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『ほら! そろそろ本題に入りますよ! こんな事ずっとしていたら、日が暮れてしまいます!』
『俺はそれでも……構わないんですけど』
『も、もう! 恥ずかしいじゃないですか……』
『はは、すいません。……で、「八刀式」、本当に見せてくれるんですか?』
『はい。折角ですし、最初から見せますね。まずは――――』
(『一の型』)
頭の中で、アリアの声がする。
(『「閃」』)
斧の柄を突き出し、隙だらけの邪楽に向かって、一筋の剣撃が走った。
鋭く、研磨されたその神風の様な一撃を、よけきる事が出来ない。
「ぐぅっ……!」
血しぶきが舞う。
両手の中に、初めて確かな手ごたえが生まれる。
本能からか、全力で後ろへ飛んだ邪楽の体を、長い刀身は捉えていた。
アリアの銘付き、破邪の刃が、邪楽の血に染まった。
手にしたアドバンテージを失わないうちに、幸来は動いた。軽くステップを踏み、一番近くにあった柱を足がかりに、跳躍する。
『ちょ、隊長! まさか本気で……』
『いきますよ東城! これが――――』
(『二の型「裂」』っ!)
再び、破邪の切っ先が邪楽を捉えた。鮮血が舞い、抉れたゆかは砂ぼこりをたてた。
勢いを殺さず、次の型へと移行する。
『二の型と三の型は連続で出すと効果的なんです。いきますよ』
『隊長、ちょっと手加減を……』
『三の型――――』
破邪を振り下ろした状態から、両腕を引き絞り、放つ。
(『「貫」(つらぬき)』)
鋭く突き出された破邪の刀身を、邪楽は斧の刃の腹で受け流した。
「なるほど、彼女のRか……」
そして、思い切り弾かれる。
手が痺れ、感覚が消えるかと思う程の衝撃。
「これは予想外だったよツラユキ……。どうしても、僕を殺したいんだね」
弾き上げられ、両手が振り上げた状態になり、腹部が無防備に晒される。
『こんな風に破邪をはね上げられた時は、五の型が有効です』
『どうぞ』
『ふふ、いい目です東城。きらきらしていて、宝石の様です』
ガラ空きの腹部を狙い、邪楽の斧が迫り来る。足を交差させ、体を捻り、屈む。
(『五の型――――「咲」(はな)』)
回転力と伸び上がる体の力が複合され勢いよく螺旋を描いた剣筋は、邪楽の斧を弾き飛ばした。同時に幸来の両手を貫く衝撃が、痺れとなって感覚をなくしていく。
「楽でしょ、ツラユキ……憎むべき相手が一人しかいないのは……自分のやってる事は正しいんだって、確信を持って言えるんじゃない?」
「あぁ、そうだな。確かにお前の言う通りかもしれない、だけどな――」
手が痺れ柄を握っているのかどうか、分からなくなる。
力がうまく入っているのかどうか、それすらもあやふやだ。
「それは、人を殺したお前が言っていい台詞じゃない……っ!」
それでも幸来は、攻撃の手を緩めない。
破邪の刃を振るい続ける。
「あーあ。隊長にぞっこんって感じ。なんか妬けちゃうなー」
斧と破邪が幾度となくぶつかり合い、周囲に音を降り積もらせて行く。
「『八刀式』、だったっけ? 八つの型を使ってあらゆる場面に適応するっていう。確かに強いよねー、それ」
手の感覚は既に消え失せた。
だが頭は何時になくクールだ。高揚感も、怒りも、焦りもない。
「でもさー」
そして今、とどめを刺せと本能が告げる。
右半身を引き、弓を引く様な体制をとる。
破邪が右腕と一体になる様な感覚。
(『六の型――――』)
「紛い物じゃ、僕には届かない」
肩から腰にかけて、熱い線が走った気がした。
次いで襲いくる強烈な痛みと、目眩。
(あ、れ……?)
体から力が抜けていく。
それはまるで、手にすくった水が零れ落ちる様で、止められない。
(切ら……れた?)
