スライムが攻めてきたぞ!
さて、前回のほうれん草カレー作成計画はただのスープカレーという結果に終わった。
しかも、後になって考えると、
・アナンのカレーブック:700円
・牛肉:500円
・海老:400円
・その他野菜:300円
・トマトジュース:100円
・りんごジュース:100円
4人前で2100円。これはいけない。カレーの値段としてあるまじき大敗北である。
安く作れないカレーなど、カレーとは断じて認められぬ。
しかし、その一方で得るものもあった。カレーブックの最大の売りであろう、最後の仕上げとして添加するスパイス類である。
いや、実のところ、どこまで効果があったのかは定かではない。しかし、少なくとも「すげえ本格的なカレー作ってる」という気分を味わえたのは事実だ。単純であること、ゴリラの如し。
この時点で素朴な疑問が湧き上がる。では、「仕上げスパイス」ではなく「カレー粉」として入っていたものは、一体何だったのか? あれはスパイスではないのか?
再び自作機械で検索し、その結果、S&Bのホームページの片隅に「6つのスパイスで作るカレーレシピ」なるサイトを見つけるに至った次第である。
このレシピによれば、カレーとはすなわち6種類のスパイスにて構成されるものにて候。
いわく、
・クミン
・コリアンダー
・カルダモン
・オールスパイス
・ターメリック
・チリペッパー
なるほど、それっぽい。
まずはこれを揃えるところから冒険は始まるというわけだ。
そして近所をぐるぐると回ったところ、ほど近いところにあるAプライスなる業務スーパーにて、すべての材料が比較的安価に手に入ることが判明した。
実はこのAプライス、以前にコーヒーの生豆を探して電話で問い合わせた際に、「生豆? ありますよ」という快い返事を頂きいそいそと出かけたところ、どうやら店員が「生豆=挽いてない豆」と勘違いしていたらしく、見つかるのは業務用のお徳用コーヒーだけという事態に陥ったのである。店員に聞くも「生豆? ああ、そこにありますよ。え? 生の豆? それは無理ですねえ」貴様はゴリラか。
このような次第で信用ガタ落ちとなり利用していなかったのだが、今回の件で一気に名誉挽回することとなった。
さっそくポイントカードまで作ったが、1000円以上の買い物をしないとそもそもポイントが付かないという事実の前に、入会サービスの500ポイント以外はほとんど加算されていない現状である。しかし入会して数回通うだけでだけで500ポイントもらえたのはとても美味しかったので良しとする。
ともあれ、スパイスである。
売り場にいくとホールとパウダーの二種類が置いてある。ホールとはなんぞやと思ったが、さすがに現物が目の前にある以上、私の如きゴリラでも理解できよう。ホールは実や種子のまま。パウダーはいわゆるパウダーである。これで一つ人間に近づいた。
ちなみに気になるお値段はというと、正確には覚えてないが、
・クミン:300円
・コリアンダー:180円
・カルダモン:1000円
・オールスパイス:250円
・ターメリック:330円
・チリペッパー:400円
うろ覚えだが、こんなところであろう。すべて100グラムである。
なんだかこの時点で既に前回のカレー費用を上回っている気がするが、なに、それぞれ100グラムあるのだ。これだけあれば1年は戦えよう。(無理でした)
次に、これをパウダーにする。どうせパウダーにするなら最初からパウダー買っとけよという話だが、却下である。何故か。自分で粉にしたほうが「それっぽい」からである。
アナンのカレーブックの「仕上げスパイス」から始まった此度の個人的カレーブームである以上、重要なのは「それっぽさ」だ。如何に「それっぽい」かどうかが最大のポイントとなるので、こればかりは譲ることは出来ぬ。
(ただし、ターメリックと後に登場するシナモンについては、パウダーを選んでいる。この2つに限っては、パウダーで買うほうが大幅に安く上がるためだ。おそらく実や種子の形状のスパイスと比べて、小さな欠片も利用できることが理由であろうと思われる)
