1‐1
あの日の事が、今も脳裏で燻ぶっている。冬が過ぎ、窓を揺らす風が暖かみを帯び、若葉の香りを含んだ頃の事だ。
『なぁ、ツラユキー』
『なんだよ』
『面倒くさい世の中になったなー』
本やら服やらが散らばった狭苦しい部屋で交わした、他愛ないやり取り。
『そうか?』
『法律とか、倫理観とか色んな物に縛られて生きてるのって、めんどくさいじゃーん』
ゲームのコントローラーを弄る音が会話の中にまぎれ、
『考えた事もないな』
『へー。僕は考えてるよ、毎日』
沈み始めた太陽が、橙色に部屋の中を染め上げる。そんなどこにでもある様な、日常という風景の中の一枚が、
『暇なんだな』
世界を変える前兆であり、伏線だったなんて、一体誰が思うだろうか。
『いやいやー、これは将来設計の一環だから』
テレビの中から、安っぽいエフェクト音が鳴った。勇者が魔王を倒す、所謂王道RPGの戦闘シーンが、そこにはあった。
『それは凄い』
『でしょー? 聞いて驚かないでよ。僕は将来、悪の王になる』
『へぇ』
『やっぱりさー、世界には絶対的な悪が必要だと思うんだよ。悪者がいて初めて、人は団結するんだ。それなのに、今の世の中はどう?』
液晶に映し出されるのは、禍々しい見た目の魔王。そして民衆に励まされる勇者。世界の平和を脅かす魔王を倒す為、人々は団結し、戦う。
『何が本当の悪なのか、分かったもんじゃない。法律を破った者が悪なの? なら、法律を破っていない者は、悪じゃないの? 曖昧なんだよねー、何もかも。だから――』
『だから、悪の王になりたいって? お前、魔王にでもなるつもりかよ』
『魔王? 古いなー。それに弱そう。もっと違う名前がいいよー』
『じゃぁ、どんな名前ならいいんだ』
もし、魔王がこの世にいれば、もう少し世界はシンプルな作りになるのかもしれない。
画面の中で動く、ゲームの様に。
『そうだなー。じゃぁ、邪悪な事を楽しむって事で『邪楽』。うん、これにする』
『よかったな』
『そうだ、僕に立ち向かってくれる人達の名前もつけないと』
『勇者でいいだろ』
『だめだめ、かっこわるい。正義を執行する者なんだから、そうだなぁ――』
そう思った。決してそれが、
『――『聖徒』。うん、これだ。これにするよ。……ねぇ、ツラユキ』
現実になるとは、思わずに。
『今日の事、よく、覚えておいてね?』
◇◇◇
けたたましい音を立てる警報に、東城幸来は二つの意味で顔をしかめた。一つは勿論、耳を覆いたくなるようなその甲高い音に対して。そしてもう一つは、まだ侵入したばかりなのに敵に見つかった、仲間に対してだった。
「ったく誰だよ……。こんなに早く見つかったら、後がもたねぇぞ?」
思わず愚痴をこぼしながら、灰色に塗りたくられた床の上を慎重に進む。
『緊急警報! 「聖徒」の潜入を確認! 場所は「キェルケゴールの函」、2―1ボックス! 各自速やかに聖徒を排除せよ!』
2―1ボックス。ここからそう離れた場所ではない。うかうかしていれば、自分まで巻き添えになるだろう。幸来はそう判断し、歩調を速めた。
「……どこだ? どこにある……?」
眼前に広がる光景に、幸来の声は一層焦りを帯び始めた。
扉、扉、扉。
複雑に入り組んだ通路の壁のいたる所に扉があった。どれを開けても同じ風景が広がっていて目的の場所がどこにあるのか、皆目見当がつかない。キェルケゴールの函とはよく言った物だ。この中ではどんな希望も絶望に塗りつぶされる。
いつ自分も見つかるか分からないじりじりとした恐怖感に身を焼かれながら、最早いくつ目かも分からない扉の取っ手に指を掛けた。
「――っ!」
刹那、扉の向こうから聞こえた無機質な機械音に幸来は手を引いた。そのまま脱兎のごとく走り出し、身を隠せる場所まで移動する。
「はぁ……はぁ……っ!」
扉に背を預け顔を半分だけ覗かせて、さっきまで自分がいた場所を確認した。数秒の沈黙の後、幸来が開けようとしていた扉が勢い良く開き大きな機械の塊が姿を現した。
サーチング・ロボット。通称SERO。キェルケゴールの函内部を自立移動で徘徊し、侵入者を捕捉、戦闘を行う事が出来る化け物だ。円柱型のボディーを持ち、頭部に当たるのであろう部分には赤い点が二つ光っており人で言う目の役割をしている。のっぺりとした側面には剣、銃、盾、といった様々な武器が格納されている。見つかっても一対一で負ける事はないが、SERO同士は連絡を取り合う事が出来るらしく、一機に見つかれば次から次へ群がってくる。三機以上の相手は、正直厳しい。出来る限り見つかりたくない相手だ。
「この道は避けて、違う道を――っ!」
耳に届いたのは、無機質で無慈悲な機械音。それは、幸来がもたれかかっている扉の向こう側から聞こえていた。
(くそっ!)
