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4-1

「ようこそ、ツラユキ」

 

 豪勢な椅子から立ち上がった貫之は、重々しくいった。

 扉の向こうは広間だった。赤い絨毯が敷き詰められ、大理石の柱が整然と並んでいる。そして一番奥のせり上がった所に、貫之がいた。


「殺されに来た…………って訳じゃ、なさそうだね」


 中性的な声と足音が響き渡り、壁や天井に反射した。ゆっくりと、貫之が近づいてくる。


「仇を討ちに来たのかな?」

「…………あぁ」

「あはっ、いい目になったねーツラユキ。……ぞくぞく来るよ」


 貫之は黒いマントを羽織っていた。

 彼にとって、悪の王の格好には欠かせない物だったのだろう。数年前、一緒にプレイしたゲームにいた魔王の服装に、良く似ていた。


「ねぇ、ツラユキ」


 幸来の十メートル程前で歩みを止めた。

 不意を突いて攻撃されても、十分に反応できる距離を保っているようだ。


「平和について語ろうよ」

「却下だ」

「えー、なんでー」


 子供の様に頬を膨らませた貫之に向かい、幸来は答えた。


「平和って言うのは――」



『ねぇねぇ知ってる? 平和って言うのはさ――』



「悪の王がいる事で成り立つ。そう言いたいんだろ?」

「あ、覚えててくれたんだー! 嬉しいなー!」


 一転、今度は破顔し、喜んだ。そんな一挙一動から、邪気を感じる事はできない。無邪気すぎて、毒気を抜かれるほどに。


「そうだよツラユキ。平和はね、悪の王、つまり僕がいるからこそ、成り立つんだ………………――――――見て」


 貫之が指を鳴らすと、壁と言う壁が透明になり、外の風景が一気に見える様になった。突然入り込んだ日の光に目がくらむ。


「今この世界は……こんなにも平和だ」


 周りを満たすのは、蒼く澄み渡る空。白く柔らかな雲。

 眼下に広がるのは、風にそよぐ、新緑の大地。

 イ界の中でも最も高い位置に自分たちがいる事が分かった。


「戦争は経済を活性化させるって言葉、聞いたことある?」

「……知ってる」

「へぇ、以外。ツラユキ、勉強嫌いだったのにー」


 くすり笑い、続ける。


「なら分かるでしょ? 世界を巻き込んだ巨大な戦争。各地で勃発する小さな戦争。そのどれもが、不況を好況に転じさせた。今だってそうだよ。君たち聖徒の存在が、経済を活性化させてる。世の中の仕組みが変わって、失業者なんてどこにもいない。誰もが僕と言う悪の存在を倒す為、何らかの働きをしている。それを政府は見捨てない。団結して倒すべきだって、わかってるから」

「……それは一時的な事だ」

「そうだね。戦争の後は決まって、国には不況が訪れる。でもね、それは戦争が終わっちゃったからなんだ。だったら――――――――終わらせなければいい」


 漆黒のマントを翻し、朗々と邪楽は語り続ける。

 舌は滑らかに動き、目は輝いている。

 理想を、夢を語る独裁者の様に。


「僕がいれば、僕が操れば、僕が負けなければ! 世界は平和なんだ。国と国の戦争みたいに思惑が入り乱れたりしない。だってこれは、邪楽と、世界の戦いなんだから!」


 それだけじゃない、と彼は続ける。饒舌な語りは留まる事を知らない。


「世界中の悪は僕の配下、イ界の中にいる。イ界の外はいたって平穏。悪人なんていない。現れない。だって、僕という存在がいるから。僕は駆逐すべき象徴で、それに近づきたいと思う人間はいないんだよ。……ま、たまにいるんだけどね。そう言う人は須らく、僕の配下に下ってもらってるよ……。ねぇ、ツラユキ」


