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1-4

◇◇◇

『見てみてツラユキ』

『何だよ』

『これ、僕の妹。可愛いでしょー』


 そういって得意げに差し出された写真には、一人の女の子が写っていた。年は、十二位だろうか。年相応の無邪気な笑顔。それでいて、カメラのレンズを見つめる瞳には聡明さが見え隠れしていた。きっとあか抜ければ、美しく成長する事だろう。


『賢そうな子だな。お前に似て』

『でしょー。ま、僕に比べればまだまだ、だけどねー』

『はっ、流石高校全国模試一位はいう事が違うねぇ』

『模試なんて一位でも意味ないよ。頭の良さはあんなのじゃ測れないしー。そんな事より善と悪について語ろうよ』

『嫌だ。お前と喋ってると頭が痛くなってくる』

『そんな事言わないでよー。ほらこの前の続きから』


 そう言うと、朗らかな顔で語り始める。悪の定義とは何なのか。そして、それらを束ねる為にはどうすればいいのかを。ただの戯言。夢物語。そう思って、聞き流していた。


 あの頃は。



 目を開ける。ひどく、静かだ。

 ついさっきまで爆音や悲鳴が絶えなかった空間が、嘘の様に静まり返っている。踵が床をこする音さえも、響かなかった。そこら中に溜まった血が、音を吸い取っているのかもしれない。


「早く……追いかけないと、な」

 

 激しい戦闘の所為か、体がひどく重い。流れ弾か、跳弾が当たったらしく、襟に付けたマイクが無残に壊れていた。調子が戻るまでゆっくりと歩きながら、イヤホンを捨て、腰にかかったポーチからゴーグルを取り出す。


「確か番号は、β―二十四、だったか……」


 ゴーグルの側面に付いたダイヤルを合わせ、装着する。視界が狭まり、薄緑色になる代わりに細かい光の粒子が見える様になった。それはまるで蛇の様に曲がりくねりながら、幸来に一本の道を示していた。


 エレクトロン・マーキングはその名の通り、大気中に存在する電子に目印をつけることで特殊なゴーグルを用いなければ見る事の出来ない道標を示す技術だ。マーキングと言っても、色をつけたりする訳ではなく、電子の重量を増やすという方法を取る。

 

 重量を増やす物は今発見されているだけでも千二百種類ほど存在し、そのどれもが各々異なった空間の歪ませ方をするので、使ったエレクトロン・マーキングの種類にゴーグルの波長を合わせなければならない。


 結果、異なる波長を発することで、同じゴーグルを持つ護ノの追跡を、防ぐ事が出来る。


「全く持って、便利な技術だよな……詳しい原理とかよくわかんねぇけど……と、あったあった」


 マーキングを見つけ、それを追いかけながら走る。

 因みに、キェルケゴールの函内部からイ界へと繋がる出口を見つける時にも、このゴーグルを使った。イ界内部には、外よりも豊富な自由電子が漂っている。ゴーグルは、波長をゼロに合わせる事で、これらを見る事が可能だ。

 つまり、大量の自由電子が漏れ出でている扉が、イ界へと続く物であると判断する事が出来る。

 

