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トラップ・アンド・ブレイド~男の娘と復讐の刀~  作者: ラプラシアン蒼井
第一幕 復讐のススメ
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第九話「ミカ」

 兵舎に設けられた大浴場。その脱衣室に私はいた。


 脱衣室には兵舎に在籍するおよそ100名程の騎士達の個別のロッカーが設置されており、その扉は暗証番号を入力することで開錠する仕組みになっている。


 扉の開閉を行う魔道具に暗証番号を入力し、私はその中に脱いだ衣服を放り込んでいく。


『なあ、ミシェル。お前以外誰もいないんだが』


 ロッカーに立て掛けた古びた漆塗りの鞘、その中からカネサダが声を発する。心なしか、声音が残念そうだった。


「大浴場は午後8時に閉まることになっていて、私に使用許可が下りるのは誰もいなくなったその後。私が男性だって事は公然の秘密になっているから、その辺はしっかりとルールが定められているの」

『ちぇ……つまんねえの』

「……カネサダ、貴方……本当に……」


 私は呆れた視線をカネサダに向ける。


 脱衣に戻る私。


 シャツを脱ぎ、スカート、その下のスパッツをロッカーにしまい込んだ時、カネサダが上擦った声を上げた。


『ミ、ミシェル……ちょ、ちょっと、良いか?』

「……何か?」


 狼狽するカネサダ。一体どうしたと言うのだろう。


『あ、いや……なあ、ちょっとこっちを向いてくれねえか?』

「?」


 私はカネサダに顔を向けた。


『バカ! 身体をこっちに向けろって言ってんだよ!』

「え? 何で?」


 首を傾げる私。


『別に良いだろ! 減るもんじゃねえし!』

「……」


 そのカネサダの言い方で私は嫌な想像をし、顔を青くさせた。


『おら! いいから、こっちを向け!』

「ね、ねえカネサダ……」


 私は恐る恐る尋ねる。


「もしかして……見たいの、私の裸?」

『は、はあぁ!? お、男の身体なんて興味ねえし!』

「何でそんなにきょどってんの?」

『い、いや別に……!』

「……」


 私は無言でロッカーから衣服を取り出し、それでカネサダを包んだ。


『何しやがる! 前が見えねえだろうが!』

「……」


 私は無言でロッカーにカネサダを放り込む。


『ああ、クソ! 見せやがれ、お前の身体! 良いだろ、減るもんじゃねえし!』

「男の身体に興味はないんでしょ」

『男の身体に興味はねえけど……良いだろうが!』

「……」

『この際、お前でも良い! 無駄に良い身体しやがって! 俺は貧乳でもいける男なんだ! 胸の小さい女だと思えば……!』


 私は無言でロッカーを閉めた。


『ば、馬鹿野郎! 男同士なんだ! 何を女々しく恥ずかしがってやがる!』


 中から、カネサダの声が聞こえてくる。


 まさか、カネサダがこれほどまでに気持ちの悪い奴だったとは。


 私は顔を青くさせたまま下着を脱ぎ、素早くロッカーに放り込んだ後、身体を清めに浴室の方へ向かうのだった。


 身体を洗っている最中、脱衣所の方からカネサダの叫びが聞こえ続け、私は底冷えのする思いをした。


 入浴が終わり身体の水分を綺麗に拭き取った私は、タオルをカネサダに幾重にも巻き付け、それから衣服を身につけ始める。


『この、自意識過剰()! そんなに裸を見られるのが嫌か!』


 この刀、今私の事を女だと言わなかったか?


 着衣の完了した私はカネサダからタオルを外し、彼を再び腰のベルトに差す。


『ああ、糞ったれ! 今度は見せろよな、お前の裸姿!』

「……あ、貴方……自分が相当気持ちの悪い事言っているっていう自覚はある?」

『ふ、ふん! 俺はあれだ……ただ学術的な見地からお前の身体に興味があって……やましい気持ちなんて一切ない! だから見せやがれ!』

「み、見苦しい……さっき言ってたよね、貧乳でも良いとか……胸の小さい女だと思えばとか……」


 カネサダは悔しそうに唸り声を上げた。


『気のせいだ! そんな事言った覚えはない!』


 喚くカネサダ。


 私は溜息を吐いて、鞘をポンポンと叩いた。


「正直に答えたら見せても良いよ」

『え?』

「いやらしい目で私の身体を見てたんだよね? 正直に答えたら、次は見せてあげるよ……私の裸」

『ま、マジで!?』


 鼻息を荒くするカネサダ。


 ……き、気持ちが悪い。


「で、どうなの?」


 私が再度尋ねると、カネサダは嬉々として答える。


『そんなの……いやらしい目で見ていたに決まってんだろうが!』

「……」


 こちらから尋ねておいて何だが、私は思わず絶句した。


『だって、お前どう見ても女の身体してんじゃん! 俺が太鼓判を押すんだから間違いねえよ! 本当に付いてんのかよチンチン! そこいらの女共より全然扇情的だぞお前!』


 激しくまくし立てるカネサダに吐き気を催してきた。


『よし! 正直に答えたんだから、見せてくれるよな、裸!』

「……うん、いいよ」

『マジでか!?』

「次の機会にね」


 はしゃぐカネサダに私は白い目を向ける。


「まあでも、次は無いかな。だって、明日には貴方を元の場所に戻しておくんだし」

『はあぁあ!? 汚ねえぞ、お前! 今すぐ見せやがれ! お前のちっぱい!』

「ち、ちっぱい……?」


 何を言っているんだ、この刀?


