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インドへの道

 2014年の秋ごろの出来事である。

 ふと、思い立った。美味しいカレーを作りたい、と。

 というのも、非常にお気に入りだったジョティーというカレー屋が潰れてしまったのである。

 潰れたというか、張り紙の一枚もなく看板はそのままで店の中はホコリまみれ、どうやら他の系列店も同じ様子だという。この状況から鑑みるに、夜逃げしてインドに帰ってしまったと考えるのが妥当か。なんとも残念なことである。

 さて、ジョティーがどう美味かったのかを語らねば始まらぬ。

 本格的インドカレーと銘打ちながら、きちんととろみを持たせてご飯にもナンにも合うように作られている。とは言うものの、インドに行ったことがないから本場のマサラがどんな感じなのかは知る由もないのだが、とにかくインドっぽさと日本人好みの味が見事に融合しているのである。

 特に、ほうれん草チキンカレーが素晴らしかった。いわゆるサグマサラと呼ばれるものを日本人好みにアレンジしたのであろうが、ほうれん草の青臭い風味といい、ブラックペッパーの効いたスパイス感といい、かなりの中毒性を持った味である。もしかしたら厨房の奥には「クァーッカッカッカカカ」と笑うモヒカン料理人がいたのかもしれない。(結果として潰れている以上、その可能性は低いとは言いがたい)


 ともあれ、食べられないとなったら食べたくなるのが人情というものである。

 この辺りでようやく「手に入らないなら作ればいいじゃない」という思考回路が回り始めた。

 思えば、欲しいものはコーヒー焙煎機から小説まで、それが可能とあらば片っ端から作ってきた私である。今更ジョティーのほうれん草カレーを作れないという道理はなかろう。

 そんなことを考えているうちに、「そういえば随分昔に食べたカレーブックとかいうカレーセットが中々美味かったなあ」などと思い出し、探してみると「アナンのカレーブック」なるものが見つかった。

 なにやら記憶にあるのとは少々違う気もするが、まあ似たようなものであろうとさっそく近所を回ったところ、これが中々見つからない。

 紆余曲折の末、六花亭のホワイトチョコ以外の目的ではほとんど足を踏み入れないことで定評のある紀伊國屋にて発見し、「レジを通らないと外に出れない構造ってスゲエ圧力だよなあ」などと思いつつ購入して帰った次第である。


 さて、調理開始といこう。

 にんにく生姜に人参玉葱じゃがいも、牛の細切れ肉、あと海老。

 あと、自分は一人暮らししていた頃から、カレーにはトマトジュースとりんごジュースを入れて、少しでもオリジナル色を訴えるようにしている。が、あまりオリジナルなカレーができた記憶はない。

 肉、硬い野菜、柔らかい野菜の順番に炒めて、トマトジュースとりんごジュース、水などをぶち込んだ挙句に、カレールー(今回はアナンのカレーブックに入ってたカレー粉)をぶち込む。とりあえず、これで大きく失敗した試しはないゆえ、これで良しとする。

 ……少なくとも、この頃はまだ私はゴリラの域を超えていなかったため、これ以外の調理法というものを知らなかった。テンパリング? アメタマ? なにそれ美味しいの? という状態である。

 いやそもそも、当時の私に調理可能な料理はカレーと豚汁だけだったのだから仕方がない。

 もっとも、八ヶ月経った今でもそれは大して変わっていない。多少凝ったカレーを作るようになったというだけで、「何を作れるの?」と聞かれたら、やはり「カレーと豚汁です」と答えざるを得ない。ああ、そういえばショートブレッドも作れるようになったんだった。


 時間を八ヶ月前に戻そう。いい雰囲気にぐつぐつしてきやがったところで味見をするわけだが……甘い。おかしい。

 いや、りんごジュースを入れたのだから甘いのは当たり前だが、それにしても甘すぎる。というか、塩気がない。

 カレーブックのパッケージをゴミ箱から探し出して裏面を見ると、なんと揃えるべき材料に「塩:適量」などと書かれているではないか。

 なるほど、自分で考えて入れろと申すか。ゴリラにはいささかハードルが高い要求である。

 塩の適量とはいかなる分量なのかまったくわからないため、とりあえず「適当でいいか」というゴリラ的思考のもと、大さじ一杯をドバンと入れたところ大変なことになった。ほら、言わんこっちゃない。


 仕方ないので水とトマトジュースとりんごジュースをだばだば入れて、「これはスープカレーである。最初からこのつもりだったのだ。計画通り」と自己暗示をかけることによって解決したわけである。

 さて、少々シャバシャバしてはいるが、そう悪い味ではない。

 ふむふむと思いつつ食べていて、はたと気がついた。


 ほうれん草入れ忘れた。

 というか、全然ジョティーじゃねえ。


 結局、アナンのカレーブックにて得られた結果は「カレーを食べた」という事実のみであった。

 いや、そうでもない。

 カレーブックに入っていた「仕上げスパイス」というものが、チリペッパーだのターメリックだの、いかにも「カレー粉の原料でござーい」と言わんばかりのカラフルな粉がひとつの袋に入っていたわけだが、これはなかなか興味を引いた。

 はっきりと記憶にはないが、「好みに応じて入れてください」的なことが書いてあったように思う。しかし、ほとんどの人は、お好みもヘッタクレもなく、「全部入れる」という一択問題を迫られるのではなかろうか。

 わざわざ「アナンのカレーブック」を買った以上、「入れない」という選択肢はそもそもあり得ないし(そもそもそれではカレーブックではなく、カレー粉だ)入れるとしたら、数種類のスパイスが一つの袋に入っているという性質上、袋を全部開けなければスパイスが偏ってしまう。

 どうにも騙されているような気分がぷんぷんと立ち込めてくるわけだが、しかし、重要なのは、そのカラフルなスパイスを鍋にぶち込むときのワクワク感なのである。

 スパイスを弄くり回すときのワクワク感。そう、これこそ私が求めていたものだったのだ。

 ぶっちゃけた話、カラフルなスパイスをドバー。これができれば、アナン事務総長だろうがカレー粉ブックだろうが、どうでもいいのだ。

 インドへの旅が始まった瞬間である。(精神的な意味で)


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