 備蓄可能な電力との兼ね合いで十分間しか起動できないのが玉に傷だが、イ界探索の際には欠かせない一品だった。


「……っ!」


 マーキングを辿り、走り続ける事約五分、目の前を三つの影が横切った。 ゴーグルを外し、両手に武器を顕現しようと、構える。


「おいおい、俺たちだよ。そう身構えるな」


 銃を向けた相手は護ノではなく、C隊の隊員だった。


「佐伯に……牧瀬に稲垣か。なるほど、先に進む為のギミックを解いている、ってとこか?」


 C隊で技術面に秀でている三人が動いているという事は、大方そんなところだろう。当たったのが気に食わなかったのか、軽く鼻を鳴らし、佐伯が答えた。


「正確には解き終えたところ、だがな。ぐずぐずしている暇はない。さっさと行くぞ」


 ぶっきら棒な言葉と共に駆けだした佐伯の後を牧瀬、稲垣そして幸来が追う。しばらくのあいだ二人の横を並走していると、右手の側から喋り声がした。


「ねぇ……何であいつ、あんなにぴんぴんしてるの……? あの数の護ノ相

手に、殆ど無傷なんて。化け物だよ……」


 ボリュームを落としているつもりだろうが、丸聞こえだった。喋っているのは、眼鏡をかけた比較的小柄な男、稲垣だ。

 C隊の中では恐らく一番ひ弱な稲垣は、それを補って余りある程の頭脳の持ち主だった。C隊のRの調整、修理や、その他の備品の管理は全て彼の仕事で、イ界探索の際にも修理道具を一式持ってきているらしい。

 

 そんな彼から見れば、幸来の様に無謀にも敵に突っ込んで行き、生きて帰ってきた人間は化け物の様に見えるのかもしれない。半ばあきらめつつ、聞きたくもない続く言葉を待つ。


