プリミティブカレー
さて、前回の失敗によりいくつか明らかになったことがある。
まず、S&Bのレシピは参考にならないこと。
次に、サイリウムには二度と手を付けないこと。
そして、ほうれん草だのジョティーだの以前に、まずは普通のカレーを作れるようにならなければ、話にならないこと。
最後に、コンソメ(顆粒)も良くないということである。
コンソメ(顆粒)のなにが良くないのか。
いや、別にコンソメ(顆粒)の存在意義を問うているわけではない。ひとえに私個人の問題である。
正直に言おう。前回、スパイスを粉にしてカレー粉作ってワクワクしている中で、「コンソメ(顆粒)を投入せよ」とレシピに書かれているのを見て、私の中で「それっぽさ」がスーッと潮が引くが如く低下していくのを感じたのだ。
これは完全に私の精神的な(あるいは宗教的な)問題であって、レシピがどうとかいう話ではないのだが……。
ここまで混じりっけなしのスパイスを揃えておきながら、突然「コンソメ(顆粒)」なるいわゆる既成品? 味付けが出来ちゃってる食材? なんと言えば良いのか上手い言葉が見つからないのだが、そういったものが登場しちゃいましたことに、酷く無粋な印象を覚えた次第なのである。
私の求めている「それっぽさ」は、そう……いうなれば、「プリミティブ」と置き換えても良いかも知れない。
プリミティブ、つまり原始的食材とでも言うか、素材そのものとでも言うか、これから私が調理をしようとしているのに、そこに「第三者が味付けした素材」を混入させることに、酷く理不尽さを感じてしまったわけだ。
私の追求する「それっぽさ」、それは「プリミティブ」に他ならぬ。
コンソメはもちろん、醤油もソースもいらぬ。化学調味料などもっての外である。
例えば、インドの山奥に放り出されたとて、目の前にスパイスさえあればカレーを作ってみせる……そういった心意気を満たす食材である。インドの山奥で「コンソメ(顆粒)を持てい!」などとのたまうのが如何に無粋であるか、理解していただけるだろうか。
もちろん、私が使う中にはインドには存在しないスパイスもあろう。アメリカ原産のものもあろう。野菜に至ってはほとんどが国産、確か玉葱だけはニュージーランド産と書いてあったか。私の作ろうとしているカレーが、実はインドカレーでも何でもない多国籍カレーだというのも否むまい。しかし、重要なのは「それっぽさ」なのだ。コンソメ(顆粒)は、「それっぽさ」を決定的に低下させてしまう。
そういったわけで、コンソメ(顆粒)はカーチャンに渡してテキトーに使ってもらうことにして、私の前にプリミティブカレーへの道が開けようとしていたのである。
ともあれ、私の中で整理がついたところで、更なる研究である。
一つや二つのレシピを見ただけでは到底足りぬ。スパイスカレーに言及しているレシピを片っ端から見て回り、S&Bのレシピの最大の問題を悟るに至った。
「クミンが足りねえ」
カレーといえばクミンである。
カレーといえばクミンなのだ。
これは宇宙の真理である。仮に宇宙人に拉致されて「宇宙の真理を述べよ」と無理ゲーな質問をされたら、ただ黙ってカレーを食わせておけばいい。それだけで、すべて解決する。
それくらいに、クミンとは真理なのだ。
どこぞのグルメ漫画で偉そうなデブが「カレーの定義とはなにか? これが欠けたらカレーとは呼べぬ、そういったスパイスはあるのか? ふん、答えられないのか。馬鹿め」みたいなことをこれまた偉そうにほざいてやがったが、今の私なら「クミンッ!!」と一言叫ぶだけで完全論破できる自信がある。いやそもそも、あの質問をされて「クミン!」と即答しないカレー屋は、カレー屋としてどうなのか。
つまり、我らが知る「カレー風味」とは、すなわち「クミン風味」なのだ。
クミンは素晴らしい。往々にして、「ナマコを初めて食べた人の偉大さ」が語られるが、私としては、「クミンを煮込み料理にぶちこんだら美味い」これを発見した人物こそ、地球上で最も賞賛されるべき人物と考えるのだが、このような当然のことに異論を挟むものは、よもやおるまい。
レシピの話だった。
スパイスの割合だが、クミンは構成スパイス全体の50パーセントから60パーセントは欲しいところである。
全体で見ると、このような次第になる。
・クミン:50パーセント
・コリアンダー:10パーセント
・ターメリック:15パーセント
・オールスパイス:10パーセント
・カルダモン:5パーセント
・カイエンペッパー:10パーセント
これをエクセルにぶち込んで、総スパイス量から配合分量を計算できるようにした。デジタルとプリミティブの融合。実に美しい。
総スパイス量は6人前で40グラム程度、うち20グラムをクミンが占めているというわけである。
この時点で0.1グラム単位の正確な計量をできる秤が必要となり、デジタル秤を購入する次第となった。2700円也。これも投資としてはいたしかたなし。
さて、今度はスライムを生み出すまいと心に誓いつつ、再度の挑戦である。
野菜やら肉やらはいつも通り。水やらトマトジュースやらをぶち込んだ後に、いよいよスパイス投入である。
結果は、見事にカレーとなった。やはりクミンである。クミンは素晴らしい。
これに塩で味を整えることで、最も基本的なカレーは完成したわけであった。
ちなみに、作った当日は「うん……。まあ、カレーだね」という程度の味であり、どうにもピンと来なかったのだが、二日目に食した際には「おお、美味いじゃん」と思える程度に変化しており、これによって「スパイスカレーは寝かせが重要」という事実を身を持って知ることとなった。
一般的なルーで作るカレーでも「二日目以降が美味しい」というのは常識であろうが、スパイスカレーに関しては、「二日目以降でないと、大して美味しくない」と言ったほうが良いレベルである。むしろ、一日目に食すなど、もったいないことこの上ない。
カレー調理に関しては、「寝かせ」もまた重要な調理の過程であると心得るべし。
とりあえずまあ、スライムが生まれることもなく、カレーらしきものを作ることは出来たので良しとしよう。
だが、まだ足りぬ。
ジョティーのほうれん草カレーに挑むには、まだ欠落しているものが多すぎる。
いや、今のままでは市販のルーカレーにすら及ぶまい。それもそのはず、市販のカレーとは、いわゆる大衆の味覚に合わせて研究され尽くした味なのだ。これで不味いはずがないではないか。
しばしば「市販カレーに隠し味を加える必要はない」と言われ、それには私も同意せざるを得ないが、スパイスカレーに関してはそうではない。そもそも今回は「塩だけ」しか調味料を使っていないのだ。
だが逆に考えれば、「塩だけしか使っていないのに、そこそこの味が出せる」ということでもある。調味料を研究することで、一体どれほどの伸びしろが期待できるかと考えると、これは研究せざるを得まい。
よって、次回からは「スパイスカレーに何をぶち込むと美味しくなるか」を追求していくこととなる。
だが、プリミティブに目覚めた以上、もはや「既に調理してある素材」は封印せざるを得まい。
ソースとかコンソメとか味の素とかは全面禁止。
鶏ガラスープや豚骨スープに関しては、「材料:鶏ガラ/豚骨」が基本。大幅に譲歩して「酵母エキス」が入っている程度まではいいだろう。味には関係なさそうだし。だが、塩。テメエはだめだ。塩その他調味料の入った鶏がらスープは認めるわけにはいかぬ。
なんだかよくわからないが、こだわりらしきものが見えてきた。飽きるまではこれでやってみるとしよう。
ジョティーへの道は遠い。