表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/23

2-4

◇◇◇

 反射的に銃を顕現しつつ、幸来は声のした方へと駆けだした。

 後ろから讃良が追ってくるのが気配で分かった。叫び声の上がった場所は、目に見えて明らかだった。蒼白な顔で、皆一点を見つめている。


「どいて下さい! C隊の聖徒です! どいて下さい!」


 早くも出来始めていた野次馬を押しのけ、前へと進む。宿舎を出る前にアリアが言っていた言葉が頭の中をよぎった。


(聖徒だけを襲う……暴漢。この時間帯は、聖徒の数が増える……まさか)


 ようやく人込みを抜け、体を捻りだすと、そこは辺りより一層薄暗い路地裏への入り口だった。元々散乱していたのか、空き箱や紙屑が辺りに散らばっていた。


「くそっ……」


 そしてその奥には、血まみれの、物言わぬ亡骸が横たわっていた。手首に付いた銀色のブレスレット、Rが、彼が聖徒であった事を無言で告げていた。


「ひどい……」


 遅れて着いた讃良が、青白い顔を浮かべ、口を押さえ立っていた。イ界で見る護ノの亡骸と、平和なはずの商店区で見る死体とでは、受けるショックの大きさも違うのだろう。


「讃良……ここの処理は俺がしておく。お前は、道を塞いでいる野次馬を解散させて、最初にこれを見つけた人を探しておいてくれ。いいな?」

「うん……ありがと、東城君」


 小さく頷き、歩き出した讃良の背中を見送り、幸来は死体を見つめた。流石は聖徒、と言うべきか。今にも倒れそうな雰囲気だった讃良は、野次馬を解散させる為、張りのある良く通った声を出していた。


(さて……じゃぁ俺は、っと……)


 合掌し、黙祷を終わらせ、死体の処理を始める。といっても、専門の知識のない幸来に出来る事は殆どない。

 近くに落ちていたゴミ袋をちぎって広げ、死体にかける。正しい処理や、死亡原因、死亡推定時刻等の調査は、もうすぐ来るであろう医者たちがやってくれることだろう。


「どけ! 邪魔だ! どけ!」

「ん?」


 空き箱を積み重ね、死体が大通りの方から見えない様にしていると、人混みの中からオールバックの男が現れた。随分と肩幅が広く、手首に巻いたRから聖徒である事が分かった。


「邪魔だ!」


 幸来には目もくれず、空き箱を蹴り飛ばして、男は黒いビニール袋の被さった死体へと近づいた。


「ちょっと、勝手に触らないで下さい!」

「黙れ! 俺は……俺はなぁ!」


 勢いよくビニールをめくり、死者の顔を再びさらけ出した。他の部位に比べ比較的損傷の少ない顔面を差し、男は言った。目に、僅かに涙が見えた。


「こいつの、ダチなんだよ!」


 そう叫び終えると、男はぐったりと肩を落とし、すすり泣き始めた。やっぱりお前だったのか……、ちくしょう、どうしてこんな事に……、という独り言が、断片的に聞こえて来た。


 気の毒ではあったが、医者が到着するまでできるだけ死体には触れて欲しくない。非情かもしれないが、この場から少し離れてもらおう。そう決断し、動こうとした時、一通りの仕事を終えたらしい讃良が声をかけて来た。


「東城君。一通り発見時の話は聞いてきたよ……後、お医者さんも後ちょっとでここに着くって連絡があったよ」


 その、刹那。地に両手をつき、泣きじゃくっていた男が、こちらに顔を向けた。


「お前……だ」


 そしてゆらりと、生気を感じさせない調子で立ち上がると


「お前が……こいつを……殺したんだろぉおおぉおおぉぉおおおお!」

「きゃっ!」


 凄まじい形相で、讃良に掴みかかった。何かに取り憑かれた様な表情に些かの恐怖を覚えつつも、幸来は男の手首を捻り上げ、讃良から引き離した。


「落ち着いて下さい。この子の顔も名前も、あなたは知らないでしょう?」


 讃良を庇う様に二人の間に割り込み、幸来は言った。

「ご友人の前ですよ? 少し、冷静になってください」

「冷静さ。これ以上ないくらいにな。その上で、そいつが殺人犯だと思ったんだよ」


 電気の弾ける様な音が男の右手の中から聞こえた。ゆっくりと、武器が顕現されていた。


「イ界の外で聖徒を殺せるのはなぁ、聖徒だけなんだよ。特にこいつは探索にいつも加わってた。そんじょそこらの一般人には絶対に負けねぇ」

「……それで?」

「だがな、味方を殺すなんてトチ狂った奴はそうそういねぇ。…………唯一、お前らみたいな異端者を除いてなぁ!」

「――っ!」


 背中越しに、讃良の体がぴくりと跳ねたのが分かった。


「見ろよ、こいつの傷跡……鈍器で殴られたみたいにぼこぼこじゃねぇか……こんな事が出来るのは他でもねぇ、その女の持つ、狂戦士とかいうRだけだろうが!」


 男は更に続けた。


「なぁ、お前ら推薦組だろ? 俺はさぁ、前から怪しいと思ってたんだよ。邪楽に任命された聖徒? はっ、笑わせんな。他の隊員だって薄々勘付いてるさ。お前らが、スパイだってことになぁ!」