「やっぱり推薦組は僕たちとはどこか違うんじゃ……」

「おいおい、そーゆー言い方は駄目だぜ、稲垣ちゃん」


 推薦組と罵られ、陰口を言われるであろうと踏んでいた幸来は、異を唱えた牧瀬の言葉に少なからず驚いた。


「俺も、推薦組はしょーじき何かずりーと思うけどさ。今日の東城ちゃんのあれはかっこいいっしょ!」


 な? とあっけからんとした笑顔を向けてくる牧瀬に、幸来はどんな顔をすればいいのか分からず、曖昧な表情を返した。


「そ、そう……か?」

「そうだよ! 『必ず生きて、合流します。だから――行って、下さい』とか、惚れるぜまじで! しかもけろっとした顔で帰って来るし! いやぁー恐れ入った!」

「どうも……」


 妙な気分だった。聖徒になってからこの方、アリアと讃良以外に、こんな風に喋りかけられる事など、無かった。ちょっと変わった奴なのかもしれないと、幸来は思った。


「俺は牧瀬。牧瀬リクだ。牧瀬、マッキー、リク君、リクリク。なんて呼んでくれてもいいぜ!」

「じゃぁ、牧瀬で」

「やっぱ堅いな、お前……」


 赤茶色の髪をワックスで固めた牧瀬は、ファッション雑誌に載っていそうな整った顔立ちをしていた。その喋り方と相まって、随分と軽い印象を受ける。


「東城ちゃんがC隊入ってもう半年は経つのに、今更自己紹介ってのも、変な話だけどな。まぁ最初の内はほら、様子見っていうかさ……ごめんな」

「構わない。逆の立場なら、俺だってそうするだろうし。慣れてるから」

「そう言ってもらえると助かるぜ。あ、そうだ。こっちの――」

 走りつつ、牧瀬は横に並んでいた低めの頭をぽんと叩いた。

「小さい眼鏡が稲垣善司いながき ぜんじ。さっきの台詞、こいつも悪気があって言った訳じゃねぇんだ。稲垣はほら、どっちかって言わなくても技術者タイプだからさ」

「あぁ、稲垣のメンテナンスにはいつも世話になっている。ありがとう」

「ど、どうも……」


 声をかけると、稲垣はびくびくと、まるで小動物の様に首を縮こませながら答えた。護ノと対峙している時はもう少し堂々としているのに、と苦笑いが零れる。


「そんでこのいつも仏頂面のこいつが――」

「馴れ合いはそれ位にしろ」


 右手に銃を顕現しながら、佐伯がぴしゃりと言った。


「敵だ」

「なっ……」


 咄嗟に殺気を探る。首元にじっとりと粘りつく様な、それでいてちりちりと爆ぜる独特の感覚が、三つ。


「三人、か」

「それだけじゃねぇ。聞こえないのか?」


 人差し指で耳を軽く叩いた佐伯の動作を受け、耳を澄ます。幸来たち四人の走る靴音、風が廃墟に当たる音。そして――機械の駆動音。


「SEROか!」

「ようやく気付いたか……戦闘員のお前が真っ先に気付かなくてどうする?」

「すまない……」


 戦闘に次ぐ戦闘と、牧瀬たちとの会話で気が緩んでいたとはいえ、戦闘員としてあるまじき失態だった。素直に謝った幸来を一瞥し、佐伯が再び鼻を鳴らす。


「で? どうする。巻くか? 戦うか?」


 戦う、と佐伯が言った瞬間、稲垣の肩がぴくりと震えたのを幸来は見逃さなかった。やはり根本的に、彼には戦闘が向いていないと幸来は認識した。


「ここから目的地までの距離は?」

「走って三分だ」

「そうか……それなら」


 虚空に両手をかざし、千年の盾と銃を顕現する。


「俺が食い止める。先に行け」


 SEROの駆動音がすぐそこまで近づいてきている。追いつかれるまでもう一分とない。


「くそっ、讃良ちゃん達と通信が繋がらねぇ! なんでこんな時に!」

「大丈夫だ。俺がやる。じゃないと……お前たちが、死ぬ」


 彼らが弱いと言っている訳ではない。だが、通常の戦闘と、追いかけられている状態で戦うのとでは、後者の方が、難易度が高い。戦闘に特化していない彼らを、巻き込む訳にはいかなかった。


「いいか? 三・二・一の合図が終わったら全力で駆けろ。三・二・一――」

 体を反転させ、背後を仰ぎ見る。同時に、三人の護ノが姿を現した。

「行け!」


 護ノとの距離はおよそ十メートル。銃を構えているのを確認し、幸来は躊躇いなく護ノ達たちの方向へ駆けだした。


(単発式じゃなく、フルオートの銃だった場合遠距離線は不利すぎる……なら、近距離線に持ち込むしかない……っ!)


 目の前に千年の盾をかざしつつ距離を詰め、手前に居た護ノの手首に蹴りを入れる。確かな手ごたえと共に護ノの持っていたライフルが宙を舞う。


「はぁっ!」


 それが地に落ちるまでの一瞬の間に、蹴りを入れた方の足と軸足を変え、回し蹴りを放つ。急所である顎は外したが、顔面に直撃したらしい。鼻から大量の血を流し、護ノは地に伏せた。


(残り二――――)

