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1-3

「俺が銃を一発打ったら、全員走り出して下さい。直後に閃光弾を投げるので、絶対にこちらを振り返らない様に」


 佐伯から受け取ったRを腕にはめ、廃墟の壁に身を隠す。

 何も仕掛けてこない事を不振に思ったのか、護ノたちからの狙撃が減っている。行動を起こすなら、今だ。大きく息を吐き、立ち上がる。


「東城君」


 ざっ、と通信が入る雑音と共に、イヤホンから讃良の声が流れた。走りながら喋っているのか、ボリュームが安定しておらず、とても聞きにくかった。


「絶対帰って来てね? 帰って来なかったら、わたし、怒るからね!」


 思わず笑みがこぼれる。相変わらず優しい奴だ。


「東城」


 続いて入る通信。こちらは息切れもせず、静かな声で幸来に告げた。


「後ろは、任せましたよ」


 短く、端的な言葉。けれどそこに全ての思いが込められている気がした。


「了解」


 そう短く返答し、さっきよりも満ち足りた気分で自分に喝をいれる。


(よしっ……行くか……!)


 廃墟の陰から、見通しのいい大通りへその身を躍らせ、左手に握りしめた銃を空に向け、トリガーを引いた。

 小気味良い破裂音。同時に殺気と言う殺気が自分に向いたのを肌で感じた。


(いい子だ……全員こっちを見やがれ……!)


 すかさずポーチから閃光弾を取り出し、高く放り投げる。目もくらむ様な光りの奔流の中、幸来はためらいもせず真っすぐ走りだした。


(今俺がしなければならないのは、仲間の元に護ノを行かせない事。その為には、俺一人でここに居る全ての護ノの注意を引き付ける必要がある)


 ならば、起こすべき行動は簡単だ。可能な限り相手に致命打を与え、自分の存在を護ノに強く印象付ける。


 大通りに出た時、殺気の数と僅かな身じろぎの音から、幸来は正面の方向に多くの護ノがいる事に気付いていた。他の護ノの位置は、上に三人、右に二人、左に四人と言ったところか。閃光弾が破裂している間、敵は無闇に銃を撃つ事が出来ない。その間に最も近い位置に居る敵の懐に入り


(こいつをぶちかます!)

 右手に銀色のパネルを握りしめ、殴る。瞬間、軽い衝撃と共に護ノが吹き飛んだ。

 手の中で自分の相棒である銘付き、『千年のイージス』が軽く振動する。

 パネルに付いたボタンを押し込む事で、パネルを中心として、一定時間空気中に見えない円の壁を作り上げ、あらゆる物を弾き飛ばす防御特化のR。

幸来が聖徒になった日に――――邪楽から送られてきた物だ。


(まずは……一人っ!)


 千年の盾が作り出した不可視の壁は、触れた物体を吹き飛ばす性質を持つ。本来これは、防御の為の機能なのだが、あえてこれで殴る事で、確実に相手を昏倒させる一撃を叩きこめる。


(といっても、有効範囲は拳が届く範囲内。銃が使われる広い場所では戦い辛い……なっ!)


 何が起こっているのか分からずうろたえる護ノを尻目に、もう一人後頭部に掌底を叩きこみ、戦闘不能にする。


「敵だ! 打てぇぇぇ!」

(ちっ……)


 光から目が回復したらしく、護ノの一人が幸来に銃を向けた。すかさず眼前に千年の盾をかざし、銃撃を受ける。


「なっ! こいつまさか、推薦――っ!」


 間合いを詰め、左手に握った銃の引き金をためらいもなく引く。肩にかかる重い衝撃と、手や腕にかかる返り血が生々しい。


「その呼び名は、好きじゃねぇんだ」


 推薦組である幸来と讃良は、邪楽から銘付きのRを送られていた。ただでさえ数の少ない銘付きの持ち主は、護ノにも広く名を知られている。


 男の亡骸が地に伏せるのを確認する暇もなく、別の場所からの狙撃が幸来を襲う。閃光弾のダメージから、殆どの護ノが回復しつつあるようだ。降り注ぐ銃弾を千年の盾で受けつつ、手近にいた護ノを左手の銃で撃ち抜く。


(これで殺した護ノの数は四。そろそろ次に移るか)


