第四十四話 結局俺は不信のまんま
リリィは聞いた。乾いた銃声を。
そして感じる。自分の束縛が解かれた事を。
オオガミライはどこまで気づいていたのだろうか。リリィが自分を生き返らせ、リリィが堕帝である、までは彼の頭では理解しているだろう。
なら、あの渡した魔石。
━━━━━アレが『世界を滅ぼす魔石』までは気づいただろうか?
リリィの顔に残酷な笑みが浮かび上がる。多分、あの場にいたベリアは気づいただろう。そして止めなかっただろう。あの日彼に命じた命令がまだ有効だから。最後の表情は一体どんなものだったのか、とても興味が湧いてくる。
魔石は放たれ、カロの体を貫通する。魔石は神の魔力を大量に吸い取り、莫大に膨れ上がって爆ぜる。
魔力を吸われた神はもちろん、生半可な人間やら獣風情では微塵も残らない。無論、それを理解していたリリィとベリアすらも防ぐのは無理だ。
そう、この世界は崩壊を迎えるのだ。その爆風は天へと届き、その炎は地獄をも焼き焦がす。逃げようと、隠れようとしても無駄。
「アハハ、ハハハハハハハハハハハハハハ!!!誰も思わないでしょ?!これが最後だなんて!見事に全員を出し抜いたわ!改変者も神も悪魔も!!」
ポッと音がした。さぁ、始まる。爆発が!この世界を終わらす爆発が!
ずっと頭に浮かんでいた光景が、目の前に現実として現れたのだ。体は興奮し、血は沸騰する。体から汗が流れ、感情が爆発する。
「さぁ、滅べ━━━━━━━━━━━」
脳裏に刻まれるのは炎の色と絶望の色。
これで世界は救われたのだ。そう、救われたのだ。戦いも、葛藤も、好き嫌いも何もない世界へと。目を瞑り、その時を一秒一秒と待つ。
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━━━━━━━━━━なぜだ?なぜ滅びない?なぜこの身体が焼け朽ちない?
なぜだなぜだなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ!
目を開け、何事かと凝視する。こうあってはならない。おかしいのだ。この世界は滅びなければならない。あの異物を放り込んだ時点でこの世界は終わっている。
世界よ、なぜ滅びない!なぜ焼き尽くされない!なぜ生き、なぜまだ活動を続ける!
目に映るのは紫色の髪をした男ただ一人。言わずともわかる。アレは最愛の夫にし、最大の駒。片腕のない彼の顔はどこか寂しげだが、満足気のある色をしている。
「……なぜ、なぜ滅びない」
「ただいまリリィ。僕は役に立ったかな?」
ベリアはあの時と同じように、いつものように、そう語りかけて来る。
違う。もう彼に語られるのは終わった筈だ。続いてはならない。そう、オオガミライの死を告げた瞬間に決めた筈だ。なのになぜ!
「あの場にいたのは僕と彼、そして怒り狂うカロだけ。君の思惑から外れた奴なんて考えなくてもわかるだろ?」
改変者。それ以外にはあり得ない。怒り狂う神に冷静さなど皆無。ベリアにリリィの命令を無視できる力はない。
「オオガミライッ……!」
治る事のない怒りを露わにし、リリィは睨む。だが、前に立つベリアはニマニマとした表情でこちらを見る。はっきり言って気持ち悪い。彼はふふ、と意味あり気に笑い口を開いた。
「もう一度言うよ?あの場にいたのは僕と彼、そして怒り狂うカロ。この三人の中で君の思惑に乗らなかったのは誰?」
「だから、それが改変者だ……おい。ベリアあんた」
違う。元よりそこが違う。
オオガミライは他人を信じるようになった。つまり、それは最後の最後で援助をくれたリリィを信じたと言う事だ。つまり、あの場で爆発を防いだのは━━━━━━━━
「━━━━━━ったく。これでやっと帰れる」
声がした。ボーッとしたようで、しっかりとした声。真っ黒の髪をガシガシと掻きながら、その黒瞳で真っ直ぐに見据える少年。この戦争に終止符を打ち、これから革命の旗を掲げる中心人物、オオガミライだ。
右の腹からは多量の血が流れ、僅かながらに穴が空いている。よくそれで立っていれるものだと感心する様だ。
「よぉ、リリィ。生き返らせてくれてありがとな。あぁ、そうそう。イリスに会ったら伝えといてくれ『今からマレーサのババアんとこに行くから』って」
「……えっあ、あぁ、うん」
「んじゃ、ベリア行こうぜ。あ、千切れた腕は持って行けよ?無いと治してくんないから」