「ぐぅっ!」

「がぁっ!」


 次なる戦闘へと移行しようとしたその時、二発の発砲音と同時に、幸来の視界の端で鮮血が舞った。撃たれたのは護ノ。そして銃を撃ったのは、佐伯だった。

 思わず攻撃の手を止めた幸来の視界の中で、護ノたちの体を銃弾が貫通していく。見た事もない程冷静で、冷徹な目をしていた。

 数十秒の後、二人の護ノが絶命したのを確認し、幸来は佐伯の元へと駆け寄った。


「佐伯、どうして――」

「お前は、自分が思っている以上に疲弊している。体ではなく、心が、な。そんな奴だけに、任せておけるか」

「っ……」


 確かに、近づいてくる敵の気配を佐伯に教えられるまで気付かなかった。誰よりも先に察知しなければならないのに。


「ぼさっとしている暇はない。次はあっちだ」


 そう言うと佐伯はその場で踵を軸に百八十度回転し、手にしたライフルを構えなおした。佐伯の目が捉えた先に居るのは、SEROだった。


「な、いつの間に……!」

「キェルケゴールの函内部のSEROと違って、イ界内のSEROは弱い奴を最初に狙う習性がある。知らなかったのか?」

「そんな馬鹿な……いつもは俺の事を狙って……」


 幸来の知っているSEROは、いつも自分の事を狙っていた。恐らく最も近い敵と戦うようプログラムされているのだろう。だからこそ今、先陣を切って前に出たのだ。


「お前、最後にSEROと遭遇したのはいつだ?」


 舌打ちをしつつ、佐伯が言った。どうやら外したらしい。走りながらの狙撃は、止まって打つそれの何倍も難しいのだから、当然だろう。


「この隊に入る前だから……半年前、くらいか?」

「だったら」


 流れるような動作でライフルを捨て、近距離用のリボルバーを顕現する。肩を並べて戦ったのは初めてだが、相当な場数を踏んでいる事が伺えた。


「半年でお前が強くなった。それだけの事だ」


 佐伯がそこまで言った時、前方で叫び声が上がった。


「う、うああああ! 放せ、放せよ!」


 十数メートル先で、稲垣がSEROに足を掴まれ、転び、もがいていた。牧瀬も他の数体のSEROに囲まれ、助けようにも身動きが取れない様だった。


「くっ……、牧瀬を頼んだ!」


 灰色の床を蹴りだし、幸来は駆けだした。SEROは機体の内部にナイフや小型の機関銃、閃光弾等を仕込んでいる。ぐずぐすしていては、二人が殺られてしまう。


 思う様に動かなくなってきた足に鞭を打ち、稲垣の足を掴んでいるSEROの元に辿り着く。幸来の気配を感じ取り、機械仕掛けの頭を部分がぐるんとこちらを向いた。


(遅い――!)


 その頭部に千年の盾を叩き込み、間を開けず、稲垣を掴んでいる手の部分も叩き切る。火花が散り、大量のパーツが弾け飛んだ。


「稲垣、走れ!」


 佐伯が牧瀬に加勢したのを視界の端で捉え、幸来は叫んだ。

 SEROの数はおよそ五機。その内二機は既に、機関銃を出していた。


「佐伯! 牧瀬を連れて行け! 後ろは俺が守る!」

「東城ちゃん、そんな――!」

「この先の曲がり角を曲がれば扉がある! すぐに来い!」


 この時ばかりは、渋る牧瀬の手を引き、何のためらいも無く走り去る佐伯をありがたく思った。守る相手は少なければ少ない程――それこそ、いない方が戦い易い。


 幸来は、千年の盾と銃を交互に使いながら、ゆっくりと後退した。

 SEROは確かに優秀なロボットではあるが、それでもやはり、その動きは柔軟性にかける。攻撃を仕掛けられると、内蔵された鉄の盾で防御するか、若しくは最小の動きで避けるようプログラミングされているらしく、こちらの攻撃は中々決まらない。


 だが、防御から攻撃へシフトする際に、機械特有の間がある為、銃撃を防ぐ事は容易い。ナイフによる近距離攻撃も、動きが直線的なので苦にならない。

 三体以上いると倒すのは難しいが、身を守るだけなら何とかなりそうだった。

 素早くナイフをかざし、近づいてきた一体を千年の盾で弾き返しつつ、幸来は曲がり角を曲がった。


(あそこか――)


 数十メートル先に、大きな扉があった。少し錆び、赤褐色に染まった鉄の扉は、聖徒たちの手によって、半分ほど閉められていた。最後の仲間が入った瞬間に閉じ、護ノとSEROを外に閉め出すつもりらしい。

 不幸な事に、隊長と讃良の姿が見えない。恐らく、扉の奥を一足先に探索しているのだろう。 既に佐伯と牧瀬は扉の近くまで辿り着いており、何故か先に走り始めたはずの稲垣が幸来の少し先を走っていた。


「ふぎゃっ」


 転び、躓きながら見ていられない程の無様さで稲垣は走っていた。見る見かねた佐伯が、牧瀬の背中を押し、稲垣の元へと駆け寄った。


「止まれ、てめぇらぁぁ!」


 突如背後から上がった怒声と膨れ上がった殺気に、反射的に千年の盾をかざす。

 空中で止まった弾越しに見えたのは、さっき幸来が気絶させたはずの男だった。どうやら蹴りが浅かったらしく、意識を取り戻したようだ。


「全員まとめてぶっ殺してやるよおぉお!」


 狂った様に叫びながら近づいて来る護ノに、危機感を覚える。


「くそっ……佐伯、稲垣! 早く扉の中へ!」


 SEROの中に一人、護ノが混ざるだけで、戦況は圧倒的に不利になる。防ぎ損ねた弾丸が肩を抉る感触が、幸来を更に焦らせた。


(後、数メートルっ!)


