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Letter of moon  作者: はるあみ
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月で逢いましょう


【月で逢いましょう】

 

彼が突然海外に行くと言い出した。

 クリスマスの計画を練るために、イタリアンレストランで食事としている最中に、「このピザ美味しいね」というのと同じトーンで彼は「再来週にはカラコンに行くよ」と言った。

 カラコンという国名はしっているが、地球儀でその場所を示すことは出来ない。それは私だけではなく、きっと私の周りにいる全ての友人がそうに違いない。

 それだけ、カラコンという国は私にとって無関係な場所なのだ。

「無国境騎士団って聞いたことがあるかな。戦時国に行って活動をする団体なんだけどさ」

 無国境騎士団という団体の名前ぐらいは聞いていた。しかし、それが具体的に何をする団体であるかまでは知らないし、興味もなかった。

 いま、その名前を彼から聞いても、エステシャンの私には関係ないことしか分からない。

 彼は内科医になってすぐに、その騎士団に入団した。家が開業医で世間知らずの彼にとって、お金よりも大切なものを見つけることが重要だったのだ。

 二十八歳になり、街コンという街ぐるで行う集団見合いに参加した私は、唯一磨きをかけている美貌にものを言わせ彼をゲットした。

 背も低く鼻も低い上に、三十前半だと言うのに、少し前髪も薄くなっている。そんな彼を恋人にしたのは、彼が開業医の息子で一流医大の内科医だったからだ。

「素晴らしき打算」と友人からは褒められている。結局、人生なんて打算の連続だと私は思う。

 一流大学に行くもの、自分磨きと言ってエステに通うのも、全て自分が幸せになるための打算。それでいいではないか。

 それから半年。

「やっと僕にオファーが来たんだ。内科医として一人前だと認められた証拠さ」

 彼は二年間も帰って来れないというのに、自分が騎士団に認められたことを自慢するばかりで、私の気持ちなどまったく聞こうとしない。

「前に言っていたじゃないか。『お金のことばかり考える医者は嫌いだって』。僕はその言葉に勇気を貰ったんだ。

 親父からは四十歳になったら家を継げって言われてた。町医者が嫌いな訳じゃないいだけど、ベンツや別荘、それにクルザーの話ばかりする地域医師会の人達と話をすると、何か違う気がするんだ」