 時に物陰に身を隠しつつ幸来は目星をつけていた建物の内部に入り、建物の奥へと移動した。あれだけ派手に暴れれば他の仲間は追ってくるだろう。


「ふぅ……」


 軽く息を付き、熱を帯び始めた千年の盾を見る。このRは万能ではない。

壁を出す事の出来る最高時間、二・七秒。

 そして、再び壁を出すまでにかかる時間、〇・七秒。

 これが、千年の盾に課せられた動作環境だ。つまり、〇・七秒の間、幸来の体は完全に無防備な状態で、戦場にさらされている事になる。壁と壁を出すまでのブランクタイム。


 空白の〇・七秒。


 これを敵に見切られてしまえば、千年の盾はガラクタ同然なのだ。その為幸来は、戦場では長くても二秒までしか、壁を張らない事にしている。


「っつ……!」


 鋭い痛みを感じて、幸来は左肩を触った。ぬめりとした感触。


「一発、かすったか」


 出血量は多くない。勝手に止まるまで、放っておいて大丈夫なほど浅い傷だ。ただ、自分の流した血と、護ノの返り血が腕の上で混じり合い凝固していく様が、ひどく不快だった。少し前までの自分なら、ここで吐いていてもおかしくはない。


「今は……大丈夫だ……」


 護ノを殺せるようになったのは、護ノを人ではないと思うようになったのは、いつからだっただろうか。


「何処に行った?」

「この建物は入り組んでいる……。固まって行動するには狭すぎるな。一度散るぞ」


 護ノたちの会話が、少し離れた所から漏れ聞こえてきた。予想通りだ。

狭い場所ならば一度に相手する数は多くても二、三人。それならば勝機はある。

 彼らの言葉を聞き、幸来はすっと目を閉じた。

 ありとあらゆる無駄な感情を削ぎ落とす、いつからか始めた、いつもの儀式。


 恐怖、興奮、快楽、そして、情。感情を冷たく、鋭く、冷え切ったナイフの様に研ぎ澄まし、ただ護ノを殺す事だけを考える。


 左手に銃、右手に千年の盾を持ち、幸来は立ち上がった。細い入り組んだ廊下に、複数の足音が木霊する。廊下の影からちらりと覗き見ると、空き部屋一つ一つを護ノたちがチェックしている様子が伺えた。部屋の扉を勢いよく開け銃を構えつつ、中に飛び込む。部屋の中に誰もいない事を確認したら次の部屋へ。その繰り返し。


「……よし」


 一連の行動パターンを見終えた幸来は、一番近い位置で自分を探している護ノに狙いを定め、物陰から飛び出した。

 護ノ個々人の戦闘力は決して低くはない。よく訓練された動きを取る上に、基本的に周囲への警戒を怠らない。だが、部屋の中に銃を突きつけている瞬間だけは、護ノの意識は完全に前に向いている。つまり――


(この瞬間だけは、背後がガラ空きになるっ!)


 可能な限り速く、可能な限り静かに護ノの後ろに走り込み、同時に腰を捻り、背中に向けて蹴りを放った。思わぬ方向からの衝撃に、護ノは簡単に部屋の中へと倒れ込む。


「だれ……っ」


 振り返り、声を上げる暇も与えず、幸来は倒れた護ノの顔面に千年の盾を握った掌底を叩き込んだ。銀色のパネルが顔に触れた瞬間、激しい音と共に護ノの体は部屋の隅まで吹き飛び、壁一面に赤が咲いた。その光景を他人事の様に見つつ、次の行動に移る。


「こっちから音がしたぞ!」


 一人殺せば、その音で他の護ノが来るであろう事は分かっていた。


 だから、幸来は慌てない。想定内の状況に、事前に打ち立てていた通りの動きを取る。


 どれだけ敵が増えようと、部屋の入り口は一つ。敵はそこから入って来ざるを得ない。


「居たぞ、取り囲――」


 護ノが足を踏み入れた瞬間細い糸が切れた。ついで襲いくる眩い光、耳を揺らす凄まじい爆発音。手榴弾とはいえ、流石の破壊力だ。耳栓をしていなければ鼓膜は破れていただろうし、千年の盾が無ければ体はバラバラになっていただろう。


 丁度、今目の前に転がる、この肉片の様に。


「うまく引っかかってくれて、ありがとう」


 幸来が部屋の入口に仕掛けた糸は、手榴弾へと繋がっていた。誰かが部屋に入れば、爆発するようになっている。中にいた自身も本来なら死んでいる所だが、護ノが入ってくる瞬間さえ分かれば千年の盾で防ぐ事が出来る。