 私はベルトからカネサダの納められた鞘を引き抜き、左手で持った。彼が私をいやらしい目で見ていたと知った途端、身体に接触させることが嫌になって来た。


 左手にカネサダを携えたまま、私は自分の部屋に帰還する事にする。


 私の自室は兵舎の二階に位置している。

 一階の大浴場から階段を上り、私は自室の前で立ち止まった。


 すっと息を吸い、私は目の前の扉を叩く。


「帰ったよ」


 そう一言告げる。


 すると、中から一人の少女が姿を現し、不機嫌そうな顔をさらに歪めて扉を大きく開いた。


 その口が嫌々といった具合に開く。


「入れば」

「う、うん」


 私を部屋に招き入れる少女の名はサラ・ベルベット。部隊の所属は違うが、彼女は私の同期でルームメイトだった。


 エストフルト第一兵舎の騎士達は、二人一部屋で寝泊まりを共にする決まりになっている。私もその例に漏れず、一つの部屋を騎士学校の同期であるサラと共有していた。


 自室に入り冷たいサラの視線に晒される中、私が向かったのは窓を開けた先に設けられたベランダだった。


「ちょっと」

「え、何?」


 静止の声を投げかけたサラは、険しい表情で私を見つめると使い古された一枚の毛布をこちらに投げよこした。


「毛布忘れてるわよ」

「う、うん……ありがとう」


 毛布をサラから受け取った私は、そそくさとベランダに出る。


「……」


 夜風が身体に当たる。


 私が屋内から出たのを確認すると、サラは窓の鍵を掛けカーテンを力強く閉めた。


 部屋に戻って早々、私は屋外へと締め出された形になる。


『おい、ミシェル』


 毛布を被り、ベランダで横になる私にカネサダの声が掛かる。


『お前はこんな所で何をやっているんだ?』


 夜空には月が浮かび、星々が瞬いていた。その微かな光の下、私は固い地面に寝転がっている。


 隣に横たえたカネサダに首を向け、私は簡潔に答えた。


「これから寝るんだけど」

『お前、ここはベランダだぞ』

「うん」

『どうしてこんな所で寝ようとしてるんだ?』


 カネサダが尋ねるので、答えることにする。


「男女が同じ部屋で寝る訳にはいかないでしょ」

『マジかよ』


 カネサダは呆れたような声を漏らした。


『お前もしかして……いつもこんな屋外で寝てるのか?』


 私は頷いて、あくびをした。


 リントブルミア魔導乙女騎士団に入団し、エストフルト第一兵舎で生活をするようになってから既に2年が経過する。その間、私の寝床はずっとこのベランダの固い地面だった。雨が降っても嵐がやって来ても、毎晩毎晩私は屋外で毛布を引っ被り睡眠を取っていた。

 当然と言えば当然だが、同居人のサラが私と同じ天井の下で寝るのを嫌がったためだ。彼女にも私が男性である言う秘密はバレている。嫌がられるのは無理からぬことだった。


『ひでえな、本当に……浮浪者かよ、お前』

「もう慣れたよ」


 私が淡白に言い放つと、カネサダは深い溜息を吐いた。


『情けねえ奴。文句の一つも言わねえのか?』

「原因は私にあるから。私が……男だから。この件で、サラは被害者なの」

『この馬鹿どもが。軍人にとって質の高い休息は必要なものだぜ。今日からで良い。あの小娘に頼んで中に入れて貰え』

「無理。私、サラにはすごく嫌われてるから。きっと話も聞いてもらえない」


 カネサダは苛々とした口調で怒鳴る。


『アイツの気持ちなんてどうでも良い! 今すぐ窓を蹴破って、奴の寝床を占領しろ!』

「無茶苦茶言わないで」


 私は溜息を吐いた。


 それから、私達の間に沈黙が訪れる。


 私は息を静かに吐いて、目を瞑った。


 視界を闇が覆い、遠くで虫の声が聞こえた。今夜はやけに静かだった。そう感じるのは、昼間の騒がしさの反動なのかもしれない。


 ふと、私は気になってカネサダの方に寝返る。


 彼はもう寝たのだろうか? そもそも、刀は睡眠を取るのだろうか?


