五話
安定しない文字数・・・。五千~六千文字で安定させたい。
ズバンッ!!
サイクロプスの首元に巻きついたミスリル性の鋼糸がサイクロプスの首を切り落とした。同時に影の持ち主がいなくなったことで、千鳥と五月雨にまとわせていた影が霧散する。
夜鷹は、ワイヤーの片方の端を構成した二枚の石壁に巻きつけて支えながらその光景を見ていた。
夜鷹は最初に投げたクナイの一枚にある記録媒体の一枚を貼っておいたのだ。
それがこのワイヤーの記録媒体だ。この記録媒体は特殊なもので、二枚そろってようやく物質が構成されるのだ。
最初に投げたクナイは狙い通り棍棒に刺さった。そしてあえて近づくことでその棍棒をたたきつけさせることで、そのクナイをさらに棍棒にめり込ませ、外せないようにした。
そしてもう一枚の記録媒体を別のクナイに貼り、物質が構成された際、ワイヤーがサイクロプスの首に巻きつくように構成の形を固定した。
そしてある程度HPを削ってサイクロプスが体勢を崩した時に視界を奪い、暴れだしたところでワイヤーを構成、サイクロプスの棍棒を振るその勢いを利用してその首を切り落とす。それが本来夜鷹が予定していた計画だった。
しかし、誤算が起きた。人前で個体特性を使う羽目になってしまった。
一縷の望みをかけて岩の方向を見るが、少女はこちらを見たまま固まっていた。一部始終見られたようだ。
(あ~・・・、クソッ、やっちまったか・・・・)
夜鷹はとある理由があって個体特性を隠している。現在夜鷹の周りにいる人間、このことを知っているのは片手の指で数えられるほどしかいないし、学校でも無個体特性で登録されている。
だが今回、見ず知らずの、それも初心者のようなプレイヤーに見られた。これは夜鷹にとってかなりの痛手だった。
夜鷹は取りあえず自分の個体特性、影ノ世界の派生スキル、影法師を解除し、サイクロプスに殴られたまま倒れている自分の影を元に戻した。
自分の影がもとに戻ってきたのを確認し、ため息をつく。
「はあ・・・・、見られたのは影ノ流、影法師、そして影纏って所か・・・。まあいつかはバレると思っていたけど、あれを使う羽目にはならなくてよかったか・・・。」
助けた恩もあるし、少女にこのことを黙っててもらおうと岩の方向へと向かう。
少女に近づくと、怯えているのか多少震えながらこちらを見つめていた。 まあ、先ほどの光景を見せられたらしょうがないだろう。取りあえず少女の名前と、レベル、所属ギルドなどを調べようと技能を発動する。
(観察眼。)
観察眼は、相手の名前、レベル、また人であれば所属ギルドなどを調べることのできる技能だ。また、技能レベルが上がれば相手の性能なども確認できるようになる。一方、相手とのレベル差がありすぎると確認できるのは名前だけ、最悪カーソルだけということもある。
夜鷹の観察眼の技能レベルは非常に高く、ほとんどの相手はレベルが高くとも所属ギルドまでならば表示されるはずだったのだが、
(・・・何も表示されない?)
何度少女に焦点を当てても、ギルドやレベル、果ては名前までも表示されなかった。
だが本当におかしな点はそこではなかった。
本来焦点を当てれば間違いなく表示されるカーソルすら表示されなかったのである。
(装備や技能ではなさそうだな・・・。個体特性か?)
