第五話「黙示録の四騎士」
「リッシュランパー地方で食糧不足が発生している話はミシェル様もご存知かと思われます」
そう話を切り出すエリー。秀蓮はと言うと路地裏の出入り口近くに陣取り、通行人が来ないか見張っていた。
「原因は農作物間の伝染病。これが彼の地方の収穫を壊滅に追い込みました。最早、国の支援無しでは餓死者が出てしまう程に」
エリーの言葉に私は頷く。
「2週間後、私達騎士団が食糧輸送の護衛をすることになってる」
「ええ、存じ上げています」
それからエリーは意を決したように____
「リッシュランパー地方で起きているのは自然災害ではありません。農作物間の伝染病。これは人為的に起こされたものです」
エリーの言葉に私は目を見開く。
「……人為的に?」
私はごくりと生唾を飲み込む。
「そんな……一体誰が? 何のために?」
「それは____」
エリーが口にする次の言葉は何となくだが予想出来た。
「騎士団です。いえ、正確には四大騎士名家と言った方が良いのかも知れません。彼らがリッシュランパー地方で伝染病を発生させたのです」
リッシュランパー地方で発生した伝染病はかなり大規模なものだと聞いた。これを人為的に起こせる存在と言えばかなり限られてくる。エリーの答えはまさしく私の予想通りだった。
「彼らはとある“実験”のために此度の事態を引き起こしたものと思われます」
「……“実験”?」
首を傾げる私にエリーはとんでもない単語を発する。
「それは世界を支配するための実験です」
「……は? せ、世界……を……?」
自分の耳を疑う私。世界を支配。話のスケールが大きすぎる。冗談を言っているのかと思ったが、エリーの顔は真剣そのものだった。
「ミシェル様、“黙示録の四騎士”はご存知ですか?」
「……“黙示録の四騎士”って聖書の預言に出てくるアレだよね」
「ええ、そうです」
頷くエリーに私は怪訝な視線を向ける。どういう繋がりか分からないが、今度は聖書からの引用だ。リントブルミア人の御多分に漏れず私も竜神教を信仰していたが、聖書の預言的記述にのめり込むほどには篤い竜神教徒ではない。だから、エリーに“黙示録の四騎士”を持ち出されても真剣に取り合えなかった。
「聖書の一つである黙示録には以下の様な内容の記述があります。“剣”、“獣”、“飢饉”、“疫病”____それぞれの力を与えられた四人の騎士達の到来。そして、彼ら“黙示録の四騎士”がその力を以て地上を支配すると」
「うん、私もその話は知ってるけど……まさか、エリー、黙示録の預言を信じてるの?」
「いいえ」
きっぱりと否定するエリー。
「恐らくミシェル様もそうかと思われますが、私は預言を信じている訳ではありません。しかし____預言にあやかろうとしている存在は知っています」
「預言にあやかる?」
話が見えてこない。私はエリーの言葉を待った。
「“ロスバーン条約”締結より以前____即ち“英雄の時代”、救国の悪魔フランシス・ホークウッドと後の世の人々の奮闘によりリントブルミア王国は国際社会の中で強国としての地位を確立するに至りました。そして強国の常として、リントブルミア王国も他国の支配を視野に入れるようになったのです。その折りに頭角を現したのがアンドーヴァー家、ベクスヒル家、チャーストン家、ドンカスター家____後に四大騎士名家と呼ばれるようになった者達です」
四大騎士名家。そう言えば、“黙示録の四騎士”と同じ、“四”と言う数字で呼称されている。
「四大騎士名家は聖書の“黙示録の四騎士”にあやかり、世界の支配を試みました。そして“ロスバーン条約”が締結され“英雄の時代”が終結した後も平和な大陸にあって世界を支配するための計画を着々と進めているのです。今この瞬間も」
私はエリーの話を遮り質問する。
「……世界を支配って……具体的にどうするの? その方法は?」
