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瓶詰魔女  作者: 日向夏
3/7

できれば巻き込まれたくないこと


 放課後、廃工場に行ったが、そこには何もなかった。美しい青年も美しかった女性もいない。女性はいなくてよかった、あれから数日が経っており九月のまだ暑さの残る時期だ。虫たちのごちそうになっている姿は、私の好みではなかった。


 あれから、別に興味もない朝のニュースや新聞を読んだ。一昨日の夜からだ。どこにも、殺人事件の記事などはない。いやあったが、私の知りたかったのものではなかった。私はそれを見てほっとする。私は事件があったことを確かめたいのではない、それがあったことがばれていないことを確かめたかったのだ。

 彼は、どうやって運んだのだろうか。それとも、この工場のどこかに隠しているのだろうか。彼、桜木優がまだ未成年であることは確認済みだ、まだ高校二年生で在学中である。ネットは便利だ。


 妹の雑誌を借りて読んでみた。芸能界に疎い私が知っている程度の知名度があるというのは、けっこうれているということである。特集でたわいもない趣味の話があった。三人組のアイドルユニットの一人で、ポジションはきれいどころだった。お笑いが好きな妹は、三人組の中でムードメーカーなもう一人が好みらしく、部屋には単品で写っているポスターが貼られていた。

 たしかに他の二人もアイドルなりにきれいな顔をしていたが、造形として一番すぐれていたのは桜木だった。だからだろうか、きれいすぎて逆に引く、そんな言葉が顔の見えないネットではささやかれていた。


 私はスティーブン・キングの作品のように、死体を探したりせず、ただの書籍を探した。学校の印の入った本があるとすれば、私が座って読みふけっていた場所のはずであるが、なにもなかった。椅子代わりに積み立てたプラスチックケースは、一昨日私が座った時のままだった。臀部が痛くないように、古新聞を重ねて置いてある。


 もし私が物語の登場人物だとすれば、ここで犯人と鉢合わせになるのだが、そんな流れには至らなかった。幸運というより、むしろ残念に思えたくらいだ。私は普通ではない点に、自分の危機管理の無さがあることだろう。イノシシのように前しか見えないところがあり、一つのことを集中すると同時に他の事が考えられなくなってしまう。今の私の頭を円グラフに再現すれば、半分くらいは年上の男性のことを考えているだろう。暇つぶしに読んだ少女小説のヒロインの友だちならそれを『恋』だと断言する。だから、『恋』なのかもしれない。父以外に興味を持った男性はいなかったので、これは『初恋』といえるのではないだろうか。アイドルが初恋相手だと考えれば、私はけっこう普通なのかもしれない。

  

 記憶をたどりながら工場から出て行った道をたどっていくが何もなかった。ないのなら仕方ない、ここには用がない。


ここでないとすれば、家にあるのだろうか、と私は廃工場をあとにした。

 





 家に帰る途中に出会ったのは、クラスの女子数人だった。今日はリーダー格はおらず、サブリーダーを中心とした五人組だった。見事にバランスのとれた並び方によくある戦隊ものの特撮を思い出してしまう。


 お腹が空いたので早く帰りたいのだが、彼女たちは私に用があるのか、にらみつけてこちらに来いと言う。私がただ立ったままでいると、腕をつかんで路地裏に連れて行かれた。彼女たちの言葉は乱れていてよく聞きとれない。かしましい高い声で言葉も乱れている。でも、彼女たちが怒っているのはよくわかった。それでいて、その理由は今朝の机の落書きの件だった。どうやら犯人は彼女たちで、あんなふうになるとは思わなかったらしい。珍しく自主的に起こした行動だというのに裏目にでてしまったのだ。そして、自分たちがやったことがばれるのを恐れているようだ。


 そういえば、怒り狂った保護者が机の筆跡を鑑定するとか言っていた。やりすぎだ、とかふざけている、とか言っている。そんなことを私に言われたとしても何をすればいいのだろうか。大人しく牛乳臭い雑巾で机を拭いていればよかったのだろうか。

 彼女たちの言葉はとても人間味臭い内容であふれていることがわかる。自分のことを一番に考えるとても自分が好きな人たちだな、と聞き取りづらい内容から私は読み取った。

 そして、とても自己愛の強い彼女たちは私に相談を持ちかけたわけだ。


「あんたがやったってちゃんと言いなさいよ」


 つまり、身代わりになれということだろうか。なるほど、私に自己犠牲の精神があれば、素直に受け止めてしまうくらいの妙案である。だけど、頭の回転の十分の一しか動かない口を持つ私は、どのように返事をしようか言葉を紡ぎだすことができない。

結果、私は肩を押されて、壁にぶつかった。しびれを切らした一人がやった。ここで声を出せば誰か来るのだろうが、私がそんなことをしないと思っているようだ。痛そうに肩を撫でる私をくすくす笑っている。私が蟻の巣を壊すことが好きなように、彼女たちも虫けらみたいな私をいたぶるのが楽しいのだろうか。


 私にも痛覚があるのだし、痛いことはやめてもらいたい。でも相手が五人もいれば、喧嘩して勝てるはずもなく、運動も苦手だ。そうなると、できるのはサブリーダー格の女子の目を潰すことくらいしか思いつかない。頭を潰せば群れはばらばらになると言っていたのは、どこの戦争小説だったろうか。

 でも、自己防衛でなく過剰防衛と見なされたら面倒だな、とポケットに入っていた筆記用具をカチカチと鳴らす。


 そんな中、なにかが落下し、鈍い音をたてたと思ったら、がちゃんと大きな音がした。雑居ビルの上から茶色いものが落ちてきた。彼女たちの甲高い叫び声がばらばらに聞こえてくる。四人は驚きから、一人は痛みから叫んでいた。五人組の端っこの女子の肩ががくりと下がっていて押さえられていた。その足元には、砕けた植木鉢が置いてある。どうやら、さっきの鈍い音は落ちてきた植木鉢が肩に当たった音だったらしい。一通り叫び声が終わったあと、脂汗をかいた一人を見るととても痛いのだろう。


 私はとりあえず上を見上げる。雑居ビルの窓際にはたしかにプランターがぶら下がっていたが、外側に格子があるので普通は落ちたりしないだろう。サスペンス小説な流れに進みそうであったが、面倒なので原因はニュートンのせいにすることにした。だけど、原因はどうであれ結果として私は助かったらしい。肩が外れた女子の悲痛な叫びは近隣の人たちを呼び出し、救急車を呼ぶ羽目になった。





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