粉にするにあたり、まずは乳鉢を持ち出す。
これもどこぞのサイトの入れ知恵により、「乳鉢で自作カレーが簡単に出来ますよ♪」なるコメントを複数見たためであるが、あえなく失敗に終わった。
理由はひとつ。私の腕力では、カレー1杯分のスパイスを粉にするために、カレー10杯分のカロリーが必要になりそうだからである。これでは割にあわぬ。
おそらく乳鉢カレーを薦める人物はすべてゴリラなのであろうとの結論に達し、あえなく封印とあいなった。
次に、抹茶ミルの出番である。
これは以前、例によって「抹茶を大量に飲みたいなあ」などと思い立ってアマゾンで購入したものだが、抹茶の飲み過ぎにより壮絶に腹を下すという苦い思い出とともに封印していたものである。
さて、クミンを投入してハンドルをクルクルと回すが、最初こそゴリゴリという軽快な感触が伝わっていたのだが、肝心の粉が出てこない。それどころか、次第にツルツルと抵抗のない感触へと変化していった。
これはおかしいと思い分解したところ、クミンは若干ながら脂質を含有するものであることが判明、ミルの隙間という隙間にクミンの脂質がこびりついて、しかも摩擦でイイカンジに出来上がり、テッカテカに輝いているではないか。
こりゃいかんと歯ブラシや鉄ブラシなどでゴシゴシとやったが、結局のところ、私の抹茶ミルには未だクミンの粒が残ったままになっているのである。どうしよう。
次に取り出しましたるは、電動コーヒーミルでござる。
私がまだコーヒーについてなにも知らぬ一介のゴリラだったころ、「電動? スゲエ」なる酷くゴリラ的な発想により購入を果たしたものだ。
だが、実際に挽いてみたらアマゾンレビューにあった挽きムラどころか「微粒子レベルになった粉状コーヒー豆」と「ブレードで半分に叩き割っただけのコーヒー豆」のコラボレーションが実現するという悪夢の如きシロモノであった。
その後、カリタ製のダイヤミルにぞっこんに惚れ込み(主に外見に)、これを愛用するようになったためにお役御免となっていた機械文明の産物が再び日の目を見たという次第である。
さて、電動コーヒーミル、参考までに型番はカリタのCM-50というもので、説明書には「コーヒー豆以外には絶対に使用しないでください」などと書いてあるが、ゴリラ相手にお前は何を言っているのだ。
結果を言うとだが、コーヒー豆のほうはともかくとして、カレースパイスを粉にするという目的では、充分に役目を果たしていると言えよう。これは「電動コーヒーミル」ではなく、「電動カレー粉ミル」と名前を変えて売るべきではないかと提案いたす所存である。
どのスパイスも、ふるいにかけると胚芽にあたる硬い部分が残ってしまい、売っているような綺麗なパウダー状にはならない。しかし、これを実現しようとすると「ハイスピードミル」なる最低でも七万円する未来文明の機械が必要となるため、このあたりで妥協せざるを得まい。
ちなみに、胚芽の硬い部分は米と同じく煮込むとふやけるので、食すに当たってはまったく問題にはならないので安心されたし。ホテルカレーのようなトロットロ感を出したいのであれば、その限りではないが。
なお、スパイスを一種類挽くごとにアルコールティッシュでしっかり拭くのが良い模様。コンセントを抜くのを忘れずに。超あぶい。ゴリラでもやばい。勝てない。
さて、すべてのスパイスが無事に粉になった。
これをS&Bのレシピに従い調合するわけだが……楽しい。なにこれ、すっごい楽しい。「私、今、カレー粉作ってる!」感が半端ではない。実際にカレー粉作ってるんだから当たり前なのだが、ともかく、私にとって最大の評価基準である「それっぽさ」は120パーセントを確実に超えている。
そして、ウキウキ気分で野菜を切って、いつもの様にぶち込むわけである。