「……次」


 今の爆発で半数以上の敵は死んだ。赤い水溜りの上を歩きながら、幸来は残りの護ノを探す為耳をそば立てた。


 これが聖徒か、と心の何処かで声がした。


 地獄絵図の様な中を平然と歩く自分は、一体何者なのか。淡々と敵がくれば殺す。まるで機械の様だ。どこで切ったのか体中に出来た傷から流れ落ちる血が、自分は人間だと、そう告げてくれていた。


 引き金を引き、千年の盾を叩きつけ、屍を積み上げながら幸来は進んだ。


「おい、返事をしろ! さっきの音は何だ? 誰か、応答しろ!」


 今にも泣きそうな声が廊下の隅から聞こえた。髭をはやした立派な大人が焦り、喚く姿は何とも滑稽だ。いや、死を間際にすれば自分もあんな風になるのだろうか。


「あんたが最後か」


 どちらでもいい事だ。戦場で生き残れば、醜態を晒す事はない。


「お前、な、仲間はどこだ? どこへやった!」

「殺した」


 もっとも、今の自分の顔も酷いものだろう、とは思う。


「何、で? ……なんで、殺したんだ!」


 意味の無い質問だ。戦場で命を狩るのに、理由などない。そっと、銃を持ち上げる。


「くそ、ふざけるなっ! 何が聖徒だ! お前ら、人を殺して、それで大衆に讃えられて、それで嬉しいのか!」

「……」

「お前らはなぁ! せ、正義の味方なんかじゃねぇ! 勘違いすんな!」

「知ってるさ」


 照準を合わせ、引き金に指を添えた。人を殺す事が正義だと言うならば、 

 それはきっと何かが狂っている。だが今、邪楽によって作られたこの世界は、聖徒たちを正義と定義した。邪楽と護ノ、この二者を悪とする事で。

 

 しかし、例えば。聖徒と護ノという枠組みを今取り去ったならば。


「俺とお前、どっちが悪なんだろうな」


 返答は無い。立ち上る硝煙の香りと、足元に広がる血の海が、きっと答えだ。


◇◇◇

 誰も追って来ない。

 それはつまり、幸来が上手く護ノたちを引きつけているという事なのだが、アリアの気持は晴れなかった。

 彼の持つ銘付きと実力を考えれば、無事に帰ってくる可能性の方が高い。エレクトロン・マーキングの番号も教えた。今自分がすべきなのは、幸来が来るまでに捜索を進めておく事だ。

 目の前には、大きな扉があった。押しても引いてもびくともしない、頑丈な作りだった。

 暫く扉を調べていた佐伯が近づいてきて言った。


「恐らく、どこか別の場所に扉を開く為のスイッチの様な物があると思われます。それを起動しない限り、これは開かないかと」

「そうですか、なら仕方ありません。ここで部隊を二つに分けましょう」


 佐伯も同じ事を考えていたらしく、すぐに首肯した。


「ここで待つ部隊と、スイッチを探す部隊、ですね」

「はい。探す方は、佐伯が仕切って下さい。私はここにいて、扉が開き次第、中の様子を探ります」

「了解です、機械関係は俺に任せて下さい。後は牧瀬と……稲垣を連れて行きます」


 妥当な選択だ。機械、技術に関して、この部隊で最も長けている三人だ。


「それと隊長、解錠の可否を問い合わせるのに無線を使います。イヤホンを外さないで下さい」

「了解。貴方達も、気をつけて」


 走り去る三人の背中を見送り、アリアは再び扉を見た。


(私と讃良の全力と……ありったけの爆薬を使えば、壊せそうではありますが……)


 そんな事をすれば、これ以上探索を続けられなくなる。扉を開けるスイッチが見つからなかった時の最終手段にしておくべきだろう。


(東城……)


 今彼は、どうしているだろうか。どこかに隠れ、敵と戦っている最中である可能性もある為、無線で連絡する訳にもいかない。


 それなりに時間は経った。うまく立ち回っていれば、そろそろあの護ノの集団から逃れられているはずだ。


(早く帰ってきなさい……)


 無事に帰ってきたらまず、そっと抱き締めて上げよう。

 護ノとの戦闘で、神経をすり減らしているだろうから。そしてその後、あまり無茶な行動は慎むように、軽く言い聞かせよう。

 きっと生真面目な顔で謝る彼の姿を想像しながら、アリアは扉が開くのを待った。


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