一瞬、個体特性の線も考えるが、こんな右も左もわからなそうなプレイヤーがいきなり個体特性に目覚めるなんてまず無い。それに、個体特性でもカーソルすら表示されないのは明らかにおかしい。
これ以上調べても何もわからなそうだったので、一旦技能を停止し少女に手を差し伸べようとした、その時。
「~~~~~~~~ッッッッッッッ!!!!」
逃げ出した。チーターもかくやという勢いで少女は逃げ出した。
「・・・・って、ちょっ、おい!待て!!」
あまりに突然すぎる出来事に一瞬固まってしまった。気づいた時にはすでに遅し、少女は森の中に消えてしまっていた。
「行っちまった・・・・。」
頭の中で再びここら一体の地図を描き出し、少女の逃げた方向と照らし合わせる。
「ん~、あっちは安定地域か。まあ大丈夫か。」
あの少女がもしこのことを言い触らしても今回使った派生スキルならば、記録媒体や、技能の見間違いだと言って誤魔化すことは出来るだろう。
それにもう会うことはないだろうし。
そう思ってふと現在の時刻をみると、
「ヤベっ!あと三十分で1時じゃねーか!!」
この世界では、日付の更新は午前一時となっている。
先に受けたグラスべインの花弁集めは今日までが締め切りなのだ。このままではせっかく集めたのが無駄になってしまう。
夜鷹は急いでサイクロプスの情報を回収、そして収納記録媒体から帰還用の記録媒体を取り出した。
「物質構成、転移、電脳東京!!」
記録媒体から情報が浮かび上がり光となって、夜鷹の全身を包み込んだ。
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「クエストの受付の方はこちらへどうぞー!報告はあちらへお願いしますー!」
「はい、確かに受け取りました!ではこちらが今回の報酬です。」
「では、いってらっしゃいませ!」
光が消えるとそこは大きな門の前だった。
情報都市、電脳東京。
半径20KMもあるこの都市は分厚い外壁に囲まれており、外からのモンスターを遮断する。そのため多くの冒険者の拠点となっている。
その都市と外界をつなぐ門の一つ、正門の中には受付や酒場が備わっており、今日も多くの人で賑わっていた。
だが、夜鷹はその門には入らず外壁に沿って歩いて行った。
十分ほど歩くと門は見えなくなり、一本の木がある場所にたどり着いた。そこで夜鷹は立ち止まり、外壁に手を触れた。すると外壁だったそこに木の扉が現れた。
夜鷹はそのドアを開け中に入った。
中に入ると木のドアが消えた。いつも通り中にはカウンターに一人いるだけで他には誰もいなかった。
そこそこに大きさのある酒場で、カウンターの中には結構な種類の飲み物がある。本来ならもっと賑わってもいいはずだが、誰もいないのにはカウンターで寝ている女性に問題があった。
「ぐ~~~~~~・・・・・・」
二ノ宮星鎖、ここ、隠者の隠れ家の店主かつ、受付嬢?の女性だ。一応、夜鷹の担任で、部活の顧問でもある。
そんな彼女は本来着るべき受付嬢の格好(基本メイド服)ではなく、なぜかジャージ。しかも机に突っ伏しているだけなのに、どうやったらそうなるのかと言いたくなるくらいの酷い寝ぐせがついており(この世界だと寝ぐせなどつかない筈だが)、口元からはよだれが垂れていて、ずり落ちたらしい眼鏡までも侵食している。
仕事をする気など微塵も感じられない。まさにダメ人間の構図だった。
「えへへ~・・・・金時のスイートポテトがこんなに沢山・・・・。」
金時とは学校の近くにある薩摩芋を使ったデザート専門店で、常に多くの人でにぎわっている。その中でもスイートポテトは一番の人気で、開店すぐに売り切れることも少なくない。
それを食べている夢を見ているらしい。
「お~い、起きろ。」
体を揺するも返事はなし。
「あ、望月先生。え?資料?ああ、あれですか。ええとどこにやったっけ・・・?」
急に話の舞台が変わる。どうやら資料のことを忘れていたらしい。
望月先生とはうちの学校で最も怖いといわれる人で、生徒科を担当している。確か、昔の二ノ宮先生の元担任だったはずだ。
「え~っと。確かここらへんに、あれ?こっちだっけ?ちょっと待ってくださいって、まだ竹刀は早いですって!」
この人のズボラさは群を抜いている。望月先生が切れたらしい。
「星鎖さ~ん、起きろって、ここは学校じゃないって。」
再び揺するもやっぱり起きない。
時間を確認すると、一時まであと十五分だった。
「仕方ない。荒っぽいけどやるか。」
右手を振ってウィンドウを出し、収納記録媒体の画面を開く画面を操作して一枚の記録媒体を取り出す。それをウンウン唸っている先生のうなじに貼り、紋章をなぞる。
「ごめんなさいごめんなさい!!はい?やる気はあるのか?」
どうやら責任以前の問題を問われ出したらしい。
「えぇ、もちろん有りますって。やる気?有りますって。…あの、やる気って何でしたっけ?」
駄目だこの教師早く何とかしないと。