一番近くにあった扉に飛び込み急いで戸を閉める。鼓動が荒い。いつ出てくるか分からないSEROとの遭遇に怯えながら、目的の扉を探すのは精神的にも辛い物があった。
このままでは身が持たない。それに、SERO以外の敵も、警報を聞きつけてくる可能性がある。それだけは、避けたい。
「少し早いが……使うか」
逡巡の末、幸来は腰にかけたポーチから防護メガネの様に大きなゴーグルを取り出し、装着した。目の前が薄緑色に染まり視界が狭まる。代わりに、小さく煌めく埃の様な物体が無数に見えた。それらのほとんどは同じ様な密度で空中を漂い、自由気ままに動いていた。予想通りの光景に落胆を覚えた、その時
「これは!」
一ヶ所、ある扉の前にだけ、大量の煌めく小さな物体が見えた。高鳴る鼓動を押し殺し、乱暴にゴーグルを外す。他のどの扉とも変わらない分厚い、頑丈そうな扉。あまりの幸運に内震えながらその取っ手に指を掛け、そしてそっと開いた。
大量の風が吹き込む音と共に体を煽り、草木の香りが幸来を包んだ。
ひたすらに通路と扉だけが並ぶ単調な世界から一転、緑豊かな大地の横たわる外の世界が、そこには広がっていた。胸中に広がる喜びを味わうのは後回しにして、幸来は襟についた小型マイクに向かい言った。
「こちら東城。キェルケゴールの函を突破。エレクトロン・マーキングの番号はα―三十二。至急応援を求む」
了解、という端的な言葉が耳に付けたイヤホンから聞こえ連絡は途絶えた。
静寂が訪れる。聞こえてくるのは、風が草木を揺らす音。そして時折、鳥のさえずる声。日の光は暖かくとても気持ちが良い。
「『イ界』……か」
目の前に広がる広大な大地をゆっくりと見渡した。果てしなく続くかと思われる草原。時折思い出したように生えている樹木。遠くには高く、険しい山々がうっすらと見えている。まるで一昔前のRPGをそのまま現実にしたかのような光景。
「邪楽……」
この土地をそう名付けた者の名前を幸来はそっと呼んだ。
「お前は一体、どこにいる?」
全てはあの日に始まっていたのだろう。しかし歴史的には違う。
もう少し後、いつしか人々が『革命の日』と呼ぶようになった日に始まったと言う事になっている。
◇◇◇
何もかもが唐突だったと、誰もが口をそろえてそう言った。
いつもと変わらぬ平和な、悪く言えば退屈な、そして今となっては懐かしい、そんな日常をかき消すように邪楽は姿を現した。
八十八%。邪楽がジャックした、全世界のインターネット回線と放送局の割合だ。邪楽はジャックした回線を用いて自分の声と姿を全世界に向けて発信した。液晶画面上に現れた邪楽は、顔こそ隠していたものの堂々と、寧ろ威厳すら漂わせて話し始めた。
「聞け、愚民共。この世のありとあらゆる悪は私の支配下に下った。例えばハッカー、例えば大量殺人鬼、そして例えば、テロリスト。喜べ。貴様らの周辺から悪が消え去った事に。そして嘆け。私に悪と言う名の膨大で強大な力が渡った事に。さて、本題に入ろうか」
この時、邪楽の言葉を聞いていた者は皆画面に釘付けになっていた。今では誰も口にしないが、皆分かっていた。邪楽には全ての人間を魅了するカリスマ性がある、と。
「私の名は、邪楽。平凡な日々を過ごす者たちよ。私には夢がある。死体の骨で人を裂き、千切れた肉で空腹を満たし、噴き出す血飛沫で喉を潤す。そんな美しい世の中に私は住みたい。そして」
一瞬の間。続く言葉を待つ僅かな時間、世界は時を止めた。
「私にはその夢を叶える力がある」
全人類が身近な人の肉を裂き、頬張る自らの姿を想像した。戦慄と恐怖が襲いかかり、そして同時に
「今ここに宣言する。来る十二月の二十五日、私は、世の全てを掌握する」
世界は邪楽を敵とみなした。
映像が流れた当初、多くの民間人は、これをただの大規模ないたずらだろうと考えていた。邪楽と名乗る頭の狂った人物が仕出かした所業だと。
逆に、諸国の動きは早かった。