「……いい加減にしろ」


 自分はいい。こんな風に罵られ、貶される事にはなれている。

 だが、讃良は違う。持ち前の明るさから隊員たちと仲良くなった彼女は、殆ど経験がないはずだ。自分と同じ思いをさせる訳には、いかない。


「どれもこれも、あんたの馬鹿げた空想だ……。第一、今日俺はこいつと一緒に居たんだ。殺せるわけが、ないだろうが」

「だから、お前ら二人とも信用出来ねぇって言ってんだよ…………ほら、さっさと白状しろよ……、この、人殺しがぁぁあああ!」


 最後の言葉と共に、男の右手があがり、左手がそこに添える様に動き始めた。


(――遅い)


 男が銃の引き金を引くよりも早く、その手を打ち抜ける自信が幸来にはあった。男が銃を構える動作が、随分と遅く感じられた。いつの間にか、護ノと対峙しているかの様な冷徹な思考を働かせていた幸来は、既に顕現し終えていた銃を握りしめた右手に力を込めた。

 だが――


「二人とも、動かないで下さい」


 聞きなれた声が耳に届いた瞬間、動く事ができなくなっていた。何時になく冷たい声と共に現れたのは、他でもないアリア。


「隊……長……」


 見えなかった。

 

 どこから現れたのか、どうやってここに割って入ったのか。気付けばアリアはそこにいて、幸来の手首をつかみ、男の首元に破邪の刃をつきつけていた。圧倒的な力差を感じ、畏怖の念すら覚える。


「東城。冷静さを欠くなんて、らしくありませんね。一体貴方は今、誰に向かって発砲しようとしていたのですか?」

「すいません……でも、俺は――」

「疲れているのですね。後ろに居る讃良を連れて、今日は帰りなさい。後の事は全部、私が引き受けますから」


 反論の余地を一切残さない、情のない声。昨日の夜とは全く違う声音だった。


「わかり……ました」

「おい、俺の話はまだ終わっちゃ――」


 未だ不服そうな男の声は、アリアが地面に破邪を差す音と共に、ぴたりと止まった。


「貴方の話も、私が聞きましょう。何か、異論がありますか?」


 一瞬視界の端で捉えた男の顔には、恐怖の表情が浮かんでいた。一欠片の同情の念も抱かずに、幸来は讃良の背を押し、その場を去った。

 後の事を全てアリアに任せる事が、今自分にできる最良の選択だと、分かっていたから。



 カップから立ち上る湯気と、ダージリンの香りが心を落ち着かせた。一口飲むと、熱い液体が喉を通り、体を温めていくのが分かった。


「美味い」

「えへへ、ありがとー」


 いつも通りの感想を述べると、椅子に腰を掛けた讃良が嬉しそうに微笑んだ。一日一回、讃良は幸来の部屋に来て紅茶を入れてくれていた。それは、Tバッグであったり、ポットを使って葉から入れてくれたりと、日によって異なるがどれも美味しく出来あがっていた。


 一日の疲れが溶けて行く様な気分を味わいながら、幸来はカップを置き、大きく伸びをした。


 あの後、アリアからの報告で事件のあらましを知る事が出来た。被害者は死後一時間程しか経過していなかったという。

 死因は鈍器で殴られた事による内臓破裂、及び出血死。讃良の事を犯人扱いした男は、自分の行いを軽率だったと反省してはいたそうだが、死亡した友達は、そう簡単に後れをとる様な腕の持ち主ではなかったと、強く主張していたという。

 殺されているのが聖徒である、と言う事以外何の手掛かりもなく、不穏な空気が漂っていた。


「今日はごめんね、東城君……色々、迷惑かけちゃって」


 カップを両手の中でゆっくりと回しながら、讃良が言った。


「讃良が謝る必要はないよ。買い物に行こうって言ったのは、そもそも俺だしな。こっちこそ、すまなかった」

「そんな事ないよ。また東城君にプレゼント貰えて、わたし、とっても嬉しかった」

「……また?」

「うん」


 讃良が淡く笑みを浮かべ、頷く。


「覚えてないかなー? 初めてRを使って鍛錬した頃の事」


 眉をひそめ、記憶の糸を辿る。初めてRを使った頃と言えば、もう二年程も前の話だ。


「それって、俺と讃良が出会ったくらいじゃないか?」

「そだよー、あの時は大変だったよね。いきなり聖徒に任命されて、色んな知識一気に詰め込まれてさー」

「あぁ、そうだったな」


 邪楽から聖徒に推薦されたと政府から通達があったそのすぐ後、讃良と幸来は半年ほど、聖徒としての基礎知識と、戦闘訓練を施された。

 常に死と隣り合わせになる戦場に送りだされるのに、その準備期間はあまりにも短い物だったが、当時の幸来たちにとってはハードすぎるスケジュールだったので、一日でも早く終わって欲しいと願っていたのを今でも覚えている。


