第九話 助けるべき物
ふと目が覚めた。
いや、魘された挙句起こされたの間違いだろうか。まぁなんにせよ、起きたことに違いはない。
体を起こし、首を回して周りを見る。
いくつもの喚き声が聞こえ、どこからかは泣き叫ぶ声が聞こえた。
俺が寝かされていたのは緊急用に建てられた救護ベッドの上だった。
ーー
「ライ、起きたみたいだね」
どこか不安げで、申し訳なさそうな声のトーンでイワンが俺の病室へと入って来た。
怪我の様子は無く、服に泥の一つも付いていない。彼はその溢れんばかりの安堵の気持ちを抑え、いつも以上の緊張感のある声と顔で現状を報告した。
「今、この国は戦争状態だ。それも急襲を受けた後のね」
「俺が寝かされてた場所がこんな安っぽい病院の時点で察しがつくよ。で、敵の数と敵将の確認は?」
「わからない。敵は全て死体やら人形。操っている筈の敵将は一切姿を見せていない」
流石傀儡と言うべきだろうか。物を操って殺しに来るとは舐められているにも程がある。
実際こうは言っても、敵の大将すら見つけていない時点でこちら側が不利なのは明らかな事。
できるだけ兵力が整っていればまだ態勢を整える事や、アルトから送られて来る救援への時間稼ぎもできよう。
「今は安全なのか?お前が前線にいないって事は……」
「うん。防護壁は張ったし、団長が隊の指揮もをとってる」
「そうか。あぁ、そうだ。俺が倒れてた所にデッカい怪物が居ただろ?」
「あーそうらしいね。頸動脈の切断、心臓部への傷害。ライがやったんだろ?」
「ってことは、まだ部屋には入ってないのか」
あの扉は開くことのない扉。幾ら非常時だと言っても開けてはならない扉は開けない。
しかし、此度の戦いで一番初めに破られた門でもある。
「多分、攻撃が開始されたのは俺が王宮でその化け物と戦い終わったぐらいだ。悪い、そんな自体の中で寝てしまってて」
「いや、ライには休んで貰わないと困るよ。なにせこれから救出作戦が決行されるんだから」
「カルロスが捕まったのか?」
「違う。助けるのは君の主人と第八貴族ユリア・ホラント様だ」
「おい、まさか……!」
さっきイワンは防御壁を張ったと言った。無論、それは現時点で一番しなければならない事だ。
しかし、それは王都の周りに石を積み重ねただけの事。つまり王都外にあるトルエノ邸に防御壁は意味を成さない。
それを理解した瞬間、俺の怒りが頂点に達した。イワンに対しての怒りではない。アレスに対する怒りでもない。
俺が向ける怒りの矛先は自分自身だ。
「おい、イワン。今から行く。その第八貴族騎士って誰だ?二人で向かう」
「はぁ……そう言うとは思ってたけど。━━━━ヘクール・サベル。あの一番若い子だよ」
「わかった」
名前を言われたがすぐに顔が浮かんでこなかったので、サッサと切り捨てた。今はそれどころではない。
この腐りに腐りきった俺自身を捨て去らなければ、俺の存在意義が消滅してしまう。それだけが理由だった。
ーー
今日は月と星の明かりだけの薄暗い夜だった。継ぎ接ぎでできた石の壁を越え、王都外に足を踏み出す。
ザクッと草を踏む音が鳴り、木の上にいたカラスが鳴いて空に羽ばたく。
「あ、あのライさん。ホントに二人だけなんですか?」
「大人数引き連れて無駄に死人を出すなら、俺は構わねぇぞ?」
「ですよね……あはは」
奇襲をして来たのは向こうだ。そんな中でわざわざ大部隊を率いて、敵に乗り込むなど馬鹿のする事。
帰りの人数ですら多いと思うのに、それ以上にまだ何十人も足すなど愚行である。
「ライ、ヘクール。イリス様とユリア様を頼んだよ」
「任せてください!」
「あぁ」
胸のポケットからハクロウを取り出して、弾丸と安全装置等の確認を済ませ、もう一度しまった。
「行きますッ!!」
ヘクールの掛け声と共に、俺と彼は全速力で森の中へと駆けて行った。
この時点で俺は間違っていた。
自身への怒りに身を任せ、怒る修羅となったことを。
次回は明後日です!




