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カシミールカレーを作成せよ

 最近、アーチェリーの定例会で、「カレーにうるさい男」もとい「カレーのことばっか話しててうるさい男」と認定されつつある。こないだなぞ、スパイスについて熱く語りながら行射してたら「黙って射ちなさい」と怒られた。

 そんな中、アーチェリー師匠(その2)が言い出した。

「凪茶くん、カシミールカレーって知ってる? 美味しいよ」

「カシミール? どんなんです?」

「うーん、口では上手く言えないな」

「へえ。どこの店っすか?」

「こないだ潰れちゃったんだよね」

「」

 いったい私にどうしろというのか。というか、ジョティーといい、美味しいカレー屋とは潰れる運命なのか。

 まあ、この時はこれで終わって、弓をビスビス射って帰ったわけだが、次の週、

「ねえねえ、カシミールカレーはどうだった?」

「」

 だから、いったい私にどうしろというのか。私になにを期待しているのだ。

 しかし師匠(その2)はどうやら、私がカシミールカレーを作って感想を聞かせるものと思い込んでいたらしい。

 毎回聞かれるのもなんか無視してるみたいでアレなので、ちょっと勉強してみた。まったくもってナイスなインターネット時代である。


 さて、まずはカシミールカレーについて。

 検索すると真っ先に出てくるのは、上野にあるカレーの老舗「デリー」が提供するカシミールカレーである。

 どこぞのグルメサイトにデリーの8代目シェフのコメントが載っていた。

 いわく「このカレーはカシミール地方には存在しません」とかなんとか。「お前は何を言ってるんだ」の画像が頭にポンと浮かぶ。いや、それ以前に、カシミールに存在しない以上、それはカシミールカレーではないだろう。

 なんだかよくわからないが、要するに「デリー」オリジナルの辛口カレーに「カシミールカレー」と名付けただけらしい。そりゃ、名前を借りただけの上野デリーのオリジナルカレーがカシミールにあるはずないわな。


 ともあれ、これを見て思ったのは「コレジャナイ」と「超食いてえ」ということだ。

 なにしろ私は辛口カレーが大好きで、世の中で「辛口」と銘打っているカレーの不甲斐なさに心を痛めている一人だからである。

 ちなみにココイチでは5辛までは普通に楽しめる。6辛以上は違いがわからなかった。更に魂のステージが上昇したら違いが分かる教祖ゴリラになれるのかも知れぬが、むやみに食事と遊びを混同するのは好きではないので、5辛程度で満足しておこう。

 とりあえず、デリーのカシミールカレーは「そのうち食ってみようリスト」に加えておくとして、本場のカシミールカレーを調べなければならぬ。

 なかなか思うような検索結果が出てこないので、一旦カレーから離れて「カシミール料理」で攻めてみた。


 代表的なカシミール料理

 ・ラーン(ラム肉のスパイス蒸し焼き)

 ・ローハン・ジョシュ(骨付きマトン煮込み)

 ・ワズワン(36種類の肉フルコース)

 ・コフタ(スパイス肉団子)

 ・グシュタ(肉団子のヨーグルトソース煮込み)

 ・ヤクニ(牛乳とヨーグルトのホワイトカレー、肉汁という意味)


 出た出た。これですよこれ。ヤクニというのがどうやら私が求めているカシミールカレーであろうと思われる。

 しかしこれだけでは足りない。ヤクニというのがどんなカレーなのか、そもそもカシミールではどんな食材が使われているのか、その辺りを知らないと始まらぬ。

 というわけで、次はカシミール食材である。


 カシミールの食材(肉)

 ・羊○

 ・野生の猪○

 ・野鳥○

 ・豚△

 ・鶏△

 ・牛×

 ・水牛○


 カシミールの食材(肉以外)

 ・米(バスマティ米)

 ・カード(凝乳、チーズの熟成前段階)

 ・ダヒ(インドヨーグルト)

 ・ギー(インド発酵バター)

 ・アーモンドなどのナッツ類

 ・サフラン、カルダモンなどのスパイス類

 ※にんにく、玉葱などの臭いのキツイ食材は好まれない


 肉リストを見て「おや」と思われる方がおられるかも知れぬ。

 カシミールはヒンズー教。ヒンズー教といえば牛。超神聖。食っちゃ駄目ゼッタイ。でも、水牛はOK?

