第二十話 ある吸血鬼が見た物語参
「━━━━━マスター……?」
ラミには理解できなかった。
なぜ彼が引き金を引いたのか。なぜ仲間を殺したのか。なぜ彼は笑っているのか。
甲高い絶叫が教室中に響き渡る。頭を貫通された男子達の意識はもうない。あの傷を治す事は不可能だ。
しかしまだ彼の殺人は続く。窓から飛び降りようとしている少年の頭を撃ち抜き、もう一人の男から拳銃を奪う。まだ男に意識があったのか、彼へ襲いかかろうとするが首を蹴り折られて動かなくなった。
もう逃げようとする生徒はいない。だが彼は無言のまま正面の少女へ銃を向けた。
「楠木君?!お願いだから助けて!何でもするから!おねが……」
命乞いに願いをかけた少女の声はそこで終わる。それを見た一人の少年が怒気を纏い彼へと体当たりしようと駆け出した。しかし少年の怒りは届かず、心臓を撃ち抜かれ、前へ倒れた拍子に口の中に銃口を入れられ爆ぜた。
大量の鮮血が彼の服へと飛び散り、黒い制服は赤に汚れ、靴は血溜まりで赤に染みる。
彼は残弾がなくなった拳銃を捨て、男が持っていたサバイバルナイフを手に取った。
途端、彼らは躍起になる。自分の命だけを優先し、椅子を投げて撹乱し窓から飛び降りようとするが、あと少しの所で足を引っ張られ壁に勢いよく顔をぶつけた。
その少年を引っ張り上げ、扉から逃げる少女達へ投げ付ける。自分達の上に乗った死体を見て発狂するが、もうその時には遅い。
上から箒で串刺しにされ、五人が一度に標本に姿を変えた。
「ッ……!」
今のラミにできることは何もない。ただ傍観するだけ。目の前で悲鳴をあげる少女を見て、逃げようとするが心臓を一突きに刺される男子を見て、止める事も助ける事もできない。
微笑を浮かべながら殺戮を繰り返す彼に、彼女は恐怖しか感じなかった。
ーー
一体、彼が全員を殺すのにかけた時間はどれくらいだっただろうか。五分?十分?それよりも短い?どれにせよ、一瞬だ。40人弱を殺す時間ではない。
教室一杯に散らばった血をボーッと眺めながら、少年は椅子に座っている。もうすぐもうすぐ騎士?のような人達が来るらしい。彼がそう独り言で呟いていた。
彼は血で溢れていて、もう単なる化け物にしか見えない。彼が全員を殺した理由はただの復讐。それが成された今、彼の原動力はどこにもない。
しかし、ラミにはその復讐心がなぜか愛おしく感じた。なぜかは自分自身でもわからない。ただ愛おしい。昔彼を奴隷にしようと思った時の感情に似ていると思う。
彼の力に、彼の心に惹かれたあの時の気持ちに。
ふと、少年が気づいたようにコチラを向いた。向こうからは私は見えていない。しかし、その目はしっかりとラミの目を捉えている。
そして彼の口が動いた。声は発していない。だが、口パクだが彼の声が聞こえた気がした。
「━━━━━━ありがとう」
奥から警官が突入する。
彼はすぐにそちらへ首を向け、空の拳銃を向けた。そして引き金を引くと見せかけて、彼は左手でナイフを投げて目の前の一人の額を貫く。血飛沫が上がり、仰向けに倒れる男を踏み台にする。
そして飛び上がった瞬間、武装した男達が一斉に彼へと射撃した。
そこで少女が見た物語は幕を下ろした。
ーー
語り終えた少女は、寂しそうな目でヘリス達の方へ向く。誰も一言も発しない。ただ黙って下を向いたままである。
しかし、その静寂は少女の一言によって破られた。
「……ら……い?」
「イリス様?」
ヘリスが問いかけると、少女はふとそちらへ顔を向けるが不思議そうな顔は変わらない。
ヘリスとシャロは武器をしまい、ドサッと椅子に腰を下ろした。
色々と疲れたのだろう。もう今日は休むべきだ。ラミは何も言わず、その場を後にしようと扉を開けようとした刹那、
「━━━━━━━ラ、ライ殿がッ!」
ロイテがいつもは絶対に見せない慌てた表情をしながら、部屋の中へと入って来た。
その顔に笑いはない。必死な顔に、鬱な雰囲気が混じっている気がした。