「やる気!あぁあれですね!スイッチですよね!え?ふざけるな?わわわわわ!?ちょっと、ちょっとだけ待って下さい!!竹刀!竹刀は早いですって!」
もう見ていられなくなったのでさっさと起こすことにした。
「いや、あのですね、次、次こそは!はい?もう百回目だ?失敬な。まだ50回目ですって。え!?歯食い縛れ!?いやいやいやいやお願いですまだ大丈夫ですからほんとにその竹刀を降ろしてくださいって!覚悟出来たな?いや、そういう意味で言ったわけでなくて、あ、ちょま・・・!?」
「・・・・・物質構成。」
「ああああああああああああああああああああああああッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
ダメ教師はうなじに大量の雪が構成されると同時に飛び起きた。
「はっ!!??ここは!?」
「・・・星鎖さん、おはようございます・・・。」
あまりにリアルすぎる夢だったらしい。いまだに現実との区別がついていないようだ。
「ああ・・、よかった・・・、ってなんか冷たああああああああああああああああッッッッ!!!!」
今ごろ感覚取り戻したらしい。人目を気にせず転がりまわる姿はもう何とも言い難いようすだった。
「フレイムボール!、アクア!」
初級魔法を二種類連続で放つ。
フレイムはバスケットボールほどの大きさの火の玉を放つ魔法で、アクアは対象の頭上にタライ一杯分の水を作り出す魔法だ。
初級魔法は威力こそ低いものの無詠唱で放つことができるので非常に便利だ。
特に、こういう時に。
「熱っうううううう!!!冷たっああああああ!!!」
フレイムによって雪が溶かされ、フレイムによってついた火はアクアによって消し止められた。
びしょ濡れになった星鎖さんに取りあえず声をかける。
「・・・・・・落ち着きましたか?」
ようやく落ち着いたらしく、眼鏡をかけ直し、乾燥魔法を自分に掛けている。
「ああ・・・なんだ夜鷹君、君か。おはよう。しかし君はもう少し女性に対して優しい起こし方をするという考えはないのかい?」
「これまでそうやって起きたことがありますか?それに俺はあんなにだらしない姿で人目を気にせずよだれを垂らしている奴を女と認めない。」
思ったことは、はっきりと口に出す。
経験上そうしたほうが下手に嘘つくよりずっと上手くいく。トラブルも多いが。
「君はズバズバ言いたいこと言うねえ・・・。ただ、一つ言わせてほしい。私は人目を気にせず寝ているわけではなく、人がいないってことが分かってるから寝ているだけだ。」
と、なぜか無駄に自信を持って自分の理論を言ってくる。
「仕事しろよ、仕事・・・・。」
この世界での受付嬢は普通のプレイヤーと違い多くの特権を持っている。いわゆる他のVRMMORPGで言うGMのようなものだ。ただ、受付嬢という立場は人気であるがゆえに非常に厄介で、特権を持つ代わりにいろいろな制約を持つ。
その中の一つで、クエストの受付の人数にノルマがあったはずだ。三ヶ月に一度査察があり、その時ある程度の人数の受付をこなしていなければ、最初の一回は忠告、次で警告、三回連続達成できなければ受付嬢としての任を解かれてしまうのだ。
だが目の前のこいつはそんなことなどお構いなしという様子だ。
それに、こんなところ普通の人じゃ見つけられないようなところで受付嬢やっている時点でおかしい。ちなみに以前なぜこんなところで受付嬢やっているのか聞いたところ、「仕事したくないから。」の一言だけが返ってきた。
「何を言う。仕事したら人間負けなんだよ。いかに仕事をしないで楽できるかが、大事なんだよ。」
「人にものを教える立場にいるやつの言葉とは思えねぇ・・・。」
こんなやつがなぜ受付嬢に、いや、それ以前になんで教師に、という疑問が頭に浮かぶ。
「それで、今回はどうしたんだい?」
その言葉で本来の目的を思い出す。
「ああ、そうだ忘れてた。グラスべインの花弁集め終わったんでクエスト完了の受付お願いします。」
「ん、了解。じゃあ収容記録媒体を渡してくれ。」
右腕の解析装置に搭載されている三つの収容記録媒体から一番右端の記録媒体を取り出し、渡した。
星鎖さんはそれをカウンターに備え付けられているパソコンのような機械に挿入する。
すると通常とは違う大きなサイズのウィンドウが現れ、それを星鎖さんは操作し始める。
「確かにグラスべインの花弁8個受け取ったよ、クエスト完了だね。しっかし君相変わらずこういう変な方面でのLUKは強いんだねえ・・・。この時期にグラスべインの花粉が4個も手に入るなんて聞いたことがないよ。」
「そのせいでクエスト完了までにめっちゃ時間かかったんですけどね・・・」
「ははは。まあ、君なら有効に使えるだろう。どうする?換金でもいいけど?」
グラスべインの花粉は花弁に比べて効果が高く、上級回復薬の材料となる。その分調合するのに、生産系技能、調合士のレベルがかなり高くなければならないが、夜鷹は調合士の技能はカンストしているため問題ない。