 綺麗な笑顔だ。

 けれど、とても醜悪だ。


「いいの? 僕を殺しても?僕は、平和の楔なんだよ? 僕を殺せば、確かに世界は喜ぶ。けれど、それこそ一時的なものだよ。法律を作りかえ、国を再建する時、そこには大きな障害が生じる。明確な悪がいない。向かうべき場所が分からない。そんな状態で作られた国なんて、湯豆腐みたいにもろいんだ。ねぇ、いいの?」


 一拍置いて今度は静かに言う。

 まるで音楽の様だと思った。


「僕を、殺しても」


 自身に満ちた声が広間に広がり、反響し消える。彼の言葉はある意味真理なのかもしれない。本当に、彼のいう通り世の中が動けば、悠久の平和が訪れるのかもしれない。

 けれど



「違うな」



 ポーチから一枚の紙を取り出し、幸来は言った。


「お前を突き動かしてるのは、そんな偽善じみた、綺麗な理由じゃ無い」


 幾度となく読み返したことで擦り切れた手紙。

 語りだしはこうだ。「拝啓 イ界へ」。


「貫之。お前が邪楽になった一番の原因。親父さんの亡き後、一ノ瀬グループを使って悪を集め、邪楽となった原因。それは――――俺、だろ?」

「…………ぇ?」

「あの日俺が逃げ出した事で、妹さんは死んだ。それからお前の精神は狂い始めたんだ」


 よく覚えている。

 忘れるはずかない。

 親友が、貫之が少しずつ狂っていく姿を見て、その深淵なる狂気に自分すら飲み込まれそうになった。


「これは、高校一年の時お前が書いた手紙。そして」


 その狂気は手紙を読み返す事でも用意にうかがい知る事ができた。

 自分の前から姿を消した貫之の精神は癒える事なく、膿み続けていたのだ。


「お前が俺に、千年の盾と共に送りつけた物だ」

「なん…………」


 推薦組に任命され千年の盾が手渡された時、薄っぺらい紙がくっ付いていた。

 幸来が死線に赴く、その一番のきっかけとなったもの。それがこの手紙だ。


「読んだ瞬間確信したよ。俺は、償わなければならないんだって」


 世界に対して、そして何より、貫之に対して。


「ごめんな貫之……。お前の妹さん、助けてあげれなくて。お前に会ったら、まずそれが言いたかったんだ」

「なんなん、だよ……」


 この程度の謝罪で済むはずがない。そんな事は分かっている。

 けれど、これはケジメだ。


「そして、もう一度、ごめん。お前の事……」


 目の前の男を、貫之として認識する、


「助けてあげられそうにない」

 

 最後の言葉だ。


「なんだよ、それぇええぇええぇぇえぇえ!」


 途端、邪楽は激しい怒声を上げた。

 さっきまでの落ち着いた顔とは対極にある、焦りに満ちた表情。


「なんだよ、なんなんだよ! 知らない、僕は知らない!」


 震える指をあげ、幸来の持つ紙を指差した。


「そんな物、僕は送ってない!」


 怯える様にそう叫んだ邪楽を見て、幸来は確信した。

 彼はもう、戻れない所まで来ているのだと。

 イ界を作った張本人は一人では無い。二人だ。

 一人は朗々と理想を語る邪楽。

 そしてもう一人は、妹を殺したありとあらゆる物に対する憎しみを抱いた、貫之。

 