「最初の鍛錬の時、狂戦士の能力に振り回されて、色んなところに体ぶつけて……。体中に痣が出来ちゃったんだよね」


 狂戦士は身体能力を飛躍的に向上させる。今だからこそ上手く扱えている能力だが、確かに讃良は最初、自分のRを御しきれていなかった。


「その一番の原因が、これだったんだー」


 そう言って讃良は、セミロングの髪を人差し指に絡め、回した。


「狂戦士起動するとさ、すごい速さで動けるようになるでしょー? そしたらまぁ、風に煽られた髪の毛が目に入る事入る事」

「……思い出した」


 鍛錬が終わり、白い細腕が青紫色に変色しているのを見かね、近くの売店まで行って適当な髪留めを買って来たのだ。 


「確かあれ、シュシュ……だったな」

「ぴんぽーん、大正解! あれ、すっごく嬉しかったんだー。訳分からない世界に入れられちゃったけど、わたしの傍には優しい人がいるんだなって、思えたから」

「そんな大した事じゃないだろ……っていうか」


 話の流れで、幸来は一つの事実に気付いた。


「讃良が失くしたシュシュって、まさかあの時のやつか?」

「ピンポンピンポン大正解! いやー冴えてますねぇ東城君」

 足をぱたぱたと動かし、とても嬉しそうに、讃良は答えた。

「思い出のいーっぱい詰まったシュシュだったからねー。失くした時はほんとにショックだったんだー。でも、今日また……東城君が買ってくれたから……」


 そこまで言うと讃良は、今日買った二つの髪留めを撫でた。その愛おしそうな表情を見ると、胸の奥がむずがゆくなった。


「お、大げさなんだよ……」

「東城君はいつもそー言うよね。『大したことじゃない』、『気にするな』って。そんなぶっきら棒な優しさに、わたし、何度も助けられたんだよ?」

「それは……」


 こっちの台詞だ。

 讃良の透き通るような笑顔に、何度救われたか分からない。

 数える事が馬鹿らしくなるくらい、それくらい助けられた。


「あの時、一緒に居てくれたのが東城君で、ほんとに良かった。ありがと東城君」

「……俺も、お前で良かった」


 顔が火照っているのは紅茶の所為だと言い聞かせ、幸来は言葉をつなげた。


「お前がいなかったら、きっと俺はつぶれていた。讃良っていうたった一人の友達がいてくれたから、俺は俺でいられたんだ。所属した隊が分かれた時も……こうやってまた、一緒の隊になれた今も」


 自分らしくない。まったくもって、自分らしくない言葉だと思った。気恥ずかしさを紛らわす為、カップを手に取る。


「えへへ、『たった一人』、かー。そう言われると何か嬉しいな。まぁ東城君、友達少なそうだもんね」

「うるせぇ、余計な御世話だ」

「嘘うそ、冗談。むくれないでよー。東城君に友達がいるのは知ってるよ。ほら、そこに写真が飾ってあるし」


 讃良が指差した先には、木製のシンプルな写真立てがあった。飾られている写真には二人の少年が映っていた。


「それ、右がちっちゃい頃の東城君でしょ?」

「……あぁ」


 肩を組み、笑顔でピースサインを作る少年たちは、まだ世の中の穢れを知らない、無垢な顔で笑っていた。


「とっても楽しそう……左の子とは今でも連絡取ったりしてるの?」

「…………いや」


 写真立てを伏せ、幸来は窓の外を見た。大きくそびえ立つキェルケゴールの函が、黒々と鎮座していた。


「もう連絡は取ってない……。どこに居るか、分からなくてな」

「引っ越しちゃったの?」

「あぁ……結構近くに居るとは思うんだが…………遠いんだ」


 遠い。遠すぎる。地位も、心も、何もかもが。


「東城君は……その子に会いたいの?」

「……あぁ、会いたいよ。何ていっても、友達だったから、な」

「じゃぁ」


 一度伏せた写真立てを、讃良は再度立てなおした。


「探さなきゃ。遠くなんてないよ。東城君が近くに居ると思うなら、きっとそうなんだよ。だって、この写真の二人は、どこかで繋がっている様に、わたしには見えるもん」


 ね? と小さく首を傾げ、優しい笑顔を幸来に向ける。讃良の言葉は、少し的外れだった。けれど、励まそうとしている心が、幸来を温めた。


「そう、だな」


 楽しそうに笑う二人の少年に、幸来は目を向けた。

 自分たちは、またこうして無邪気に笑う事が出来るのだろうか。

 何のわだかまりもなく、何も、憂うる事なく。

 

 物思いに耽っていると、空になったカップを片づけながら、讃良が幸来に問いかけた。


「ねーねー東城君。このお友達の名前、何て言うの?」


 時計は、十一時を少し回った時間を差していた。明日に備え、そろそろ休む時間だ。


「あぁ、こいつか? こいつの名前は――」


 この会話がひと段落ついたら、讃良を部屋に帰そう。

 今日は思っている以上に疲れているはずだから。そんなことを考えながら、幸来は幼い頃の友人の名前を口にした。


貫之つらゆき、だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