第十八話 保険
「星か……。久しぶりに見たな・・」
今は鍛冶屋の用事も終わり、彼女達二人の買い物の荷物持ちをしている。両手に三つずつ大きな袋を持ち、その両手で大きな箱を二つ抱えている。唯の荷物持ちにしては酷い有様である。
時刻はさっき携帯を見たところ午後9時過ぎ、コッチと向こうでは時差がないハズなので多分合っているだろう。
空を見上げれば綺麗な夜空が見える。
現代日本ではまず無理な事なのだが、高層ビルや昼間のように明るく光り輝いている照明などがないこの国では、日が沈めば星は見えるようになる。
「向こうの星とあんまり変わらないんだな…。見覚えのある星座とかあるし。」
空には春の大三角形や北斗七星などもあって、向こうとあまり変わらないようだ。
そんな事を考えながら二人の買い物を店の外で待っていると、大きな紙袋を二つ持ちながら帰って来た。
「お待たせーライ様!大丈夫?少し疲れてそうだけど?」
「シャロ、大丈夫よ。ライはいつもこんな感じよ。」
「おい…。お前らその荷物も俺に待たせる気か?いくらなんでもそれは冗談キツイぜ?」
「?あんた一応男でしょ?はい!ありがとね♡」
「あ!じゃあシャロのもお願いしますね。」
「・・・・お前らなぁ。・・・はぁ…わかったよ持てばいいんだろ?」
俺は渋々持った。別に彼女達の目が笑っていなくて怖くて持った訳ではない。多分…。
「それじゃあ帰りましょうか。王都で買えるものは全て買えたわ。後はライの剣だけね。」
「どんなのができるのかなぁ〜!楽しみだな〜〜!」
「何で俺より楽しみにしてるんだよ…。お前に試し斬りは絶対させないからな。」
「何でよ!イイじゃん!珍しい武器なんでしょ?コッチでは無いってコンラートのおじさんが言ってたよ!」
「あのジジイ…喋んなって言っただろ…。」
俺の脳裏にVサインで笑っているコンラートが映る。取りに行く時何か奢って貰おうと、爺さんへの復讐を考える。
「あれはお前の持ってる大鎌とは違うんだよ。だから、お前がいつものように振ってモノを斬ろうとしたら壊れんの。わかる?」
「ブー!少しぐらいイイでしょー!ライのケチ。」
「木刀も作って貰ってるからお前はソレ振っとけ。今回はそれで我慢しとけ。」
「また、気が向いたら教えてね!いつでも振ってあげるから!」
「まだ貰ってすらないんですけど?!勝手に予約入れんなよ!」
シャロはチッと舌打ちをして睨んでくる。ホント怖い、勘弁して下さい。女は愛嬌だろ何でこんなツンツンしてんだよ。
そんな会話をしながら歩いている、今日はいつもとは違って馬車で帰るのではなく歩いて帰っている。これは俺が馬車で通ってる所の店にも寄ってみたいと、二人にお願いし了解を貰えたのだが・・・
「肝心の俺が見れてないんだよな…。」
荷物持ちのせいで見ることが出来ず店の前で棒立ちのまんまである。
まぁ、二人が楽しんでるからイイとしようかな。
ここは王宮までの道で坂道が急な為殆どの人が馬車を利用している。その為店の数は王都と比べれば数は無いにも等しい。だから二人とも知らない店が多い、しかし二人が言うには珍しいモノが多いらしい。
確かそこそこ強い魔獣の毛皮や洞窟の最深部でしか採取できない鉱石など値段は少し張るが市場ではあまりやり取りされない物が売ってあると言っていた。
結論を言うと俺には全くわからん。どれがイイのか見てもわからないし触ってもわからない。だからここは二人に任せた方がマシだろう。
二人がさっき入った店から出てくる。今度は小物らしく持たなくても大丈夫と言われた。
そこから数分ほど歩くと二人が声を合わせて聞いてきた。
「「ライ(様)は大会の景品を何に使うの(使うんですか)?」」
「え?いや…まだ決めてないよ。・・・確か三つ叶えて貰えるんだろ?」
「そう。優勝者には三つだけ願いを聞いて貰える権利があるの。ただし無理難題は受け付けないと書いてあったわ。」
「そうか・・・・・・・・」
「ライ様はシャロ達から離れますか?」
「・・・・・・・・わからない。」
彼女達がなぜ今それら質問を俺にして来るのかは何となくわかる。俺の思い込みなら良いんだが多分違う。彼女達が俺のことをどのように思っているのかは知らない。けれど俺に残って欲しいと思ってくれているのだろう。本当なら俺も二つ返事で返したいのだが言えない。俺はその申し出を拒否している訳ではない。理性は許可しろと言っている。だが本能がそれを拒んでいる。
「気にすんな。俺はお前らに迷惑かけることはしない。これは俺がどの選択をしても一緒だ。まぁ、まだ一つも決まってないから、どう転ぶかは俺もしらねぇよ。」
「そう・・・・・。」
その後、俺達は王宮へと戻り夕食を済ませ自室へと帰る。
なぜ俺の本能は拒んだのか、その訳はもうわかっている。怖いからだ。他人が、人が、この世の中が。当たり前のように相手を自分を欺き、自分を保守しようとする人間が。
俺の二つの人生がその事を嫌ほど教えてくれた。
信じていた者から裏切られる悲しさ、屈辱さ。他人を自分の幸せ、家族の幸せの為に利用する愚者の愚かさ。利用された者の哀しみ、憎さ。