オオガミライはそういつもの調子でリリィとの話を終えた。空元気とも言えるその態度は、なぜかリリィの心を乱し怒りを鎮める。
少年が掲げる理想とは正にこの事なんだろうか。
堕帝リリィは酷く醜く地面に座り込んだ。
ーー
「正直な感想を言うと、お前相当イかれてるな」
「昔同じことを言われたよ。まぁ、僕が気づいたって事にすれば君が他人を信じる事は間違っていない、となるだろ?」
「まぁ?お前はアイツの能力のせいで何もできなかったのは知ってますし?俺がたまたま一発目を外した所為ですけど?最後の最後ぐらいハッピーエンドにしてもらいたいですねぇ!」
「さっきからうるさいぞ!怪我人は山ほどいるんだ!黙らねえとそのまんまにすんぞ、クソ猿ども!!」
ペチャクチャと喋る俺とベリアに、マレーサの叱責が飛んで来る。流石は治癒術師と言ったところだろうか、この戦争での怪我人を全て見るとは大胆な事をするものだ。
つか、あのババアどんだけ体力あんの?戦争の敵味方全員診察するとか、アイツも人間じゃねぇな。イワンだけで十分だっての。
話していた事は事実だ。無論、この場で嘘をつく意味もない。一発目を打った瞬間に理解した。いや、理解せざるを得なかったと言えよう。今までの魔石とは格が違う。そして能力がおかしいと。
だから『改変』を唱え、使った。
最後の最後、この世界を守る為に。この世界の禁忌の術で。
「結局、俺の人間不信は治らねぇのか」
「君もようやくそれを理解したか。けど、先人から軽い教えを説いてやろう。他人やら友達までは信じれないが、『妻』だけはなぜか信用できるんだよ」
いや、今さっきの出来事からすればそれが一番信用にならないんだが。ま、男からすればそうなるのだろう。あのツンデレ姫さんぐらいは俺の信用を全て与えれそうだ。
なぜかベリアは泣いていた。それを最後に思いながら、俺の意識は遠き場所へと飛んで行く。
ーー
「で?何か用?私ももう寝たいんですけど」
「いや、昼寝しちゃって寝れなくて」
「そ。帰る」
「ちょちょちょ!ちょーっと待って!!」
その日の夜、満月が煌々と輝く夜に俺はあまりに寝れなかったので、イリスを散歩に誘った。無論少しばかり罪悪感もあったが、今までイリスから大量に無理強いはされて来たので、これぐらいの事は許されると思う。多分。それにそろそろ言わないといけないし。
「先ずはコレ。ペンダント」
「首飾り?私の誕生日まだ先だけど?」
「あのな、誕生日じゃなくても渡したい物はあんだよ!察しろよ!鈍感男子かお前は」
「は?!なんで怒んのよ!」
「怒ってねぇしー!」
むしろ怒ってるとすれば、鈍感だって所ではなくペンダントを綺麗に首飾りと言い直された所に怒るな。うん、伝わらないとは思ってたけど普通に言い直された。
彼女は怪しみながらペンダントを開き、絶句する。中の写真を見たのだろう。そして彼女脳裏には写っている人達との思い出が巡っているであろう。
さて、ロイテの野郎から頼まれてた件はコレで解決っと。あとは俺の勇気次第なんだが……。
「あぁ、イリス?言いたい事があんだけど、いいか?」
「……ッ!あ、うん!なんでもない。い、言って」
慌てて涙を拭き、イリスは答えた。相変わらず強がる人間だ。別に泣いていても俺は何とも思わないってのに。
深呼吸し息を整え、勇気を振り絞って言葉にする。
「あ、あの、その……………あ、今日は月が綺麗ですね!!!」
「?」
果たして今の俺の顔はどんな物なのだろうか。
まさか言いたかった言葉が喉から出ず、他人が考えた遠回しな言い方を言ってしまうとは。最初で最期のプロポーズは、完璧に失敗したと言えよう。意味が知られてないから、キザな野郎までは思われないだろうが。
「え、うん。綺麗ね。でも、ずっと上を見てたら死にそうな気分になる。地面が抜けてスーって」
彼女はそう答えた。
まったく、他人は信用できないな。
まさかこの場で、顔を赤らめながら返してくるかよ……。
何が妻だけは信用できるだ。信じた俺が間違いだった。
ったく、結局俺は不信のまんまじゃねぇか。
はい、これにて『結局俺は不信のまんま』はおしまいです。
213話目にしてようやく完結しました。
丁度一年間ほどでしょうか?長い間お世話になりました!
これからもまだ『■』として小説は書いて行くつもりですので、何卒これからもよろしくお願いします。
では!次回をお楽しみに!




