第二十六話 誰でも英雄になれる方法
寝落ちしたぁぁあ!!すみません!!
本当にすみません!!
き、今日こそは書きます。はい。
腹から流れる血をコートで止血し、ゴーレムの方向とキッドの方向を片方ずつ見やる。
場所としては真反対。ゴーレムに手を焼いていたら、キッドが何をするかわからない。けれど、ゴーレムを放って置くわけにもいけない。さっきの魔法を全員が放てばこの都市は滅びる。
「……なぁ、イワン。ここは一つ頼まれてくれるか?」
「はぁ……元気が戻ったと思ったら、コレだ。ミール、行くよ。ここからが正念場だ」
「了解。あー、そうそう。ライ、クエリル様とヴァン様が心配してたから」
「おう。……えっ?それだけ?」
「うるさい!サッサと行け!」
アレが彼女なりの励ましなんだろう。一度は喧嘩別れしている身、そうやって励ましてくれるだけでも十分だ。
瓦礫を登り、家の屋根の上を目指す。屋根の上から見えた景色は、『赤』と表現するのが1番早い。赤い月に照らされ、真っ赤に光る石畳の床や壁。悲鳴と怒声、猛獣達の咆哮。殺し殺されを繰り返し、辺りに飛び散る鮮血。
どれを取っても気分は良くにはならない。
「……辞めだ」
諦める?違うな。
逃げる?それも違う。
俺が辞めるのは正義漢気取りだ。俺の手は小さい。全員が全員入れる大きさじゃない。小さい奴は大きい奴に任せるしかないんだ。
故に俺が目指す場所はただ一点になる。
瓦を蹴り、屋根から飛び降りる。着地と同時にもう一度地面を蹴って駆け出した。
目前に魔獣が二体。どちらも犬型の魔獣で、二体で一体の獲物━━━━少女を狙っている。
俺の手は小さい。だが、確かに取れる物を取れない手ではない━━━━━。
こちらに気づいた魔獣が警告として吠える。獰猛な叫び声が響く中、俺の足は止まらない。ローボを肩に担ぎ二歩前に進んだ瞬間、魔獣が跳び俺の頭を噛み砕くべく口を広げた。
「フンッ!」
刀を前に突き刺す。刃先は魔獣の口の中を貫通し、頭蓋骨をも穿ち串刺しにする。鮮血が後ろでは噴水のように吹き出し、口からは滝のように流れ出る。
魔獣を刀から抜き、もう一体の魔獣を探す。さっきまで少女を襲っていたが、仲間がやららたから諦めたのだろうか。そこには少女の姿しかない。
俺は近づき声をかける。
「大丈夫……なわけねぇよな。急いで俺が来た方向へ走れ。そうすりゃ金髪のお姉さんがいるから、あとは全部ソイツに任せろ」
未だに少女は怯え、涙を流している。頭を強く撫で、立ち上がった。すると、少女は大声を出すのを我慢しながら、俺の袖を握った。
「……怖いよな。そんな君にお守りをあげよう。なんの変哲もないただの石。けど、この石にはスゲェ力が籠ってるんだ。もし何かあったら、この石を強く握って魔力を通せ。そしたら君の大切な誰かを救える」
「お、お兄さんはどうするの……?」
「さて、どうしたものか。本音としては、サッサとこんな場所からトンズラこきたいんだが、残念な事にそう上手くは行かないらしい。だけど、俺にも本当に守りたいモノってができたんだ。だから、俺はそれを守りきる為に戦う」
もう一度、少女の髪を力強く撫でて、少女の手にあるアンチ魔法弾を強く握らせる。
これで彼女は無事辿り着けるだろう。この弾は魔獣への結界となる。触れれば一発で即死だ。
「お兄さんって英雄様みたいだね」
そう少女は泣きそうな顔で言った。
止まる時間、戻る記憶、俺を縛るのは果たして復讐心なのか、自己嫌悪なのか。
不意に彼女達の顔が脳裏に浮かんだ。
━━━━━━━━そうだな。何をそんなに悩むことがあるんだ。
「おうとも!俺は君の、この国の英雄となる男だ」
英雄、昔なら鼻で笑い飛ばしていただろう勲章だ。英雄?ヒーロー?そんなのは強者なら誰でも言えるってな。
実際、今でも思っている。
もし、この世界に英雄がいるのなら今この状況を救ってくれ。もし、この世界にヒーローがいるのならあの悪役を颯爽と倒してくれ。
しかし、キッドは倒れなければ、この状況も変わらない。
だから英雄やヒーローは存在しない。
俺は思う。
世界なんて馬鹿でかいモノを救おうとする人間なんて早々いない。だって、地球の反対側で起こっている事に毎秒気にかける奴なんて存在するわけながない。
みんな自分自身を守る為に、前へ進む為に精一杯だ。そんな俺らが他人を第一にって考えができるわけがない。偽善も甚だしい。
だから英雄やヒーローって奴は、そんな俺らの中で他人を守ろうと努力する人の事を言うんだと思う。自分自身の事を守りつつ、他人の事も守る。それが英雄やヒーローってヤツなんだろう。
「━━━━━━━なぁ、キッド。英雄ってどんなヤツを言うと思う?」
ーー
少女は走る。ただ真っ直ぐに、止まることは許されない。
「んー?これはこれは!まだ生きのいい少女が居たとは!!!!」
少女の前に立ったのは一人の男。まるで大人の女性のように髪を伸ばし、気味の悪い声で啜り笑う。
気味が悪い、つまり怖い。
少女の足は止まり、ガクガクと震え始める。まるで蛇に睨まれたカエルのように、少女の体は一瞬で硬直した。
「あ、あぁ……!」
声にならない声が出る。
男はそんな少女を、美味しそうな獲物と言わんばかりに舌舐めずりして魔獣を召喚する。
出てくるのは少女の知る大きさではない蟲達。
途端、手にあった魔石の感覚が蘇った。
少女はうずくまり、力強くその魔石を握る。あの英雄が言っていたように、力強く魔力を最大まで注いで━━━━━━━
「んー?断魔石ですか?どうしてガキがそんなものを……。まぁ、私には関係ない事ですが」
目を開けると、その男が剣で壁をこじ開けようとしていた。
助けてと叫びたいが、恐怖で口が開かない。少女は死を直感した。このままだと死ぬ、と。
男は自分が通れる分の広さをこじ開け、中へと入ってくる。
「はぁ……疲れました。では、殺しましょう!!その血はとても美味しそうダァ!」
高らかに上げられた剣を見ながら、少女は涙を流す。せっかく助けてもらったのに、と。
途端、剣が弾け飛んだ。
ずっと剣を見ていた少女にはわかる。剣が勝手に飛んで行った。
「━━━━━━━その結界。あぁ、やっぱりライの弾だね。彼があんなものを送り付けてくるから、何事かと思ったけど……。真犯人は君らか」
そう語るのは一人の少年。いや、見かけは少年だが、その容姿はあまりに女性に似ている。可愛い、美しい、それがその人には合う言葉だろう。
優しく少年はマントで少女を温め、少女の前に立つ。男はまるで化け物を見るかのような目で、その少年を見て叫んだ。
「な、なぜ!なぜ龍帝がここにいるッ!!」