 邪楽と貫之。

 妹が死んだその日から、二つに分かれた精神。


「知らない。僕は知らないそんなの知らない知らない知らない送ってない!」

「お前がそう言うのなら……そうなのかもな」

「は……はは、あははは! そうさ! 僕は絶対的な悪、邪楽なんだ。何も間違わない。知らない事なんて何も無い。何も、無いんだ!」


 この手紙を送ったのは貫之だろう。きっと無意識に、千年の盾に付けて送り付けた。

 それがどんな事を意味するのかは分からない。幸来に憎しみをぶつけたかったのかもしれない。もう一度幸来と会いたかったのかもしれない。

 真実は分からない。けれどただ一つ、確かな事は


「ごめんねツラユキ、取り乱しちゃって…………続けよう」

「あぁ」

「……いいの? 僕を殺しても?」



「構わない」



 自分の、この憎悪の念をぶつける相手は、邪楽だということだ。

 目の前の男は、かつて親友だった少年ではなく、愛しい人の命を奪った仇。

 そう思う。

 そう、言い聞かせる。


「構わないさ」


 でなければ、振るう刃が鈍ってしまうから。


「お前を消す事で、俺は後悔するかもしれない。行くべき道を見失った世界を見て、嘆くかもしれない。沢山の人が、俺の事を罵倒するかもしれない――――けど、いいんだ。どんな後悔も、苦しみも」


 この身を焦がす、憎しみの炎に飲まれようが、世界がどうなろうが、そんなこと、どうだって良い。


「今この瞬間、お前を殺さなかったと後悔するより、何百倍もマシなんだよ」


 アリアを殺した者の命無くして成り立たない世界など、滅んでしまえばいい。


「邪楽。俺はお前を許さない」


 そんな事がまかり通る世界など、崩れてしまえばいい。


「大切な、最愛の人を奪ったお前を…………幸せな日々を引き裂いたお前を」


 邪楽が、笑った。


「だから――」


 虚空に手をかざす。

 現れるのは、銀色のパネルと、ずっしりと重い銃。


「――死んでくれ」


 地を蹴る。

 怒りはいらない。

 冷静な判断を下せなくなるから。

 必要なのは、憎しみだけ。冷たく冷え切った、鋭利な憎悪の念だけを、その身に宿す。


「最高だ……」


 右手に大きな斧を顕現し、邪楽が呟いた。


「最高だよツラユキ」


 千年の盾と、巨大な斧がぶつかった。耳障りな音を奏で、二つの武器は弾かれる。


「君のおかげで、全ては上手くいった」


 すかさず左手の銃を発砲する。当たるとは思っていない。ただの威嚇。誘導だ。


「今の君の台詞、そして表情……録画して、世界中にばらまかせてもらった」


 巨大な武器を持っている割に、邪楽の動きが素早い。軽快に振り回される斧をかいくぐり、隙を窺う。


「ついに見つかった邪楽。そこに辿り着いたのは、ただ一人の聖徒。そしてその聖徒はなんと、邪楽に最愛の者を殺されていた! ねぇ! これを見た人はどう思うかな!」

 

 邪楽の顕現したあの斧。あれは絶対に無印ではない。それならば、何らかの特殊な細工が施してある筈だ。


「『邪楽は悪だ』。この認識が確固たるものになったんだよ! ほら、人間って愛とか復讐とかが大好きだからさー!」


 どんな能力があるのか分からないのは厄介だ。斧の動きには終始警戒する必要がある。


邪楽ぼくがこの世に現れてから、もう五年以上経つ。これだけ年月が過ぎるとねー、出てくるんだよ。僕の存在を肯定する輩がさー。『邪楽は正しい。彼の存在はある意味で世界を安定させている』とか。そんな事言いだされちゃ困るんだよ。僕は絶対的な悪でいなければならないのに」


 狂戦士と同じ様な身体能力を上げる能力だろうか? だが、見ている限りそんな兆候は見られない。風を切って、斧の刃が目の前を通り過ぎる。


「だからね、そうなる前に手を打つ必要があった。その為の駒が、ツラユキ。君だよ」


 出来るだけ千年の盾を使わずに、邪楽の攻撃を凌ぐ。空白の〇・七秒を、悟られる訳にはいかない。


「僕の過去を知っている人物であり、且つ、僕の最高の友人。これ以上ない位条件が揃ってるよね!」

「だから……隊長を殺したのか」


 会話をするつもりなど毛頭なかったはずなのに、つい、聞いてしまった。


「そのとーり! 君をここに来させるためには、君に一番近い人物を殺す必要があるからね! まぁ連続殺人はついでかな。いきなりあの人だけ殺したら、その後色々と怪しまれて、ツラユキがここに来れなくなるかもだしー。それに、正義であるはずの聖徒が殺され始めたら、政府と聖徒はどう動くのか、興味あったしね」