「花粉は残しといて下さい、自分で混ぜちゃうんで。後は使える物ないんで換金で。」
「分かったよ。じゃあ他はいいね・・って、なんでサイクロプスの情報があるんだい?君が行ったのはクルグスの森だろう?」
サイクロプスの情報をそっちにいれっぱだったのを忘れていた。見つけた星鎖さんは若干の驚きを含んだ声で尋ねてきた。
「あ~・・・、実は・・・」
星鎖さんに今日会ったことの顛末を話した。変な少女がサイクロプスに追いかけられていたこと。そのサイクロプスの怒りがとてつもなく、倒す羽目になったこと。そして、終わった後少女に観察眼を発動したらなぜか何も見えなかったこと。
「ふむ・・・・。サイクロプスがクルグスの森にまでねえ・・・。でもその女の子が居たっていうのは森の近くだろう?おかしいね・・・、彼らは本来カルド岩山地域の奥地にいるはずなんだけどねえ・・・。」
話を聞いた星鎖さんは考えながら話してきた。
「ええ、確かにおかしいかと。なので、もしかしたらクルグスの森の変動率が動いたんじゃないかと。」
「かもしれないね、これは上に伝えておくよ。あそこの変動率が動いたとなると、かなりの人が関係あるからね。」
「お願いします。」
冒険者からの情報を上に伝えるのも受付嬢としての仕事だ。彼女たちのおかげで冒険者は安全に探索できるのだ。この世界はただのゲームではないのだから。
「しっかし、君の観察眼で何も見れなかったなんてにわかには信じがたいね。」
「はい、最初は自分の見間違いかと思いました。」
「装備の可能性はないのかい?」
そういわれて少女の様子を思い出す。
「たぶん違うかと。確かにボロボロのローブを纏ってましたけど、そういう類のものではないかと。どちらかと言えば捨てられていた物に近い気がします。」
答えを聞いた星鎖さんは額に手をあて再び考え始める。
「じゃあ装備の可能性はないか・・・。となると個体特性か?」
それを聞き、即答する。
「それは無いと思います。明らかに新規冒険者でしたし。個体特性に目覚めることの大変さは星鎖さんも知っているでしょ?」
「まあ・・・、確かにね。やっぱりあそこの変動率が動いたと考えるほうが普通かな。」
「恐らくはそうでしょうね。カーソルすら表示されない様にする個体特性も装備も聞いたことないですし。」
これを聞いた星鎖さんは首肯する。
「まあ、これに関しては一旦保留しておくよ。また同じような事例が起きたようなら上に報告するよ。それで、今日はどうするんだい?落ちるかい?」
「今日は落ちます。もう遅いですし、明日も学校ですしね。」
「ん、じゃあお休み。ベットは二階のを使っていいよ。」
「分かりました。」
そういうと俺はカウンターの席から降り、二階にいく階段へと向かった。
階段の一段目に足をかけたとき星鎖さんから声がかけられた。
「そうそう夜鷹君。君に一ついい情報をあげるよ。」
「何ですか?」
いい情報と聞いて足を止める。普段はめんどくさがって何も言わないこの人が言うからには何かあるのだろう。
「君、この前の学年ランカー上位による大規模討伐クエストサボっただろう?その罰としての論文提出が明後日だから。」
「・・・・・そんなこと聞いてないんですけど。」
「あははははは、ごめんね。言い忘れてたんだ。」
してやったり、という顔で星鎖さんが笑みを浮かべながら言ってきた。
「・・・・・本当に(どうでも)いい情報ありがとうございます。」
顔をしかめて言った。
「じゃあ、お休み。提出は私にね。」
それにはもう返事もせず二階へと向かった。
二階に上がり、ドアに205と書かれた部屋に入って、ベッドに倒れこむ。
そして目を閉じ呟く。
「ログアウト。」
瞬間、体から浮き上がるような感覚が全身を走る。
目を開けるとそこは先ほどまでいた中世のような木の部屋ではなく、いつもの自分の部屋だった。
ベットから起き上がり頭に着けていたヘッドギア型の機械、コネクションを外し、壁についている棒に掛ける。
どうやら汗をかいていたらしく全身が若干湿っている。取りあえず汗を流そうと風呂場へと向かった。
「ふう~・・・・・・」
風呂につかりながら息を吐く。実際の体は全く動かず寝ているだけなので、肉体的疲労は無い。ただ、ああいった大物を倒した後は、どちらかと言うと精神的疲労が大きい。
あの少女、いったい何者だったんだろう。
確かに新規冒険者だった、それは間違いないだろう。だが今この世界であの世界、「エデン」のことを知らない人間はいない。ゆえに、初めてあの世界に足を踏み入れたとしても多少のことはわかるはずなのだ。しかしあの少女は、全くエデンのことを知らない、と言う様子だった。そんな人間がいるのだろうか?
湯船につかりながらそんな疑問がふっと頭に浮かぶ。
いろいろ考えが頭に浮かぶが、お湯の温もりと疲れでぼーっとした頭では特にいい考えも浮かばない。
考えても無駄だ。そう思って湯船から上がる。
風呂から上がり、寝巻に着替えて自分の部屋へと向かう。そしてベットに潜り込み、その日はそのまま眠りについた。