 佐伯と稲垣は扉の中に避難した。残るは幸来、ただ一人。後ろから聞こえる機械の駆動音と、銃の弾を込め直す音が鼓動を早くする。


(間に合え……っ)


 前を向き、全速力で駆ける。背中は無防備、間に合わなければ、待っているのは、死。


(よし、ぎりぎり行け――)


 意に反し、足が、止まった。前方にかかっていたベクトルが方向を変え、幸来の体は地に叩きつけられた。足首をしっかりと掴む、SEROのアームが歪んだ視界の中で見えた。


 即座に千年の盾でアームを叩き切り、顔を上げた。


 ―――刹那


 幸来の目と、稲垣の目があった。すっかり怯えた瞳は、汗にまみれ、険しい顔をした幸来を映していた。そして、アームを千切られたSEROがけたたましく暴れ始めた。同時に後ろから聞こえる、発砲音。

 

 最後に


「うああぁぁぁぁあああ!」


 恐怖に満ちた稲垣の叫び声と。扉の締まる、音。


「……え?」


 顔の真横で、銃弾が鉄の扉に弾かれ、鋭く爆ぜた。もう少し右にそれていれば、頭が吹っ飛んでいただろう。


 だが、そんな事より、目の前で閉まった――閉められた扉が信じられなかった。端に手をかけ引っ張ってみても、ビクともしない。


「そうか……そうだよな」


 アリアがギミックで開ける事を選んだのだ。それはつまり、力技ではとびらを突破できないという事を意味する。


「まぁ……しょうがない、な」


 連続して襲い来る護ノやSEROに、稲垣の精神は完全にやられていた。 自分のすぐ目の前で銃を構えられ、SEROが暴れ出したのなら、身を守る為に扉を閉めるのも頷ける。ましてや犠牲にする相手が、推薦組ならば。


「おいおい! お前仲間に見捨てられてんじゃん!」


 背後に気配を感じゆっくりと振り返ると、ガタイの良い男が立っていた。どうやら鼻の骨が折れているらしく、血が顎ぞ伝い、粘っこく地に垂れている。 


「あっははは! これは傑作だぜ! お前、街の入り口で、一人で暴れてたやつだろ? 仲間の為にあんなに尽くしたのに、危なくなったら容赦なく切り捨てられて、可哀想だなぁ、おい!」


 楽しそうに笑う男の声が、堪らなく胸に突き刺さった。


「うる……せぇよ」

「声に張りが無いぜぇ! ははっ! ははは!」


 絶え間なく笑う男の笑い声に、しかし幸来は違和感を覚えた。心の底から楽しんでいる者の笑越えでは、無かった。


(……こいつ、まさか)


「あぁ、愉快愉快! …………さて」


(怒って――)


「じゃぁお前、死ね」


 焼ける様な痛みが左足を襲った。脹脛ふくらはぎが打たれのだと気づいたのは、灰色の地面が紅く染まって行く様を見てからだった。


「っつぁ……!」

「まぁ簡単には、死なせねぇけどな。お前がさっき殺した仲間の数だけ、甚振って(いたぶって)やる。甚振って、甚振って甚振って甚振って、生きている事を後悔するくらいの苦痛を与えて」 


 次に撃ち抜かれたのは、右肩。声にならない叫びが、喉の上を駆け抜けた。


「それから、殺す」


 痛みが、戦慄が、恐怖が。幸来を支配する。


「はっ、無様だなぁ、推薦組! どうだ? 砂を噛まされ、地面に這い蹲り、敵に弄ばれる気持ちは!」


 銃弾が貫通した傷口を、男が踏みにじった。頭が白くスパークする。あまりの痛みの奔流に、今ここで気を失うべきだと、本能がそう告げていた。


「まぁ、何の苦労もなく聖徒になって、正義だ英雄だと持て囃されて、いい気になってたお前にはお似合いの格好だがなぁ!」


 しかし薄れゆく意識の中、その言葉だけがはっきりと聞こえた。


(何……言ってやがる……)


 聖徒になって持て囃されたことなど、一度も無かった。

 聖徒になって良かったと思った事など、一度も無かった。

 一介の学生だった幸来が邪楽から聖徒に任命され、推薦組となったあの日から、世界はその表情を変えた。


 初めてのイ界。

 仲間の銃弾に頭を撃ち抜かれ、護ノが脳漿をぶちまける光景を目の当たりにし、何度となく吐いた。

 さっきまで喋っていた味方の手足が宙を舞う様を見て、辺りが血に染まりゆく臭いを嗅いで、幾度となく発狂した。

 