 そんな事を疑問に思っていると、カネサダの声が再び聞こえてくる。


『どうした、ミシェル。眠れないのか?』


 カネサダはどうやらまだ起きているみたいだ。


「いや、別に……カネサダは眠らないのかなって」

『なんだそりゃ』

「剣も睡眠を取るのかなって」

『……気になるか?』


 カネサダがそんなことを聞いて来たので、私は曖昧に唸った。


『教えてやるよ。ただし、今夜は駄目だ。明日の夜教える』

「明日の夜、もう貴方はいない」

『剣は睡眠を取るのか。それが知りたければ、もう一夜俺と共に過ごすことだな』


 剣のくせに小生意気な。おとぎ話に出てくる暴君の王妃みたいな真似を。


『なあ、ミシェル』

「何?」

『お前、自分の名前が嫌いなのか?』

「え?」


 カネサダの言葉に私は目を丸くする。


『ミシェル____この名前を耳にする度、お前からは何と言うか……すごく嫌な空気が漂って来きやがる』

「……」

『自分の名前が嫌いなのか?』


 やや躊躇った後、彼の言葉に私は小さく頷いた。


「ミシェル。その名前は私にとって全ての始まりだった。女性として生きることを強要され、不幸のどん底を歩むようになった……その始まりの名前」

『……ふーむ』


 私の話を聞いて、カネサダは何やら思案するように唸った。


『改名しよう』

「え? 改名?」

『そうだ、名前を変えるんだよ。自分の名前が嫌なら、勝手に変えちまえば良い』


 カネサダは楽し気だった。


『よし、早速改名案を出すぞ! えーと……マイケル!』


 そして、勝手に私の新しい名前を考え出した。


『ミゲル……いや……ミハイル……うーん……おい、お前も考えろよ!』

「……えぇ」


 私はげんなりとした声を出した。


『ミヒャエル……いや、そうだ……!』


 思い付いたようにカネサダは声を上げる。


『ミカ、だ!』

「ミカ?」

『ああ、そうだ!』

「どうして、その名前?」


 ミカ。サン=ドラコ大陸北西部に位置するニドヘッグリア王国。万年雪の積もるその北国でよく耳にする、男性の平凡な名前の一つだ。


 どうしてカネサダがその名前を選んだのか、少しだけ興味がわいた。


『この剣が作られた国、アウレアソル皇国で抱いた女の中で、美香(みか)って名前の娘がこれまた目を見張るほどの美女でな』

「……」

『お前に負けず劣らずの器量だった!』

「へ、へえ」

『アレは良い女だった! 胸は小さかったが、儚げで……何処となくお前に似ていたかもな』

「……」

『ああ、それとニドヘッグリア王国で共に越冬戦争を戦い抜いた戦友にミカって名前の兵士がいてな……まあ、こっちはどうでも良いか』


 ……何だろう。


 やはり、カネサダの中で、私は女性という事になっているのだろうか?


 かつて抱いた女性の面影を私に重ねるとは。


 と言うか、剣が女性を抱くとは一体? 誰かの……彼の元の持ち主のホークウッドの身体を乗っ取って、という事なのか?


『よーし……今日から、お前はミカだ! よろしくな、ミカ!』

「……」


 私はカネサダのその言葉を無視した。


『よっしゃ、じゃあ今夜はとことん話し合おうぜ!』

「えー」

『ミカ、俺はもっとお前の事が知りたいんだよ!』


 早速、私の事をミカと呼ぶカネサダ。


『お前だって、話したいんじゃねえのか?』


 見透かすようにカネサダは言う。


『こんな事なかっただろ? 誰かに、自分の人生を語る機会なんて』

「……え……うん、まあ」


 ずっと素性を隠し、素性がバレた後も誰にも頼ることが出来なかった私は、カネサダの言う通り、誰かに自分の人生を語ったことなどなかった。


『気が楽になるぜ』


 カネサダはにっこりと笑ったように思えた。


『ホークウッドは強い男だったが、そんなホークウッドも仲間に支えられてこそ強くあり続けられた。辛い過去、世の中の愚痴……そう言った事を吐き出せる相手がいたから、奴の精神は暗闇の中でも健康を保っていた』


 やはり懐かしむように、カネサダは語る。


『聞いてやるよ、ミカ』

「……カネサダ」


 らしくない優しい彼の口調に私は困惑する。


『だから、話してくれ。お前がどんな人生を歩んできたのか。お前の身の回りの事。お前が眠たくなるまで、聞いてやるから』

「……」


 躊躇うように目を泳がせた私は、少しだけ毛布の位置をずらすと夜空を見上げて決心するように口を開く。


「……あのね、カネサダ」


 そして、語り出した。


 ドンカスター家の事。私の人体改造の事。騎士学校の事。学校を卒業した後の事。話せるだけのことは話した。


 初めてだった。


 誰かに自分の過去を話したのは。

 思い切り周りの人々の悪口を言ったのは。


 カネサダに話していて、気が楽になると同時に……私の中で言い様のない怒りが湧き上がってきた。


 私は改めて認識した。


 自分がどれほど理不尽な環境に置かれているのかを。周りの、世の中の人間達の悪行と悪徳を。


 こんなことは許されるべきじゃない。そう思えて来た。


 私の目には悔しさで涙が浮かんでいた。


 自分が惨めだったし、情けなかった。


 カネサダは私の話を聞きながら、愉快気な声を発していた。


 どうして、そんなにも貴方は楽し気なの?


 私が咎めるように尋ねると、彼は一言____


 お前も人間らしいことを言うじゃねえか____やはり愉快気に答えた。


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