邪楽がどれほどの規模で回線を乗っ取ったかを、彼らは知っていた。その気になれば、重大な機密情報までもが邪楽の手に渡ってしまうであろうことも。そして皮肉にも、この異例の出来事は彼らの結束を強くした。米国、EU、ロシア、中国、日本、その他集まれる状況にある国の首脳たちは皆集結し、今後の対策を早急に練った。
諸国はまず、ジャックされた回線の解析、及びファイアーウォールの再構築の為、各国きっての技術者を収集した。さらに、来る二十五日に備え、あらゆる軍隊、特殊部隊、果てには情報収集の為CIAやSISまでもが駆り出された。敵対していた国も、ただそれを傍観していただけの国も、全てが一丸となった、歴史的瞬間だった。
そして、各国のトップが忙しなく動いている事を感じた民衆は、次第に邪楽の存在を信じ初め、同時に様々な感情が交差した。これほどまでに世界を揺るがす邪楽とは、いかなる人物なのか。未だかつて、これほどまでに力が集結した事などなかったのだ。これを超える事など出来はしない。
不安と信頼。期待と恐怖が入り混じり、拡がって行った。
軍、特殊部隊のトップは、邪楽が二十五日、どのように世界を掌握するつもりなのかを考えた。世界を掌握するという事は、各国の機能を停止させ、自分の手中に収めることに等しい。国の機能の中枢は、首都に集まっている。つまり、首都圏内に最高の防御陣を敷けば良い。こちらの財源は限られていた。邪楽が別の行動を起こしてくる可能性は、十分にあった。しかし、首都さえ守り抜けば、被害は最小限に抑えられ、世界が掌握される事はないと、そう考えたのだ。
しかし、十二月二十五日、午前十二時〇〇分――――期待と予想は、裏切られた。
首都圏内での騒ぎは、確かにあった。しかしそれは予測していたより非常に小規模な物で、速やかに鎮静化する事が出来た。しかしそれはただの陽動であり、邪楽の狙いは別にあった。
全世界の首都圏から僅かに離れた、全くマークされていない場所。そこで、邪楽の支配下に下った人々が、着々と準備を進めていたのだ。
軍が気づいた時、そこには既に大型の機械が設置されていた。
「これは『反物質爆弾』だ」
邪楽の支配下にある者たちが言った。
彼らは自分たちの事を『護ノ』(まもの)と呼んでいた。
「聞いたことくらいはあるだろう? そして、知識ある科学者の諸君は分かるはずだ。これが、どれほど恐ろしい威力を秘めているのかも」
理論上一グラムで原爆の三倍弱もの威力を打ち出す事の出来る大量虐殺兵器を後ろ盾に、護ノは切り出した。
「そちらが今から言う要求を飲めば、我々もこれを爆発させたりはしない。分かっているとは思うが、首都圏は確実に爆破範囲内に入っている。」
暗に全世界の首都を人質にとったと仄めかしつつ続ける。
「おっと。狙撃や爆撃で我々を始末し、その後ゆっくりとこの爆弾を解体しよう、等とは考えない事だ。我々が死ねば、鼓動の停止を確認し、自動的にこいつが作動する様になっている。どうだ? こちらの要求を聞く気になったかな?」
そんな物は存在しないと高をくくり、強行突破する事も出来た。だが、もし本当に反物質爆弾であったとしたら? 一体どれくらいの人間が死に、どれくらいの損害が発生する? 行動に伴うリスクが、あまりにも大き過ぎた。
軍、特殊部隊、政府、全てのトップが、要求を飲む事を決断した。
「それでは、こちらの要求を言おう。何、実に簡単な事だ。これから君たちは二年の間、我々に一切手を出さないでくれればいい。これは、武力的介入だけではなく、マスメディア等による情報収集も勿論含まれる。ただしその間、我々護ノは一人の人間の命も奪わない事をここに誓う。さらに、経済的損害も与えない事を約束しよう。どうだ? 悪い話ではないだろう?」
予想よりも遥かに良い条件に、彼らは安堵した。護ノ達に自由な期間を与えるだけでよいのだ。しかもその間、こちらはこちらで対策を打つ事が出来る。要求を飲まない理由がない。彼らはそう思い、交渉は成立した。
