一話
「ギシャァァァァァッッ!!」
鬱蒼とした森の中、蔓の様な体に花の蕾の形をした頭を乗っけた植物型モンスター、グラスベインは鞭の様な両腕を絶え間なく振るってくる。
影峰夜鷹は、迫りくるそれらを両手に持った短刀で切り落としつつ、バックステップで距離を取っていた。
グラスベインはそのリーチの長い腕による攻撃と、外見に似合わない俊敏な動き、それでいて比較的低レベルなモンスターしか出ない地域によく沸くため初心者殺しと呼ばれている。
しかし、防御力と体力はそこまで高くなく、斬撃系の武器で弱点である首を切り落とせば簡単に倒せるモンスターだ。
通常、振りかぶってきた両腕を切り落とし、攻撃出来なくなる隙をついて倒す。
腕を切り落とせば部位破壊扱いとなり、いくら回復の早い植物型モンスターといえ腕が再生するのに五分はかかる。
よって、本来であれば腕を切り落とした時点で勝ちが確定する。
しかし、なぜかこの個体は腕を切り落としても三秒とたたず再生していた。
「個体特性持ちか…、厄介だな…。」
恐らくだが高速回復系のスキルだろう。
だが、先に短刀でつけた顔の傷が已然回復していないのをみるとHPの完全回復というわけではなさそうだ。
部位破壊高速回復スキルといったところか。
先ほどからグラスべインの攻撃間隔が短くなってきている。
ただ単に敵を早く倒したいのか、理由があるのかはわからないが恐らくは後者だろう。
いくら個体特性といえど万能ではない、回復にも限界がある。
すでにかなりの数の腕を切り落としている。このままいけば回復が尽きて隙ができるはずだ。
だが、そんな俺の考えを読み、このままではジリ貧だと踏んだのかグラスべインは両腕を交互に振るのをやめ、同時にたたきつけてきた。
グラスべインはその長い腕ゆえに一度攻撃すると腕を戻すのにわずかながら時間がかかる。
それをカバーするために普通は腕を左右交互連続に振って攻撃をするのだが、それが通用しないと分かったのか攻撃のパターンを変えてきたようだ。
それを回避すればグラスべインは大きな隙ができる。
その為、後方に回避しようと重心を後ろに傾けたとき、背中に何かがぶつかった。
突然のことに驚き後ろを振り向くと、
「木!?」
そこには、まるで逃げ道を塞ぐかのように立つ一本の木があった。
逃げ道がなくならないように回避していたはずだが、嵌められたようだ。
どうやらこの個体、個体特性だけでなく知能も相当高いらしい。
仕方なく後方への回避を諦め、前方へと跳躍する。
瞬間、俺のいた場所に両腕が叩き込まれ、軟らかい腐葉土とはいえ驚くほど土が抉れた。
グラスべインが腕を戻すまで5秒はかかる。
それだけあれば十分首を切り落とせる。空中でそう考え奴を見ると、頭が膨らんでいるのが分かった。
そうして既にグラスべインが別の攻撃のモーションに入っていることに気付いた。
植物型モンスターの多くが行う攻撃、「腐食液」だ。
奴らの体から吐き出される強酸の液弾は非常に威力が高く、そこら辺の木一本など簡単に溶かされる。
何とか耐えきっても腐食液には毒や麻痺などの効果もあり、一度喰らえば間違いなくそのまま動けなくなり次の攻撃を食らってしまう。
その反面、弾速は遅く、飛距離もあまり長くないので普段であれば、吐き出されるのを見た後でも簡単に回避できる。
だが今、空中にいるこの状況では避けようがない。
勝利を確信したのか、グラスべインの口元にわずかに笑みが浮かんだ。
それを見た俺は腰から、無数の文字群が書かれた一枚の紙を取り出した。
その紙の中心にある紋章を指でなぞり、
「物質構成」
と言ってその紙をグラスべインに向かって投げつけた。
するとその紙に記録されている文字群が空中に浮かびあがり、その紙を囲むように球体を作り出した。
そしてその紙がグラスべインから吐き出された腐食液に直撃する瞬間、
その紙に記録されていた情報が石の壁という物質として構成された。
空中に構成された2M四方の石の壁は腐食液を四散させた。
木程度であれば簡単に溶かすことのできる強酸でも、さすがに石を溶かすことは出来なかったらしい。
俺は石の壁を足場にして空中で一回転し、グラスべインの後ろに回り込んだ。
そして、今目の前で起こったことが何かわからず戸惑っている様子のグラスべインの首を短刀で薙いだ。