 自分の持つRが最強の盾だと発覚してからは、更にひどかった。戦場の先頭に立たされ、銃弾を、刃を防げと命じられた。

 避ければ怒鳴られ、臆せば引きずり戻された。平凡な日々を送って来た幸来にとって、そこはまさに地獄だった。

 

 何度逃げようと思ったか分からない。

 

 何度死を覚悟したか分からない。


 しかし、結局幸来は戦場に残った。一つの思いが、一つの理由が、彼をこの世界に引き留めていたから。


(俺、は……)


 失いかけた意識が、戻り始める。


(死ねない……)

 

 揺れる視界の中、何時の間にか倒れ込んでしまった体に喝を入れる。指が地を掻き、爪が剥がれた。乱れる呼吸が、血の香りを肺に招き入れた。


(邪楽に……あいつに、会うまで)


 気分は最悪だった。とても戦える様な状態では無い。それでも、諦めない。生きる、生きたいという生への渇望が、幸来を突き動かす。


(俺は!)


 顔を上げる。濁った太陽を背に、男が銃を構えて立っていた。


「死ぬ訳には、行かねぇんだよ!」


 その時。


 幸来の叫びは、男の耳に届いたのかもしれない。もしかしたら男は、銃の引き金を引いていたのかもしれない。ついぞ、その真実を知る事は叶わなかった。


 ただ一つ、確かな事は。


「東城君!」

 

 幸来の後ろで、さっきまで硬く閉ざされていた扉が、轟音と共に吹き飛んだという事だ。


 青白い光を帯びた影が幸来の横を風の如く通り、目の前の男を弾き飛ばした。


「讃良……?」


 目で追えないほどの速度で敵を翻弄しているのは、間違いなくRを顕現した讃良だった。いつもは束ねている髪を風にたなびかせ、嵐の如く暴れていた。


「何、してるんだよ……?」


 周辺に転がった扉の破片は、切り刻まれた断面に、何かに殴打され凹んだ跡があった。

 扉を壊す為に彼女の銘付き『狂戦士』を発動して、叩き続けた結果だろう。


「そんなに発動し続けたら、この後の探索まで体力もたないだろ……?」

 

 銃声があがった。

 幸来の後ろから発砲された銃弾は、讃良の攻撃を懸命に避ける護ノとSEROに更に追い討ちをかける。


「なんでだよ……?」


 佐伯に牧瀬、そして稲垣や他の隊員が、銃を乱射していた。足元に転がっているのは、使い終わったグレネードランチャー。巨大な建造物を破壊する為に使われる、最終兵器だ。

 扉を壊したのは、讃良の狂戦士と、グレネードランチャー、そして――


「俺を見捨てたんじゃ、無かったのかよ……?」

「そんな事、あるわけないでしょう?」


 その声を聞くだけで、幸来は緊張の糸が切れるのを感じた。


「ごめんなさい。讃良と扉の奥のSEROと戦っていて、助けに来るのが遅れてしまいました」


 戦況の不利を悟ったのか、SEROが仲間を呼び、新たな機体が次々と遠くからやって来た。だが、もう遅い。機械仕掛のガラクタがいくら増えた所で、戦況は変わらない。


「例えここで、全ての弾丸と、体力を使い切ってしまっても、一つの命を見捨てる事はしない」

 

 透き通った、自身に満ちた声音が、心地良い。


「それが、私の隊の方針です」


 そうだ。C隊の隊長は、こういう人だった。だから、誰よりも尊敬できるのだ。

 

 幸来は笑った。


「甘い……ですね」

 

 アリアも笑った。


「その甘さが、私の強さなんです」


 力が抜ける。とても眠い。甘美な闇が、手招きしていた。


「後は任せて下さい」

 

 優しい手が頭を撫でた、気がした。


「――お休みなさい、東城」


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