そして『沈黙の二年』と呼ばれる歳月を経て、世界は二つに分かれた。
◇◇◇
「見事な手際だったよ、邪楽」
幸来は呟いた。あの要求は全く等価交換ではなかった。邪楽達が行った事は唯一つ、インターネット回線の大規模なジャックだけだ。それ以外、彼らがなした事と言えば、首都圏内で僅かに騒ぎを起こし、反物質爆弾の存在をただ仄めかしただけだ。たったそれだけの労力で、彼らは、政府の目と鼻の先で堂々と活動する事の出来る期間を掴み取ったのだ。
立ち上がり、ゆっくりと辺りを見渡した。邪楽と護ノ達が『沈黙の二年』で作り上げた世界が、そこには広がっていた。
沈黙の二年が終了した午前十二時〇〇分。邪楽は再び姿を現した。
『私は全世界に十二の拠点を確立した。ご覧頂こう、これが私たちの作り上げた新しい世界、「イ界」だ』
映像が切り替わり、キェルケゴールの函内部の世界が映し出された。そこには、予想に反して、緑豊かで壮大な大地があった。
『想像していたよりも美しいと、そう思ったか? 案ずるな。私がこの様な土地を用意したのは……美しい物の中でこそ、醜悪な光景は鮮やかに映えると、そう思ったからだ』
邪楽は続けた。
『さて、諸君。唐突だが私とゲームをしようではないか。このままいけば、私がこの世界を征服する事など赤子の手を捻るより簡単な事だ。だが私は、ワンサイドゲームというものが嫌いでね。君たちにチャンスを与えようと思う』
イ界の風景は消え、再び邪楽が画面に現れた。その顔には相変わらず影がかかっていて、はっきりと視認する事が出来ない。
『私は今、この世界のどこかにいる。君たちに十年の猶予を授けよう。その間に私を見つけ、殺す事が出来れば、私の負け。十年たっても見つける事が出来なければ……私が世界を頂こう』
強者の余裕とも取れる自信が言葉の端々から感じられる。
『私を見つけ、殺し、世界を救わんとする者よ! もし我こそは、と名乗りを上げる者がいたならば、人生を賭して私を探せ! 我らは命を、そちらは世界を。双方失えない物を賭けて、いざ尋常に戦いを始めん!』
こうして賽は投げられた。
政府は、邪楽を討伐する者を『聖徒』と呼称し、大々的に募集した。聖徒は命を賭す代わりに、莫大な富と待遇が与えられた。そして同時に、彼らを中心に新たな法を定めた。聖徒にならない者、あるいはなれない者は、聖徒を様々な手段で支援した。
既存の職業が消え、既存の生活が消え、新しい世界の形が瞬く間に広まっていった。
あの日から、二年。
「なぁ、邪楽。お前は一体、どこにいるんだ?」
キェルケゴールの函と呼ばれる巨大な要塞に囲まれた土地、イ界。その大きさは、半径約百キロメートル。東京、大阪間の四分の一の大きさだ。キェルケゴールの函の高さは約六百メートルあり、上空からの侵入を妨げていた。
巨大な要塞に囲まれ、北海道の農村地帯にひろがる広大な敷地。この中のどこかに、邪楽がいる。世界にはここ以外にも、埋め立て地や農村地帯にイ界が十一ヶ所存在していた。そこでも同じ様に、聖徒たちが血眼になって邪楽を探している。
しかし、無駄な事だ。邪楽はここにいる。この日本にあるイ界の中のどこかに。それは予想でも勘でもなく、幸来の中にある確信だった。
空気の抜けるような大きな音を立てて幸来の後ろの扉がスライドして開いた。同時に、たっぷりとした金髪の女性を先頭に、黒い服に身を包んだ集団が姿を現した。
「予定よりも到着が遅れてしまいました。何も問題はありませんでしたか? 東城」
金髪の女性は、その可愛らしい容姿とは裏腹に堅い口調で幸来に告げた。
「はい、異常ありません。護ノが襲ってくる様な事もありませんでした。アリア・天草・ウェルフロー隊長、以下十名のC隊所属の隊員の到着、確かに確認しました」
「ご苦労様です、東城。今回は随分と早かったですね。流石は私の右腕です」