……わけであるが、なにか様子がおかしい。カレー粉を投入したというのに、色が薄い。分量はきちんと測ったはずなのだが、どう見ても鍋の底が透けているではないか。これは私の知るカレーではない。
更に、レシピにはこれらカレー粉の他に「コンソメ(顆粒)」などと書かれている。
これに従ってできたものは、明らかに「カレー」ではなく、「具だくさんのカレー風味コンソメスープ」である。おかしい。
スープカレーは嫌いではないが、これはいくらなんでもスープすぎる。鍋の底が見えるほどのスープカレーでは、カレーライスというよりもむしろ茶漬けのカテゴリに属するのではなかろうか。
この時点で「それっぽさ」30パーセントにまで低下。
鍋を前に考える。このカレーに足りないものはなにか。とろみである。追加ミッション発生。なにかをぶち込んでとろみを付けるのだ。
家の中を探しまわり、見つけたのがサイリウムなる粉状の物質。
サイリウムとは、アイドルのコンサートとかで振り回すアレではなく、食物繊維を多量に含むオオバコエキスのことである。「日清のサイリウムヌードル」なる1つ160キロカロリー程度ですむカップラーメンがお気に入りで、その流れでカーチャンが購入した顆粒状のサイリウムが見つかったわけだ。
このサイリウム、顆粒ではサラサラだが、水に溶かすと非常に強い粘り気を見せ、まるで葛湯のように変化するのである。これを使わない手はない。
とりあえず、軽く小さじ一杯投入。おお、途端にとろみが付いてきた。すごい。「それっぽさ」急上昇。
……いや、とろみが付き過ぎてないか? ぐつぐつと鍋の中で煮立っていたカレースープは酷く重たそうにボコボコと音を立て始めた。「それっぽさ」急降下。
試しに箸でつまんで見たところ、とろみ……ではなく粘りが凄まじかった。びろーんとどこまでも伸び、数十センチも引っ張ったところ「ブチン、ビチャン」という下品な音を立てて切れた。いや、切れたというよりも、引きちぎれたといったほうが正確であろう。
煮込みが足りないのではと考え、しばらく我慢して煮込む。しかし粘度は高まるばかりで、あまりのカレー粘度の高さに箸がへし折れそうになり、「どうやら、間違った道に進んでしまった」という事実をこの辺りで認めざるを得なくなった。
鍋を揺するとカレー風味スープだったものは既にスープですらなくなり、「ぶるん」と震えて鍋の側面から剥離した。もはや「それっぽさ」などと言っている場合ではない。
鍋の中でおまんじゅうのような丸みを帯び、カレー色に透き通りぶるぶると震える物体。カレースライムが誕生した瞬間である。
もはやこれは、とろみとかねばりとか、そういう次元ではない。カレーは飲み物であると強弁する人物がいたような気がするが、少なくともこの物体に関しては「いいや、固形物だね」と断言できよう。
それなら、前回の塩カレーのように水で薄めることで解決するのでは? そう考えて水を投入したのだが、一旦スライムとして覚醒したカレーは決して水を吸おうとはせず、鍋の中で「ぶるんぶるん、びちゃんびちゃん」と不気味な音をたてるのみであった。
しばしば漫画やアニメで使われるネタで「料理の苦手なヒロインが頑張って作ったら得体の知れぬドロドロが出来上がる」という描写があるが、あれが現実に起こりえるものだと身を持って知るに至った次第である。
なにしろ食べようにも、そもそも箸で引っ張るくらいでは千切れない猛者なのだ。
しかも無理やり引きちぎったら、勢いでスライムに取り込まれていた人参やら肉やらが周囲に飛び散るという攻撃能力まで備えている。
ゆえに、このスライムをゴミ箱に放牧したからといって、誰が私を責められようか。
おそるべしサイリウム。
ジョティーへの道は遠い。
……誤解なきよう言っておくが、このエッセイは、私が毎度馬鹿馬鹿しい失敗をしてカレーの材料を無駄にし続けることで笑いを取るとか、そういう趣旨ではない。
スライムが生まれるほどの失敗はそうそう起きないゆえ期待されても困るので、その点はご理解いただきたい次第である。