第十四話 大切なモノ
ヘリス・ドランの家は貧相でも豪華でもないごく一般的な家だった。普通の一般家庭であり何も特別な点はなかった。毎日のように畑に行って農作業をし、採れた野菜や街で買った食べ物を料理して平和でのんびりとした日常を送っていた。
しかしその平和でのんびりとした生活は、突如として粉々に壊された。
それはまだ彼女が六歳の時だった。その日は随分と平凡な一日で、優しく吹いて来る風を感じながら窓辺で絵を描いて母親と仲良く会話をしていた。
「お母さん!見て見てー!上手に描けてるでしょ?」
「すごーい!お母さんとお父さん?」
「そう!」
「上手に描けてるわ。流石ヘリスね」
「えっへん!」
父親と母親をイメージした絵を母親に見せて自慢気に胸を張る。ヘリスは次の絵を描こうとまた紙が置いてある所へ戻ろうとした時、コンコンとドアからノックの音が聞こえた。父親は鍵を持っているから父親ではない。郵便か何かが届いたのだろう、と思い新しい絵を描き始めた。
だが、玄関で何か気持ちの悪い音がした。ズブっと鈍い音と、ドサッと大きな物が落ちるような音。そしてその後から聞こえる男達の薄汚い笑い声。それらの音がヘリスを一瞬のうちに恐怖の泉へと叩き落とした。
「あーあ、やっちまったよ」
「サッサと物とってずらかるぞ!」
「やっぱりこの快感は忘れられないぜ」
男は三人、その内一人が母をナイフで一刺しした。扉の隙間から伺える景色では倒れている母から血が溢れ出し、フローリングを真っ赤に染めている。目の焦点はあってなく、どこか遠くを見ている。
「あっ………ぁ…………ぁ……………」
動く事を忘れた口から小さな呻きが聞こえる。思考は綺麗でもない純白に染まっていき、足が震え背筋におかしな感触が走る。気が遠くなるような感じになり、足に力が入らない。
ガタッと言う音と共に、黒い布を顔に当てた男が部屋に入って来る。気づかれた、と思ってももう遅い。男はまるで嘲笑のような笑みを浮かべ近づいて来る。
あぁ、死ぬんだ
最後に思ったのがこれとは自分でも悲しく思う。もっと死に際は綺麗で暖かいモノを望んでいたのに。思い出の一つも浮き上がって来ない。ただ、純粋に自らの死を受け入れた感情だけが浮かんで来る。
首にナイフが当てられ、耳元で汚い息と共にこう囁かれた。
「生きたいか?」
完全にバカにしていると思った。この状況で、母親を殺し今も首にナイフを当てているこの状況で、「生きたいか?」と。ここで首をどちらに振ろうがナイフは首に刺さって息は途絶える。そんな中今まで雪のように真っ白だった脳が色を取り戻した。そして脳は今までで一番速い速度で回転し始めた。
だから、その色が付いた脳が出した答えはあまりにも面白いものであった。
「━━━━━抗う」
「は?………ッ!!」
色が付いた脳はこう命じた『抗え』と。
為すがままにされず最後まで抗え、誰かの線に沿って進むのではなく自分の道を行けと。
どれだけ劣勢だろうが、どれだけ辛かろうが強者に屈服するな。
━━━━それがヘリス・ドランの生き方だと全神経がそう言った。
ナイフを持っている右手の手首を引っ掻き、右手をどかす。驚いた男は後ろに仰け反り右手の力が弱まる。それを確認すると、手の甲を叩いてナイフが宙に浮くのを見送る。ナイフを右手で取ってそのまま男の胸に突き刺した。刺さった場所が偶然心臓の位置で男は即死し、そのまま倒れた。
脳が完全に復活し、一刻でも早く抜け出す方法を探す。さっきまで絵を描いていた場所に窓がある。ヘリスは窓から外に出て裏門から出ようとした。裏門の扉を開けようとした時、裏門の奥から怒声が飛んで来た。
「お前ら!!何を!!」
「何をって、強盗ですけど?ギャハハ!!」
「狂人め……。妻と娘を返せ!!」
「悪いね。もうさっき殺しちゃったよ」
「なっ!!」
男は疾走し父にナイフを向ける。父はなんとか抵抗しようとするが呆気なく一刺しされ殺された。家族を二人も殺されて精神を保てるような子供はいない。ナイフに付いた血を舐めながら薄く笑う男は裏門からの視線に気づいた。
「あー!女の子が一人!娘さんかな〜?」
「ヒッ!」
次の男はさっきの男とは違って人を殺す事を楽しんでいる。母を殺したのもこいつだ。さっきのように襲うのは無理。
「一矢報いたんだからもう十分だよ」
「お、そうか。子供を殺すのは初めてだな!楽しみだなぁ〜」
男はナイフをクルクルと回し、近づいて来る。二人の距離が三メートル程の距離になった瞬間、二人の間に自分と同じぐらいの子供が割って入った。
「王族騎士 イワン・アテア・ヘリオスだ。ここから先は僕が相手になる!!」
「ガキが何言ってんだ?そんなハッタリで俺がビビるとでも?笑わせんじゃねぇ!!」
男はナイフで斬りつけようとするが、イワンの剣がそれを弾く。ナイフは宙に飛んでいき、イワンの剣は男の首に当てられた。
「君達は全員取り囲まれている。もう勝ち目はないから諦めて投降することをお勧めするよ」
「クソが!」
こうしてドラン一家の強盗殺人事件は幕を閉じた。この後ヘリスは孤児院に連れて行かれシャロやイリスと出会っていく。しかし、それはまた別の話である。
ーー
「ラー君、ラー君ってば!」
「なんだ?もう泣き止んだのか?」
「ッ〜!もう大丈夫だから!ほら、ミール達の所に戻るよ!!」
「あ!泣き顔撮るの忘れてた!!」
「そんなのしなくていい!!」
ヘリスは扉を強く開け外に出る。あれから一時間ヘリスはライの腕の中で泣いていた。あの事件のこともライには話せた。
大切なモノを失うと言う気持ちは、ライにとっても身近にあったそうだ。親を亡くし、知り合いを亡くし。そして、何かわからないモノも失くしてしまった。その何かは自分も思い出せずにいる。わかるのはとても大切なモノだったってこと。
『失ったモノをしっかりと思い出せるのなら、まだそれはお前の中で残ってる。失うのは仕方ないと思う。けどそれは自分が忘れなかったらまだ失ったとは言えないだろ?』
『大切なモノを守りたいのは俺も同じだ。俺もお前も大切なモノを失ってきたからな。けど、お前だけじゃあ足りない時だってある。だからその為の騎士だ。お前が守れない分を俺が守ってやるよ!!』
ライはそう言った。だから、自分はそれに見合うだけの努力をする。それが自分の務めなのだ。
ーー
日付は明後日になり戦争が始まる日へとなった。ライ達は龍焉島の中央、龍帝がいる総本山の山の端に集合した。
「みんな!今日、この日を境にこの国に革命を起こす!!!」
「「「ウォォオオオオオオ!!!!」」」
━━━━龍焉島での革命が今始まる。