微かな笑みと共に言葉を向けられると、幸来は鋭い視線を首筋に感じた。それらは紛れもなく、アリアの後ろで戦闘の準備を行っている者達から発せられているものだった。
「隊長。俺を右腕と言ってくれるのはありがたいのですが……俺は、その……『推薦組』ですので……」
耳のすぐそばで、彼らの心の声が聞こえてくる様な気がした。――推薦組の癖に隊長の右腕だと? ふざけやがって。推薦組の癖に。推薦組の癖に……――
「くだらない」
アリアの凛とした声が、幸来を引き戻した。
「本当に下らない。推薦組だからなんです? そんな肩書を通してしかあなたと言う人物を見られない人は、本当にかわいそうです。何度でも言いましょう。東城、あなたは私の右腕です。自信を持って下さい」
「……身に余る言葉です」
そう言葉を返すと、アリアは小首を傾げ、困った様に小声で言った。
「相変わらず堅苦しいですね。何回も言っている様に、報告する時以外は、もう少しくだけた物言いで構わないのですよ?」
少し唇を尖らせたその顔に胸を高鳴らせながら、幸来は心境を悟られないよう返答した。
「はは……、すいません。こればっかりは性格ですので」
「いつもそんなことばっかり言って。怒りますよ?」
「早急に改善します」
「そう願いたいものです……さて、ではそろそろ始めるとしましょうか。皆さん、準備はいいですか?」
てきぱきと隊員に指示を出し、指揮を取り始めたアリアの背中を、幸来は複雑な思いで見つめた。
アリアは幸来にとって自分を認めてくれる大切な存在だ。自信を持て、と後押ししてくれる言葉にどれほど励まされることだろう。
しかしそれが、幸来を敵視する人間を増やす原因であることも事実だった。アリアは容姿、性格、そして戦闘力の高さから、絶大な人気を誇る、隊員たちのアイドルなのだから。
(まぁ、一番の原因は俺の性格……なんだろうけどな)
自嘲する様に軽く笑う。推薦組である事。そして、それを皆が快く思わない事。この二つを、幸来は半ば諦め、放置していた。
推薦組とは、邪楽によって聖徒に選ばれた者の事をさす。今まで幸来を含め二人しか推薦組は出ていないにも関わらず、この呼称は広く知れ渡っていた。
聖徒になる為には、政府による厳しい試験が何度も課せられる。それをくぐり抜け、その中で優秀な人材だけが、聖徒に選ばれるのだ。だが推薦組は違う。試験は一切なく、選ばれたその日から、聖徒として活動する事が出来る。当然一般の聖徒たちにとっては妬ましい存在であり、根も葉もない噂が飛び交う事もあった。
どうやら幸来は悪い噂を払拭しようともせず、言いたい奴には言わせておけばいい、と放置していた為、敵の多い人間になってしまった様だ。あまり気にしてはいないが、少々生きにくいと感じる事もあった。
(せめて――)
「きゃー! ごめんなさいごめんなさい! まさか後ろに居るとは思わなくて……い、生きてますかー?」
(あいつみたいな性格なら、また色々違ってたんだろうけどな……)
頭を抱えてうずくまる隊員に平謝りする少女を見る。
「だ、大丈夫だよ、讃良ちゃん……ちょっと視界がぐらつくだけだから……」
「ほんとにごめんなさい! わたし、いつもこんなドジばっかりで……」
「いいよいいよ。そこが讃良ちゃんのいいとこでもあるからさ……」
木埜讃良。幸来やアリアと同じC隊に所属する小柄な女の子。そして、幸来と同じ、推薦組でもあった。もっとも彼女の場合、その性格のおかげで、同じ境遇であっても敵を作ることなく、上手く隊員たちと過ごしている。
同じ推薦組という事もあってか、幸来に対してもとても友好的に接してくれる。彼女との会話はまるで旧友と喋っている様に心地よく、幸来にとって大切な時間だった。
(相変わらずだな……)
未だ謝り続ける讃良の姿を横目で見つつ、先導するアリアに追いつく為幸来は歩調を速めた。