体が前のめりになる。
倒れる、そう分かっていても踏ん張る事ができない。
足を踏み出す事ができない。
視界が、黒く、暗く、染まり始め――――
『次に見せるのは――』
(まだだ……)
『私が一番好きな型なんです』
(まだ、終われない……)
『良く、見ていて下さいね?』
(終わりじゃ、ない……っ!)
体は倒れ始めている。このタイミングを逃せば、もう反撃の機会はないだろう。
だから、幸来は腕を伸ばし、剣を突き出した。
ニメートルにも及ぶ長い刀身はしかし、邪楽の体に僅かに届かない。
邪楽の顔が、美しく歪む。
(七の……型)
柄を、捻る。
(『幻』)
しゃん、という鈴の様な音と共に、刀身が伸びる。
先ほどまでよりも三十センチほど長くなった刃は
(はは……)
邪楽の胸を、貫いた。
手は痺れていて手応えはない。
だが確かに幸来は見た。
破邪の切っ先が、邪楽を貫いた瞬間を。
(やった……)
七の型、幻。
それは鍔から柄にかけて仕込んでいた刃を、ファンデルワールス力を操作してせり出させる事で刀身を長くする技だ。
仕込み刀の様な感覚で使う事が出来、とても優雅なので好きなのだと、アリアは言っていた。
(やったんだ……)
体が地面に打ち付けられた。
痛みは感じない。
仇を討った充実感だけが、そこにはあった。
暫くこうして倒れこんでいたい。
動くのは、帰るのは、もう少し後でも良いだろう。
辺りは、静かだ。
当然か。
生きているのは自分しかいないのだから。
「うーん、惜しいなー」
そう、思っていた。
それなのに、頭上から声が落ちてきた。
(嘘だろ……)
「あと一歩、だったね」
(何故だ……)
「残念賞……いや、健闘賞かな」
(何で、生きてるんだよ……)
体は疲弊し、顔をあげる事すらままならない。
だが、目の前の床に落ちた影が。中世的な声が。彼の存在を主張していた。
(俺は……確かに)
破邪の刃は、邪楽の胸を貫いたはずだ。
この目で見た、間違いない。
「これ、僕のR、『醜悪なる断罪』」
とん、と斧が目の前に降ろされた。磨き上げられた広い刃に、幸来の顔が映る。
「ここの刃の部分、凄く広いでしょー? 醜悪なる断罪はね、ここから僕と同じ姿をしたホログラムを投影するんだ」
背筋を冷たい汗が流れた。
邪楽の持つRに注意しなくてはと、ずっと思っていた。それなのに――
「まぁ早い話が幻影だね。ただの映像だから、刺しても手応えはないはずだけど……分からなかったよね? だって、手が痺れて感覚がなくなるくらい、打ち付けあったもんね」
これを見越して、完璧なタイミングでホログラムを投影する為に、執拗に武器同士をぶつけ合ったという事か。二手も、三手も。邪楽は先を読んでいた。
「ま、勝負は切り札を最後までとっておいた方が勝つよねー。戦いっていうのはさ、いかに相手の奥の手を自分より先に出させるか。その駆け引きだと思うんだよ。……どーでもいっか、そんな事」
打つ手が、ない。
もうこれ以上、幸来に挽回の手札は残されていなかった。
「君は頑張ったよツラユキ。隊長すら勝てなかった相手に果敢に立ち向って行って、かっこ良かったよー。ファンクラブとか出来ちゃったりしてね」
がむしゃらに動こうにも、体は全くいう事を聞かない。
僅かに動く指先は、ただ床を虚しく掻くだけだ。
「ほら、子供の頃こんなジャンケンの掛け声があったでしょ? さーいしょーは、グー」
奇妙な音が体の中から響いた。
邪楽が、右腕を踏みつけている様だ。骨がひしゃげたかもしれない。
「じゃんけん、ぽん」
次は左腕。最早痛みなど感じない。絶叫する力すらない。
ただ、
「正義が勝ーつとは」
視界が黒く、暗く――――
「限らないんだよ、ツラユキ」
染まった。