俺はそんな人間を拒み嫌った。だが、その魔の手は俺を逃がそうとしない。俺の人生がそれを示している。
俺の話をしよう。
大神 雷と言う人間がたった17年の中で、人を殺した回数は合計25回。全て正当防衛とされ、一度も犯罪となっていない。それは彼がうまく騙して得た結果ではない。彼が襲われ、監禁場所又は彼の殺害予定現場で彼が一人で殺った汚れた経歴だ。
彼が11歳の時家族全員と死別し、家族の保険金とアルバイトで得た給料、家の財産などで生活をしている。学校には何故か月曜日だけ登校せず他の曜日のみ登校するという少しおかしな一週間を送っていた。
彼の小学、中学校生活は極めて異常で、クラスには馴染まず一人を好み図書室が開いている時は篭って分厚い本を読み漁っている。イジメの被害者にはならないが一匹オオカミとして過ごしている。
少し前に上級生に絡まれ金を要求されたらしいが、全員返り討ちにしてしまった。本人曰く、大した根性もない癖に調子に乗っていたから金の巻き上げ方を教えてやったとのこと。
などと、彼の経歴は普通の人間とは違っている。
それだけなら、別に何とも思わない。彼は普通の人間とは違っている事がもう一つある。それは『前世の記憶』。これは彼が他人から恨みを買った1番の理由だ。
彼が自らそう言ったのではない。彼の人並み外れた能力がそれを示した。
幼稚園の年少の時から高校入試、大学入試などの問題をスラスラと解き、IQは180程まであり他人から敬遠され気持ち悪がられた。
その人並み外れた能力を悪用又は自分の物にしようとする人間が現れ、そこから彼の悲劇が始まった。
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「ホント嫌な話だ。せめて記憶だけでも消して欲しかったな。」
彼は悪態をつきながら寝巻きに着替えようとする。その時、コンコンとノックの音がする。
「ん?誰だ?」
「起きてるかいライ?僕だ。カルロスだよ。」
「あー悪い。オレオレ詐欺擬きは受け付けないんだ俺。」
「何を言ってるのかわからないが入るよ。」
ガチャっという音と共に一人の青年が入って・・・は来なかった。
「おい。これはどういう意味だ?お前らの言い分によれば痛い目見るぞ?」
入って来たのはカルロス一人ではなく、彼と多くの騎士を連れた一団だった。カルロス以外は全員武装し警戒態勢を解かない。
「そうかな?ライはそんな事をしないと僕は思うよ。」
「なら、俺がお前の考えを否定してやろうか?」
確かに俺は今の現状では何も出来ない。こいつら全員を殺すことは簡単だが、ここで刃を向ければ俺は国賊として牢屋にぶち込まれる。そこでイリス達も共犯とされたら俺が街で彼女達に誓った事が無しにされる。
「ほらね。ライは何も出来ない。」
「どういうつもりだ?喧嘩売りに来たんなら後で相手してやるよ。フルボッコにしてやる。」
「いや、流石に僕がライに勝つ事は絶対にない。例え今全員で行こうと返り討ちにあうだろうね。
だからその君に頼みがある。」
「は?俺に頼み?」
「そう。ライの戦闘能力は素晴らしい。多分この国でも上位の強さだろう。だから、ここでライに国外へ行かれてしまったら、この先に起こるであろう戦争で負けてしまう。だからお願いだ。僕の頼みを聞いてくれ!」
戦争。カルロスが言う戦争とはどことの戦争なのであろうか。俺が予想した相手であろうか。それとも、また別の相手なのだろうか。
ここでこの国の人間を全員敵に回しても俺に何のメリットも無い。大人しく口車に乗った方が利口だろう。
「わかった。で?具体的に俺は何をすればいいんだ?暗殺か?相手国の殲滅か?」
「いや…、そこまでしなくてもいい。唯この国に居て欲しいだけだ。」
「あ?それだけか。なら頼まなくても俺は出ねぇよ。この国出てもする事ないしな。」
「そうか。なら良いんだ。」
「あぁ。なら、俺から一つ聞いてもいいか?」
「何だい?」
「そんな事を頼むだけなのに何故ここまで武装しなくちゃならない?」
「・・・・・・」
「おかしいだろ?俺に頼み事をするだけならお前一人で十分な筈だ。騎士どもをこんなに集める必要もないだろ?」
「・・・・。それは今から君を拘束するからだよ。」
「そうか。ならそれに抵抗したら俺はどうなる?」
「処罰は変わらないだろうね。」
「何故拘束までしなければならない?話は終わっただろ?」
「これは僕の指示ではない。この国の指示だ。ライはまだ奴隷の身分。なのにここまで自由にされたら、他の奴隷達が暴れ出す危険がある。」
「なるほどね。なら、抵抗はしない。筋は通っているからな。一つ質問だ。イリス達はこのことを知っているのか?」
「知っていたら僕を止めていただろうね。例え何と言われようとも…。」
「そうか…。なら、明日あいつを俺の所まで連れて来てくれ。勿論シャロもな。一緒じゃなくても構わない。それと、お前もだ。」
「?あぁわかった。けど、何故僕も何だい?」
「牢屋なんか暇過ぎて退屈だろ?話相手が増えることに越した事はないからな。」
「わかった。時間を作っておくよ。じゃあ来てくれ。」
俺の手に手錠が掛けられ、騎士に連れられながら一歩また一歩と歩き出す。