「私も断片的な情報しか持ち合わせていませんので、断言はできないのですが……キーワードになるのは“剣”、“獣”、“飢饉”、“疫病”____この四つの力です。四大騎士名家はこれら四つの力を手に入れることで、世界の支配を目論んでいます」
エリーは一拍置き、呼吸を整える。
「“剣”とは恐らくですが魔導乙女騎士団を指しています。そして、“獣”とは魔物を操る力」
「……魔物を操る力」
その力には心当たりがあった。この前のマーサの一件。彼女はベクスヒル家が保有していると思われる魔物を操る力で以てアメリアを葬り去ろうとしたのだ。
「今回、リッシュランパー地方では“飢饉”の力を完成させるための実験が行われていると思われます。……ミシェル様」
私に呼びかけるエリー。
「ミシェル様にはリッシュランパー地方に赴いた際、“飢饉”の計画の情報と証拠を手に入れてきて頂きたいのです」
真っ直ぐと私を見つめるエリー。私は頬を掻き、彼女に待ったを掛けた。
「四大騎士名家がはるか昔から世界を支配する計画を企てていただとか、四つの力だとか、リッシュランパー地方で“飢饉”の計画が進められているだとか……急な話過ぎて……」
「信じられない、ですか」
「……」
無言で頷く私。エリーの話は何処か地に足が付いていないような感じがする。確固たる証拠も無いようで、先程から推測だけで物事を語っているようであった。
「確かにそうですね。話としては知っていたものの、私もつい最近までは陰謀論程度にしか考えていませんでした。しかし、彼女がもたらしてくれた証拠が、私に真実を伝えてくれたのです」
エリーの視線が秀蓮の方に向く。
「彼女って、秀蓮のこと?」
「はい。ラ・ギヨティーヌの一員でもあり、また“便利屋”でもある彼女が、計画に関する証言を記録した記録石を私の元に届けてくれたのです」
私達の視線に気が付いた秀蓮が小さくお辞儀をする。
「そのおかげで、計画のあらましを知ることが出来ました。細部に関しては断片的な情報しか得られませんでしたが」
エリーは私の手を握り、訴えかけるように____
「四大騎士名家による世界支配。これは暴力による支配であり、決して看過できないものです。その上、“実験”の段階で多くの罪なき人々の犠牲が生まれます。断固阻止しなければなりません。ミシェル様、どうかご協力を」
「……どうして私に」
エリーから少しだけ身を引いて私は尋ねる。
「私なんかに頼んで良いの、そんな大事? 調査をするにしろ、証拠を集めるにしろ、もっと適任がいると思うんだけど」
「ミシェル様以外の適任? 例えば?」
「……それは……」
言葉に詰まる。適任者に当てがあっての台詞ではなかったのだが。
「ミシェル様の能力を見込んでのことです。もしもミシェル様が迷惑であれば、無理強いは致しません」
「……」
私が黙り込んでいると、エリーは咳払いをする。
「もう一つの案件に関して、お話させて頂いても宜しいでしょうか?」
話題を変えるエリー。そう言えば、話は二つあると言っていた。今度は何だ。
「公安団、その前身となる魔導乙女騎士団公安部公安試作隊の件です」
公安団。以前、エリーが口にしていた事だ。魔導乙女騎士団と同等の力を持つ監視組織を作り上げる事がエリーの目標だった。
「以前にもお話しましたが、公安試作隊の隊長を是非ミシェル様に務めて頂きたいのです」
「……うん」
「このタイミングでこのお話をさせて頂いたのは、リッシュランパー地方での一件があっての事です。ミシェル様には公安試作隊隊長として、“飢饉”の件で実績を上げて頂きたいかと」
「実績を上げるって……私、まだ隊長を引き受けるとは……」
口籠る私。エリーは頷き、落ち着いた口調で話しだす。
「隊長を引き受けるのも、引き受けないのもミシェル様の自由です。ですが、ミシェル様……ミシェル様はこのまま引き下がるおつもりなのでしょうか? 公安試作隊隊長の座に興味はないのですか?」
「それは」
見透かしたように尋ねるエリーに私は息を飲む。
騎士団との闘いを決めた私。そのための舞台をエリーはわざわざ用意してくれたのだ。隊長の座を断る理由などない。