 結果は日本人お得意の隠ぺい工作で、ちょっと萎えたけどねー、と笑いながら、邪楽は斧を振るい続けた。喋りながらとは思えないほど、俊敏な動きだ。


「まぁ何にせよ。無事、ツラユキはここに来て、アリア隊長の為に僕を殺そうと試みるのでしたー。ありがとー、ツラユキ。お陰でこの世界はまたしばらく安泰だよー」

「それは、お前が勝ったらの話だろうが……っ!」


 こちらが本気で殺そうとしているというのに。

 邪楽は余裕の表情を浮かべ、自分が勝った後の話をしている。

 滲みだしそうな怒りの感情を必死で押さえる。熱くなっては、本当に勝ち目が無くなってしまう。


「勝つよー。当たり前じゃん……あ、そうだ。ついでだし、一ついいこと教えてあげるね」


 トリガーを引く。手ごたえがない。


(くそっ……!)


 弾切れだ。

 予備の拳銃はまだ持ってきている。だが、幸来に悪態をつかせた原因はそれではない。全ての弾を打ち終えていた事に気付かないほど、余裕がなくなってきている。


「その千年の盾、どういう仕組みで壁を作ってるか知ってるー?」


 空になった銃を捨て、新たな銃を顕現する。手の中に現れる、確かな質量を持った凶器。


「実はですね―、壁の構成成分は反粒子なのです!」


 両手をあげ、隙だらけの邪楽に向かって発砲する。


「あ、反粒子っていうのは反物質を構築する粒子の事でね、現存する物質とは逆の存在なわけです。この反粒子は、粒子とぶつかると対消滅っていう現象を起こすんだー。対消滅は衝撃にともなったエネルギーを放出する。だから、千年の盾の作る壁に触れた物は吹き飛ぶんだよ」


 だが、まるでそこに打つと分かっていたかのように、邪楽は華麗に銃撃を避けた。発砲後の僅かな隙を突き、邪楽が幸来に迫る。


「でも、この反粒子、とーっても不安定だから、この世界に安定して留めておくのは、技術的に二・七秒しか無理だったんだー。あはっ、ここまで言えば、もう何が言いたいか分かるよね?」


 そう言うと、邪楽は今までの攻撃が生ぬるく見える程のスピードで、斧を振り下ろし始めた。そのあまりの猛攻に、幸来は千年の盾を起動し続けざるを得ない。


「そのRを考案したのは僕。君に送ったのも僕。つまり――」

(っ……!)

「知ってるよ? 空白の〇・七秒の事」


 奇妙な震えと共に、右手の中で千年の盾が強制的に機能を停止した。


 幸来を守っていた壁が、消えた。


 咄嗟に身を引く。

 しかし、邪楽が狙っていたのは幸来の体ではなく、


「これで、王手っ!」

 

 握りしめていた千年の盾だった。

 くるりと回すと、斧の柄の部分で器用に銀色のパネルを貫いた。

 今まで感じた事のない感触と共に、幸来の手の中から機械の破片が舞い散った。


 時間が、とてもゆっくり流れている気がした。


 目の前の邪楽が、楽しそうに笑っている様子がつぶさに観察できる。

 これまでにない冷静な思考と、研ぎ澄まされた感覚と共に、幸来は確信した。


 今が、仕掛ける絶好の機会だと。


(千年の盾……)


 右手を開き、共に激戦を駆け抜けた戦友を手放す。


(ありがとう)


 更に左手に持った銃も手放し、そこに添える様に右手を動かす。


(さぁ)


 邪楽の顔に疑問符が浮いた。


(顕現しろ)


 王手をかけたのは、はたしてどちらなのか、教えてやる。


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