 確かに言った。

 椿山荘でホタルを見ながら彼の手を握り

「人の命を助ける仕事が出来るなんて幸せなことよね。それはお金には代えられないことだと思う」

 そんなことを言った気がする。

 本心ではあるが、だからと言って貧乏になって良い訳じゃない。ましてや、戦争をしている国に、恋人を置いて行くなんてことを、私が許す訳がない。

 デザートのドルチェが運ばれたころ、私はこの世間知らずの決心をどのようにして翻さすかを必死で考えた。

「寂しいから行かないで」などと言ってしまっては、後々までそれを理由に「こんなはずじゃなかった」と何かに挫折するたびに言われそうだ。

 人生など挫折の連続に決まっている。それを自分の力で乗り越えなくては誰も助けてなどくれない。ましてや、それを私のせいにされてはたまらない。

「素晴らしい決断ね。でも」

 良い案が浮かばないまま、とりあえず「でも」という意味深な余韻を残しつつ、イタリアンを終了することにした。

 その後は、いつものように夜景の見える彼のマンションには行かず、1DKの狭いマンションに帰ることにした。

 少しでも彼に、私と別れるのが勿体無いと思わさなければならない。そのためには、おあずけも必要。

 イタリアンレストランから地下鉄に乗り、最寄りの駅のバス停で月を見ている私の肩に、何かがとまった。

「今日は美しい満月ですね。やっぱり田舎から見る月は綺麗でしょう」

 それは、月の女の子を名乗るミアという未確認生物。

 腰を抜かしそうになりながら、何とか立っている私は声も出ない。

「私が貴女の本当の願いを叶えてあげる。さあ、言ってみて」

 未確認生物に、突然願いを叶えてあげる言われても言葉など出る訳がない。

「何もないのかしら? そんなことは無いわよね。女は欲深いものだもの。でも、いいわ、きっと貴女の願いを叶えてあげる」

 バスを待つ間の十分間、私は立ったまま寝ていたのだろうか。そんな気がする不思議な出来事だった。

「田舎じゃないわ、ここだって東京なんだから」

 私は夢の中でミアに言われたことに、文句を言いバスに乗り込んだ。


それから数日間、彼からのメールはカラコンのことばかりだった。

 朝晩はマイナスまで冷え込、昼間は四十度を超える過酷な環境の中で、彼は病気の子供を助けると言うのだ。

「日本の子供もカラコンの子供も同じように夢をもって生きられる。そんな世界を作る手助けを僕はしたいんだ。

 僕の小さな力で助けた命が、未来のカラコンを作るのかもしれないと思うと、医者になって本当に良かったと思うよ」

 彼の熱意はどんどん上がり、私の想いはどんどん下がる。

 世界の平和、貧困の撲滅。私だって願わないわけじゃない。でも、それは大きすぎて見えない夢だ。

 彼がカラコンに行く二日前で、クリスマスイブの三日前、私はついに決心した。

 予約の取れない中華レストランで、おこげがジューと美味しそうな音を立てるのを彼と聞くのも今日が最後。

「貴方には、大きな夢があるの。その夢は私にはみれないと思う」

 二年間待っていてくれると思った彼は、突然の別れに驚いて小龍包で火傷した。

「二年だよ。二年したら必ず帰ってくるから」

 彼は何度も私の決意を翻そうとするが、私が決心したのは二年間が待てないからじゃない。

 彼の世間知らずだが立派な思想に合わせていく自信がなくなったのだ。

 開業医の妻となった後も、私は正論を聞き頷かなくてはいけない。そんな立派な生き方は私には無理だ。

 愚痴をいい、時に誰かの悪口をいいながらお酒を飲む。そして、二日酔いで、悪口を言った相手に笑顔で挨拶をする。

 そんな平凡な毎日で十分だ。毎日がクリスマスのように彩の光が輝く夜景なんか見れなくても、星が輝くのを眺められれば、それでいい。

 彼の話を聞いているうちに、そう思うようになった。

「私ね、紹興酒の味なんてよく分からないの。これは美味しいんだなって思いながら飲むよりも、プシュって缶を開けてチューハイを飲む方が酔える気がするわ。

 カラコンの自由や平和を願うことは出来るけど、それよりも、大切な人に悲しいことが起こらないでしいと願うことの方が、私には幸せなことなの」

 彼のことなど愛していないと思っていた。ただ、私を幸せにしてくれるから好きだと信じていた。

 でも、どちらも違っていた。

 世間知らずでチビで薄毛な彼をいつも間にか愛していた。

 頼りになんかならないと思っていた彼を、私は頼りにするようになっていた。

 甘ったれで、お坊ちゃんだと思っていた彼に、いつの間には私が甘えていた。

 私が幸せになるために彼がいる訳じゃなく、私が彼を幸せにしたいと思い始めるようになってしまった。

 なぜだ? その理由は分からない。いつだって、恋をした理由は誰にも分からない。

 だから、なぜだ、って思う人も恋をして結婚している。

【素敵な恋をするためのエステ】それが私の働いている店のキャッチコピー。それは嘘じゃないけど本当じゃない。

 素敵な恋はするものではなく、気がつくとしているもの。

「カラコンには行かないよ」

 彼は言うと思っていた。それを言わすために、何時間も思考を費やした。でも、その言葉を聞いてももう

嬉しくない。

「カラコンは関係ないよ。私たちは運命の人じゃなかっただけ」

 陳腐で馬鹿にした別れの言葉を私は吐いた。

「運命って自分で決めるんじゃないの?」

 彼が初めて怒った。

 私たちはデザートの特製アンニン豆腐を食べずに店を出ると、そのまま別れた。

 彼を好きじゃなくなった。彼にはそう思うえただろう。それでいい。男は終わった恋を引きずる、いつまでも女は自分のことを愛していると勘違いする。愚かな未練だ。

 世間知らずな上に、愚かにはなってしくない。

 私だって、また恋を始める。だから、これでいい。

 

 それから二日後、彼は予定通りカラコンに飛び立った。

 そして、今頃はクリスマスイブの夜明けをマイナスの地平線で見ている頃だろう。

 そんなことを思いながら終バスを待っていると、また私の肩に未確認生物がり立った。

 また、夢をているのだと思うともう驚かない。

「分かったかしら、私の本当の願い」私は皮肉を言った。自分でも分からない願いが、夢の中の生物に分かるはずがない。

「あら、最初から分かっていたは」生意気にもミアは言い返す。

「じゃあ、言ってみてよ」夢とは言え、子供相手に向きになる自分も変だと思うが、クリスマスイブに突然予定がなくなったのだから、ちょっとぐらい大人気ない態度をとったっていいじゃないか。

「あなたの願いはこれでしょう」ミアが、一枚の手紙を渡した。


「Letter of moon、月の手紙よ、あみ」


 それは幼いころに母に宛てた手紙。

 私の母は、私が五歳の時に病気で亡くなった。その時に私は母に手紙を書き、棺の中に入れた。

【お母さんがお星さまになるなら、月になってね。小さな星だとあみが見えないから。

 月になって、ずっとあみを見ていてね。あみは将来、お医者さんになってみんなを助けるからね。

 大好きなお母さん、ずっと、ずっと傍にいてね】

 その時、私は母の病気を治す医者になろうと誓ったのだ。

「カラコンではね、日本なら簡単に治る病気で命を落とす子供がたくさんいるんだ」

 彼の言葉が耳のそばで聞こえた。そして、その後に母と幼いころの私の声

「あみがお母さんの代わりに病気になってあげる。すっと、お母さんばかり病気じゃ可哀想でしょう」

「あ、お母さんが一番悲しいことは、自分が病気になることじゃないのよ。お母さんが一番悲しいのはあみが病気になること。

 だから、お母さんのことが可哀想だと思ったら、あみは病気になんかならないで、元気に育ってね」

 幼いころに聞いた母の声は、私が記憶していた声よりも弱々しく小さかった。

「これで分かったでしょう、貴女の願い。中野あみさん」

 ミアの声が母とそっくりだった。

「あなたは誰なの?」私はミアに聞いた。

「私は月の少女ミア。月で預かった手紙を渡すのが私の使命。今度、会う時は月で逢いましょう」

 ミアは、笑いながら夜空に戻ろうとするミアを私は呼びめた。

「ねえ、私の手紙も預かってよ」

 夜空で振り返ったミアは「いいわよ。二年後に彼に渡せばいいんでしょう」

 ミアは私がゴミ箱に入れたはずの手紙をヒラヒラと振り、そのまま消えた。

二年たったら、カラコンの地平に沈む太陽がどれほど美しくて、それを幼い子供と見た母親が、どれほど幸せな顔をしたか聞いてよう。

そして、もし、彼がまたカラコンに行きたいと言ったら、今度は私もついて行く。彼が幼い子供を助けるのを、ちょっとでも手伝いたいから。

「お母さん、月で待っててね。何十年かしたら、彼と挨拶に行くから」



 



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