それなのに何故、私は二の足を踏んでいるのだろうか。
『ボケてんだよ、お前は』
腰元のカネサダの言葉に私はドキリとする。
『ここ最近、楽しかったもんな』
「……」
マーサとの闘いに勝利し、私は騎士団との次なる闘いを決意した。
しかし、それとは別に束の間の安息を望んだのも事実だ。
私は最早孤独ではない。多くの親友が出来た。仲間と理解者を得た。そして、最近では部隊内でも上等な地位を得て、おまけに自分を慕ってくれる妹も出来た。
私は幸せだ。今のままでも。
日常に満足して、私は闘いを先延ばしにしているのかも知れない。
しかし、理解している。このままではいけない事に。闘い、昇りつめ、復讐を果たさなければいけない事に。
ここが潮時かも知れない。
「____分かった」
私は覚悟を決め、エリーに告げる。
「公安試作隊隊長。私が引き受ける」
私の言葉に待っていたとばかりにエリーが喜色を浮かべる。
「それでこそ、ミシェル様です____いえ、公安試作隊隊長ミシェル殿」
公安部公安試作隊隊長。その肩書は重いが、苦難など今更だ。生まれてこの方、私は安息を知らなかった。そのため、過度に酔っていたのかも知れない。最近の穏やかな日常に。だが、それも終わりだ。私は再び闘いの道を歩み始める。
「取り敢えずの任務は、リッシュランパー地方での“飢饉”の調査ってことで良いんだよね」
「ええ……ですが、その前にミシェル様には重要な仕事があります」
「重要な仕事?」
エリーは姿勢を正し、大仰に告げる。
「リントブルミア魔導乙女騎士団公安部部長エリザベス・リントブルムより公安試作隊隊長ミシェル殿に言い渡します。一週間以内に五名以上の隊員を確保し報告すること」
こほんと可愛らしく咳をし、エリーは口調を和らげる。
「……つまりは仲間を集めて下さい。最低でも5人の。隊長のミシェル様一人だけでは部隊ではありませんので」
「仲間を? 私が集めるの?」
てっきりもう何人かの隊員を確保しているものかと思ったが。
「ええ、公安試作隊はいわば秘密部隊。ミシェル様が信頼できると心から思える者を隊員に加えて頂きたいのです」
「……信頼、か」
「期限は一週間。私はその間に諸々の手続きを完了させます。マーサ・ベクスヒルの一件から監視組織新設の必要性を訴え、王国会議でも騎士会議でも既に公安部の設立は認可が下りています。後は、中身を詰めていくだけです」
仲間。その言葉で思い浮かんだのはアイリス、ラピス、マリア、サラ、ミミ____マーサの一件で共に闘った者達の顔だった。
信頼できる仲間となると……この五人を除いて他にいない。
話を持ち掛けてみるか。
「ミシェル様、その試作隊の仲間なのですけれど……彼女を加えては頂けませんか」
「ん? 彼女……って、まさか」
私達の視線が再び秀蓮に向く。
「はい、秀蓮様を是非試作隊の隊員に」
「……」
黙り込む私。
ラ・ギヨティーヌの準隊員であり、騎士団上層部を暗躍する“便利屋”の秀蓮。彼女程眉唾な存在も珍しい。
「あくまでも、検討をと言う話なのですが」
「……」
「個人的には……ミシェル様に彼女を信用して頂きたいと」
私は難しい顔をする。どうやら秀蓮に肩入れをしているらしいエリー。“黙示録の四騎士”の情報と証拠の提供は秀蓮によるものだが、彼女を味方だと認識するのには躊躇いが生じる。
「ミシェル様、今日はここでお開きにいたしましょう」
両手を打ち合わせるエリー。
「後のお時間は____秀蓮様とのお話に使ってください。彼女、ずっとミシェル様と会いたがっていたようでしたので」
私とエリーの会話が途切れた事を察し、路地裏の出入り口から秀蓮がやって来る。
「次の休日、空けておいてください。報告はその時に。詳細はまたこちらから連絡します」
去って行くエリーにすれ違い様のお辞儀をし、秀蓮は私の前に佇む事に。
「ミシェル先輩」
しばらく見つめ合った後、秀蓮は切実な声音で____
「お願いです、私を助けて頂けませんか」