第三十四話 獣の王と吸血鬼
四方八方で戦火と雄叫びが聞こえてくる。爆発音、悲鳴、肉が斬れる音。ここが地獄だと言われてもなにも思わないだろう。
それほどまでにここは腐っている。
少女は一人、大量の獣を前にして立つ。二本足で立つ肉食動物達を前に、彼女が怯える仕草はない。
「小娘、ここが誰の島かわかってんのか?」
一体の象のような獣が問いかけた。警告だ。彼より後ろにお前が立つ場所はない、と。
━━━━━笑わせてくれる。
少女が獰猛な笑みを浮かべたと同時に、先ほどの象を模した獣の首はボトッと落ちた。鮮やかな切り口から多量の鮮血が溢れ出る。
「……私が誰かわかってるのか?」
少女は右手から垂れる血を振り払い、真っ正面に向かって指を指す。
まだうら若い少女?誰がそう思うものか。彼ら獣の前に立つ生物は、獣と人間の両方を兼ね備えた生物━━━━━━吸血鬼である。
一片たりとも油断はならない。もしも油断などしてしまえば━━━━━━。
「その血の一滴足りとも残しはしない。さぁ、狩られろ畜生共ッ!!」
鹿の獣が無残に四肢を引き千切られ、隣に立つ猿の獣が恐怖に染まる。全身の毛を逆立て本能のまま威嚇した。
だが弱者が強者を威嚇した所で、それは威嚇とは言えない。ただの吠える餌だ。
一振りの拳で顔に穴が空き、その体は力無く倒れた。赤に染まる床を踏み、少女は声を大にして叫んだ。
「サッサと出て来いよ、獣帝ッ!!」
吠える声に辺りは静まり返る。しかし何かが出て来る気配はない。
待ちきれなくなったラミは正面の鉄の扉を殴り破壊する。構いなしに進むラミに、周りを囲んでいた獣達が黙って見ているわけがない。
同胞の仇、自分達の国を守る為、戦争に勝つ為、その武器を振りかざし襲いかかる。
なんと勇敢なのだろうか。
なんと素晴らしい精神なのだろうか。
と、ラミは馬鹿にした。
振りかざされた武器が下される事はなく、前へと進んだ足がそれ以上先に進む事もなく、多種多様な獣達は赤い線により心臓を撃ち抜かれ逝った。
即死だ。先ほどまでの勇ましさや、意志などを嘲笑するかのように、ラシエルが放った魔法は彼らを殺した。
「綺麗な亡骸だね。胸の血痕さえ抜き取れば病死でも通じるかも」
「━━━━━━━お前が殺した死体は見るも無残な姿だな」
声がした。野太い声だ。例えるとするなら、まるで獣の咆哮のような声だ。
獣もただの獣ではなく、百獣の王。獣の頂点に立つ者だ。
豪勢な毛並みが風で靡き、背中に担ぐその大剣は人二人分にも勝る大きさだろう。
「血帝だな、お前。俺はファン・リンネ。外では獣帝と呼ばれる者だ」
「そ。じゃあ私達はお前を止める。覚悟ができたら来な」
「止める?止めるだと?笑わせてくれるッ!!殺す気で来い!俺も貴様を殺す気で相手してやろう」
大剣を背中から抜き、王者の風格を露わにする。地面を踏むたびに伝わって来る覇気に、周りの獣は恐れをなす。
刹那、赤い光がファンの横を通り抜け、後ろの犬型の獣の心臓を穿つ。余りにも高速、正確なその攻撃は、「そこから一歩も動くなよ」と言うメッセージとなった。
「ウチの可愛い女の子がキレたようだね。どうする?あの魔法はお前の体も貫くよ?」
「……バカ言え。もう敵の位置は把握した」
ファンは手を前に出し、赤い光を生成する。ラミは危険を察知しファンの腕を蹴り飛ばそうと地面を蹴る。
が、当たる寸前で光は放たれ、真っ直ぐにラシエルが居る堕帝の島へと向かい、爆ぜた。島一つが消し飛ぶ威力ではないにせよ、その爆発は空気を振動させ、下の町々を破壊する程だ。
「小細工はなしだ。真剣なサシだ━━━━」
獣の王は吼え、対する吸血鬼は憤怒に焦がれた。
ーー
戦いが始まりだし、地中がグラグラと揺れ始めた。さっきまで休憩していた場所も、天井から石ころが落ちている。
「あとはこの道を抜けた先の階段を降りるだけだ」
「そうみたいね。」
地図を見ながら、お互いに頷くと少し駆け足で進んだ。螺旋式の階段を下り終えると、そこには光が見えた。
淡い炎の光。イリスはライの後ろに下がり、ライはハクロウを前に出す。
中の様子を確認しようと、足を踏み出した途端。
ぺちゃっと言う水溜りを踏んだような音がした。水、そんなものはここに来るまで一度も見たことはない。湧き水か、と思ったが光がそれを否定した。
そこにあるのは━━━━━━真っ赤な血だった。




