所なのだが……残念な事に当てがない。
最低限の人数は確保出来た訳だし、今回の勧誘活動はこれぐらいで____
いや、当てがないからと言って勧誘活動を終了させるべきではないだろう。
私はいずれ大勢の部下を従える存在となるのだ。いつもの仲良しメンバーの閉じた殻に籠りっぱなしになってはいけない。当てがないのなら作らねば。今まで避けて来た他者との交流を積極的に行っていくのだ。
公安試作隊隊長として、これまでの私を変える。
そう覚悟を決め、ミミと共に皆の元に戻る私。私達の様子から事の顛末を察し、一同は安堵の表情を浮かべた。
「よろしくね、皆」
他の騎士達も居るので多くは語らず、私は皆に告げる。アイリス、ラピス、マリア、サラ、ミミが顔を見合わせ、私達だけがその意味を理解する事のできる不敵な笑みを浮かべた。
……何だろう、この気持ち。
公安試作隊としての活動は決して楽なものではない。騎士団との対決は、相応の覚悟を要する。それなのに、私はワクワクしていた。
もう一度、この面々で闘えること。その事に言いようのない高揚感を抱いた。
その後、午後の任務を終え、これからの事を考える最中、私は偶然八夜に出くわす。食堂への廊下での事だった。
「あ、お姉様。お姉様もこれから食堂ですか?」
「うん。八夜も今から食事?」
「はい」
挨拶を交わす私と八夜。周囲に人は居ない。ふと、私の脳裏に公安試作隊の案件が過った。
八夜を公安試作隊に勧誘してみるか? そんな考えが浮かび、私はそっと声を潜めて____
「八夜、少し話があるんだけど」
「……? 何でしょうか?」
物陰へと誘導する私に八夜は怪訝な瞳を向ける。
「実は____」
口を開き、しかしすぐさま黙り込む私。八夜はさらに怪訝な瞳を私に向ける。
「……」
「実は? どうされました、お姉様?」
公安試作隊の話をしかけ、突如として何かがそれを思い留まらせた。まるで見えない影に喉元を締め上げられたようだ。私ははっと鋭い呼吸をして、頭を左右に振る。
「……あの……お姉様……?」
「……え……と……」
不安そうにこちらを見つめる八夜。私は何か言葉を繋げようとして、とある約束を思い出した。
「今度の休み」
私は焦ったように切り出す。
「一緒に外出するって約束だったけど……ごめん、実は先約があって」
「……先約、ですか」
「うん、先約。だから、申し訳ないけど……キャンセルさせて貰って良いかな?」
嘘は吐いていない。次の休日、私はエリーと会い、公安試作隊の件で報告をする予定だ。
「……それは、仕方がないですね」
「ごめん」
「いいえ、こちらこそ唐突にお誘いしたので」
謝る私に、八夜は逆に頭を下げる。私の胸はそれで更に締め付けられた。
「その、またいつか一緒に……その時はしっかりと予定を空けておくから。八夜とはゆっくりとお話したいし。今回の事は本当に私も残念で……」
私は八夜の不安を拭い去るようにそう告げる。彼女の事を避けている訳ではない事を必死に伝える。
「……はい、また機会があったら」
「……」
八夜の顔に影が差す。先約があったのがそんなにも残念だったのか、それともそれ以上の何かを私の表情から読み取ったのだろうか。
気不味い空気の中、私達は別れる。
『どうして誘わなかったんだ、公安試作隊に? そのつもりだったんだろ?』
八夜が去った後、カネサダが問う。
私は何も答えられずに……何も分からずに、己に問うた。
どうして、八夜を公安試作隊に勧誘しなかったのか?
それに答えたのは、私の心の奥の暗い影。怨嗟と悲しみの化身だった。
曰く____ドンカスターの人間を赦すな。奴らに心を許すな。
小さく、しかし、声は鎖のように私を縛り付ける。
「きっと」
私は腰元のカネサダにそっと手を添える。
「ドンカスター家の呪いだ」
八夜は良い人間だ。良い妹だ。尊敬すらしている。しかし、やはりチラつくのだ。ドンカスター家____私を不幸に陥れた血族の影が。
だから……もしかしたら、不可能なのかも知れない。八夜を心から好きでいる事が。
「……くそっ」
私はいらいらして、壁を蹴った。