 そう、水牛はOKなのである。

 この理由ってのがまたアレなもんで、まず、牛には三千万のヒンズーの神様が詰め込まれてるっていう無敵設定なのだそうだ。

 三千万である。日本の神様を総動員しても八百万。駄目だ。勝てない。

 そりゃ、そんなもん食ったりしたら三千万の神様が胃袋ぶち破って溢れかえってバイオハザードになってこの世が終わること請け合いである。

 その一方で、水牛はヒンズーにおいては「マヒシャ」と呼ばれる悪魔の化身で、しかもヤマ(日本語で言う閻魔さま)の乗り物でもあるそうだ。つまり、「超ワルで激ヤバな生き物なので食ってもOK」という理屈らしい。こっちのほうがよっぽどバイオハザード臭を漂わせているのだが、平気なのだろうか。よくわからんが、とにかくそういうものとして納得するしかない。


 そういうわけで、ヒンズー教徒は牛肉の味を知らないの? と問われたら、全く知らないわけでもないようである。しかも、話に聞いたところによれば、水牛の肉は普通の牛肉よりもずっと美味しいらしい。どうにも、上手くやりやがったものである。

 あと、豚と鶏が△になってるのは、「不潔なので食べたくない」と思ってる人が一定数いるためである。理由は想像しかできないが、豚に関しては人間の排泄物処理に使われる地域もあるくらいだ。カシミールのトイレ事情は知らないが、まあ気持ちはわからぬでもない。

 しかし鶏が不潔という理由はわからぬ。もしかしたら、「食べるために動物を太らせる」という行為に拒否感を持っていて、ここでいう「不潔」とはむしろ精神的な意味で「不浄」に近いのかも知れぬ。


 更に調べると、カシミール料理の傾向なるものが見えてきた。

 ざっと述べると、こんな感じである。

 宗教的背景からか、菜食と肉食が両極端化しているっぽい?

 肉料理においては野菜は極力使わず、あくまでも肉メイン。

 菜食に関しては、ヒンズーにおける上位カーストの影響と思われるが、肉はもちろん、収穫の際にミミズなどの虫を殺す可能性のある根菜類も避けるそうだ。

 もしかしたら、にんにく、玉葱が好まれない理由は、臭いだけでなくこのあたりにあるのかも知れぬ。


 更に調べていくと、さっき紹介した上野のカレー屋「デリー」の店長ブログに興味深い記述があった。


▼▼カレー屋デリーの社長ブログより引用▼▼

 カシミール地方のカレー? にヤクニというのがあります。

 元々は、ギリシャやペルシャの料理で、意味は肉で採ったスープですが、ムガール時代にアクバル大帝が、避暑地のカシミールにもたらしたと言われています。

 本来は、マトンで採ったスープに、ヨーグルトとサフランを加えた淡い黄色のもので、具には肉のほか、コフタ(肉団子)も入れ、ライスと食べます。

 ――中略――

 必ずヨーグルトやサフランがはいるとは限らず、何がヤクニの決め手なのか、頭の中はいまだにモヤモヤしています。

▲▲引用ここまで▲▲


 ふむふむ。サフランはあまりにも高くて手が出ないので、入れなくても良いというのは助かる。

 ……じゃなくて。

 マトン、肉団子、ヨーグルト。この辺りがキーワードらしい。

 他にもヤクニで検索すると、「ミルクとヨーグルトをたっぷり使ったホワイトカレー」などという記述を見つけることも出来る。

 いずれにせよ、両極端化した菜食と肉食のうち、思いっきり肉食側に振り切ったカレーだというのが何となく見えてきた。

 だが、にんにく玉葱を封印というのは、正直きつい。本場カレーを目指すあまり、自分の口に合わないものを作ってもしょうがないので、ここはやはり「カシミール風」として、にんにく玉葱などの基本材料は押さえて、ラム肉、肉団子(豚)、ミルク、ヨーグルト、こんな感じで攻めてみたいところである。人参も入れたいが、目立たないようにみじん切りで行こう。

