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瓶詰魔女  作者: 日向夏
4/7

できれば付き合いたくないこと


 騒ぎになると、本当に人とはたくさん集まるものである。閑静な住宅街にこんなに人がいたのか、と思ってしまう。その多くは何をするわけでもなく、ただ見学に来た人たちばかりのようだ。何かが起きれば、すぐにいろんなものが集まってくる。


 私は、その中の一人に「一緒につきそわなくていいか?」と、聞かれたが、乗るほど救急車も広くないし、なにより行く必要もないので首を横に振った。


 お腹がすいたことを思いだし、私は家路に急ごうとするが、また帰り道をさえぎられてしまう。また、女子だ。さっきの五人組とは違う、同じ制服を着ているので同じ学校の生徒だとわかる。見覚えはあるようなないような、たぶん同じ学年だろうか、緑色の襟章をつけていた。


 私のような人間は面識がある人間に会っても挨拶しない、ゆえに同じ学校に通おうが大体スルーする。正しくは、普段は他の事をずっと考えているため、よほど視界の目の前で明らかに私に話しかけてくる様子を見せなければ、自分に挨拶をしていると気が付かないのである。それを「冲方さんは挨拶すら返さない」と言われても仕方ないことである。


「こんにちは」


 私の周りには私以外に彼女に話しかける相手らしき人間はいない。つまり私に挨拶したということだろう。私は頭だけを軽く下げた。

 そんな私の様子に彼女は腕を組んで口を尖らせている。特徴はゆるくかかった天然パーマだけど、それだけでは人間の顔の判別は難しい。私は興味のない人間の顔は覚える必要がないと脳が判断するみたいだ。オートデリートされない顔といえば、桜木優のようなきわめて整った顔立ちや、家族のように毎日顔を合わせる人間くらいだ。クラスの人間も半分位は覚えているが、髪型を変えられてしまうとすぐわからなくなってしまう。


 そうすると、同じクラスの女子ということも考えられたが、忘れた記憶を引っ張り出すことより、家に帰ってご飯を食べて調べものの続きをしたかった。

 私はもう一度頭を下げると、方向転換し彼女との交流をこれ以上持たないことにする。しかし、彼女はいつのまにか私の前に立った。


「ねえ、私が助けてあげたっていうのに、そんな態度とるわけ? あっ、もしかしてその顔、私のことしらない?」


 もちろん知らない。別に歴史の偉人でも首相でも大統領でもないのだから、覚える理由もなかろう。


「あきれた。隣のクラスの姫野よ。覚えてよね、冲方さん」


 彼女はニコリと笑うと、指を路地裏のほうにさした。さきほど、上からタイミングよく落ちてきた植木鉢、それは彼女の仕業だったということか。雑居ビルへの不法侵入、器物破損、傷害といろいろつっこみどころはあるが、それをつっこめるほど私のモラルは高くない。


「せっかくだから、何か驕ってよ。ほら、雨も降りそうだしさ、あそこの喫茶店でいいから」


 彼女は私を見て、近所の喫茶店を指さす。彼女の言うとおり空は鉛色の雲に覆われており、稲妻の音がごろごろと遠くて聞こえていた。あの喫茶店の窓は大きい、そこから稲光を観察するのも一興だと思う。あの一瞬の輝きの中に落ちる一筋の線は芸術に値すると思う。古来、あれが神にたとえられた理由もわかる。インドラしかりトールしかりタケノミカヅチしかりである。


私は悪くないな、と思い、姫野の前を歩いて喫茶店に向かった。扉を開けるとからん、と古風な鈴の音がする。私はがらがらの店内の窓際の席に座る。


 店員がお冷を持ってくる。私は一つ受け取ると、姫野に渡す。水は一つで十分だ、どうせ飲み物を頼むつもりだ。


 メニューを開き、その場でオレンジジュースをさして店員に頼もうとしたが、


「おごりだったよね?」


 指を二本立てる姫野がいるのでしぶしぶ指を二本立てる。

 店員が首を傾げながら、


「お二つですか?」

 

 と、確認するので私は首を苦々しい顔で縦に振る。一杯三百五十円かける二つは中学一年生のお財布にはそれなりに大きいのだ。どうせならサンドイッチを頼みたかったが、お財布にはお札が一枚しか入ってなかったりする。私は頬杖をつきながら、窓の外を眺める。暗い空が光ってはごろごろと音をたてるのだが、肝心の稲妻は見えない。


「ねえ、なんで金本さんがあんなに取り乱したか知ってる?」


 姫野が私に話しかけてくる。金本という名前を聞いて私は誰のことかわからなかった。


「ふつう、机に落書きされてあそこまで騒ぎ立てるのかってさ。自分は他人にそういうことやってきたっていうのにね」


 その言葉に、私は金本というのが現在登校拒否中の彼女であることに気が付いた。店員が私の前にオレンジジュースを二つ置くので、私は一つを姫野の前に置く。「ありがと」と姫野はゆるやかな髪をゆらして笑う。

 私はストローに口をつけると、姫野は話を続ける。


「あいつさ、小学校のときいじめられてたのよ。私同じ私立だったから知ってるんだけどね。まあ、いじめられて公立に通う羽目になるなんてよほどひどい目にあったんじゃない?」


 私はジュースを飲み続ける。グラスの中でからんと氷が崩れる音がする。


「だから言ってやったの。机に落書きされたとき、『また、あんたの番に戻ってきたね』って。そしたらあの通りだから笑っちゃった」


 姫野の笑い声とともに、外からどしゃぶりの音が聞こえてきた。稲光が輝き、三秒後に音が聞こえてくる。半径一キロ以内に落ちたとしたら近いのだろうか。

 私は氷だけになったグラスをストローでかき混ぜる。

 それを見た姫野の表情は面白くなさそうだ。


「ねえ、なんで私も公立に通っているか聞かないの? 興味ないの?」


 正直いえば興味ない。だからといって、嘘を言うように私の口はできていない。言わずと知れて無言になる。


「別に、興味なくても言うけどね」


 姫野は自分のくるっとした髪の毛を指先で巻いた。


「気にしてるのよ、天パ。でも、そういうコンプレックスついてくるのよね。あの学校の奴ら。中学から男女別になるから、さらに何されるかわかんないからやめちゃったの」


 姫野は髪を指先で伸ばすが、指先をはなすとまたくるりと巻いてしまった。短いことで、髪の毛のくせはさらに強くなっているように見える。


「これ以上燃やされたくないから、転校することにしたの」


 笑う姫野の顔は、稲光で照らされる。直後、耳をおさえたくなる轟音が響いた。近くに落ちたらしく、喫茶店の照明が消えてしまった。まだ、夕方だが天気が悪いのといきなり暗くなって目が慣れないので、店内は真っ暗になる。BGMが消え、店員の小さな悲鳴が聞こえた。


 暗くなった店内で、もう一度稲光に照らされた姫野の顔は、暗闇を怖がる様子もなくただ笑っていた。

 外の止まぬ雨を見て、


「すごい雨ね。夏の台風のときみたいに川が増水してるだろうね」


 と、言った。


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