 トマトは……ヨーグルトが酸味を出してくれることを期待して、今回は外しておこう。


 ともあれ、重要ポイントといえるのは、ヤクニという言葉が「肉汁」を意味するという点である。

 普通、カレーを作るセオリーとしては、テンパリング→アメタマ→肉類→硬い野菜→柔らかい野菜→スープ、と来るわけだが、ここで最初に肉類を投入する理由は、肉汁が流れ出してしまわないよう油でコーティングするためだ。

 だが、このカシミールカレーに限って言えば、その肉汁こそがスープの主役になるという。つまり、マトンから肉汁が流れ出なければ、そもそもヤクニ(肉汁)という名前からも外れてしまう。

 かと言って、全部の肉汁が出てしまうというのも寂しい話ではなかろうか。なんとなくだが。そこで、マトンに関しては牛乳やヨーグルトの後に投入し、肉団子はセオリー通り最初に炒めておくというのはどうだろう。

 うむ。方針が見えてきた。問題は、マトンがやたらに高いという点のみだ。さっき西友で見たら、骨付きラム170グラムが650円だった。骨を取ったら100グラムくらいではないか? グラム650円とは、どこのマハラジャだ。キロ単位でもいいので業務スーパーで安く手に入ればよいのだが……。

 サミットも探したら、こちらはジンギスカン用の厚切りがグラム199円だった。うん、まあ、せめてこのくらいでお願いします。


 そういえば、カシミール料理全般に言えることだが、辛いそうだ。それも、やばいくらい辛いという。これには大いに興味をそそられる。

 カシミールはヒマラヤのすぐ近くとあって、非常に寒いらしい。

 そのためにミルクやチーズにバター、ヨーグルトなどの乳脂肪をたっぷり使い、更に激辛でホットにするようだ。

 冬にはとても美味しくいただけそうである。


 さっそく調理開始である。

 ……と、言いたいところだが、この辺りはそのまんまブログに書いてしまったので、同じことを書くのも面倒くさいし、興味があったら「ニャギ茶房 印度への道」あたりでグーグル先生に訪ねて欲しい。興味があったら、だが。


 さて、ここでは調理の手順や過程はおいといて、味とか感想とか文句とか、そっちのほうを書いていこう。

 味。普通である。困った。

 牛乳400cc。ヨーグルト200cc。これをぶち込むのには、実は結構な勇気が必要だったのだが、にも関わらず、思いのほか普通のカレーである。

 ちょっと牛乳臭いといった程度で、「おおー。これがカシミール人の味わいかー」などと感慨にふけるようなものではない。困ったことになった。

 いやまあ、こうなってしまった以上は食べるしかないし、なによりも「こりゃ食えんわ」となってしまうようなシロモノが出来なかっただけ僥倖と言わざるを得まい。

 しかし……散々調べて作ったわりにはあまりにも普通。なんだか寂しい結果である。

 もっとクリーミー感を出すための研究が必要ということか。

 そういえば、ジョティーのカレーに「バターチキンカレー」というのがあったが、あれがまさしく「クリーミー」そのものだったように思う。あんな感じのまろやかカレーを作り、それをベースに作れば、今回よりもカシミール人に迫れるかも知れぬ。

 ほうれん草カレーの次はバターチキンカレーか。だが、問題がある。私はほうれん草カレーが好きでそちらばかりを食べていたため、ジョティーのバターチキンの味を正確に覚えていないのである。

 しかたないので、そこらへんのインドカレー屋に入って、それっぽい味でも研究するとしよう。

 カシミールへの道も長そうである。


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