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Letter of moon  作者: はるあみ
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気づいて


Letter of moon


【気づいて】


 子供の頃の夢は宇宙ロケットに乗ることだった。真剣にどうすればなれるのか考えた。

 頭が良くなきゃダメ

 運動神経が良くなきゃダメ

 高校生になった僕はどちらもダメだった。そして、僕はロケットにのることを諦めた。

「月に行きたいな」高校生の僕は少し欠けた月を部屋の窓から見て呟いた。

 すると、月がどんどん僕の方に迫ってきて、月ごと部屋の中に入って来た。

「月が来た」白く輝く月に押しつぶされそうになった僕が叫ぶと、

「ごめんなさい」という女の子の声とともに、月が消え少女が現れた。

「ちょっといいかしら」少女は腰を抜かして壁に寄りかかる僕の肩にまり、「私は月の女の子、ア」と勝手に自己紹介をしてくれた。

「あ、どうも、小宮 悟です」僕も震えながら挨拶を返す。

「月に行きたいの?」

「いや、それほどでも」

 少女に聞かれた僕は、このまま月に連れ去られてはいけないと思い、即座に否定した。

 月には行きたいが、異星人に連れ去られて奴隷にでもされたらたまらない。僕は月に住たい訳じゃない。

 ロケットに乗り、宇宙を旅して月に行きたいのだ。

「それは残念、でも、きっと行きたくなる時がくるわ。また、その時になったら呼んでね」

 少女は月が入ってきた窓から夜空に消えて行った。


 大学三年になった僕は夢のことも、アという少女が来たことも忘れ、ロケットとは関係のない企業に就職することにしたが、不景気な時代に仕事など簡単に見つからない。

「もうすぐクリスマスだね」

 就職活動をする前に就職を諦めた彼女は、僕の隣で頬杖をついて眠そうな顔でハンバーガーショップのコーラを飲む。

「クリスマスどころじゃねえよ」

 僕もズーズーと音を立ててコーラーを飲干すと、スマホに向って求人を探すが、すでにエントリーが締め切られている。

「お前はどうすんだよ」

 僕は改めて彼女に聞いてた。

 彼女とは大学に入ってすぐに関係を持った。僕は初めての経験だったが、彼女はそうではなかったようだ。

 バージンに拘るわけではないが、やっぱり今までの経験がまったく気にならないわけではない。

 ヨレヨレのジーンズにスニーカー、そしてセーターとコート。全部を高寺の古着屋で揃えた彼女は、入学してから半年間、ほぼ二着の服を交に着ていた。

 お洒落には無縁な彼女に対し、僕はそれなりにお洒落には気をつかっていた。だから、飲んだ勢いとはいえ彼女と関係をもったときは正直失敗したと思った。

 だから、こうしてだらしなくコーラーを飲む姿を見ると(僕は、コイツを好きなのだろうか)と疑問に感じてしまう。

 コーラのカップに刺したストローを咥えながら、彼女は、

「とりあえず、このままバイトをするしかないかな」

 と前にも聞いたことを、欠伸を噛しめながら言う。

「田舎には帰らないのか」

 群馬から出てきた彼女は、めったに実家に帰らない。特に両親と仲が悪いとかいう訳ではないらしいが「帰っても退屈だからね」と田舎はつまらないと言う。

「帰っても仕事なんかないよ。東京にいた方がましだよ」

 千葉の実家から通っている僕は、週の半分以上を彼女の部屋で過ごしていた。就職活動をするまでは。

「じゃあ、そろそろ帰るわ」

 僕が残っていたポテトを口に咥えて席を立つと、

「今日も泊まらないんだね」と言いながら彼女も慌てて立った。

「うん、だって思えんとこネットが出来ないじゃん。ネットが出来ないと就活は無理だから」

 何度もネットが出来るようにすべきだと言ったが、「携帯だけで十分だよ」と言って聞かなかった。

「そっか、大変なんだね」同じ専門学校の二年でありながら、その呑気さには腹が立つ。

「じゃあな」僕は振り返りもせずに地下鉄に急ぐと、すぐにスマホをワイハイに切り替えて就職情報の収集にはいる。

 別にしたい仕事があるわけじゃない。出来ることなら、ずっと学生でいたい。でも、それは出来ないこと。いつかは卒業しなければならない。

 

 休に入って学校に行かなくなると、彼女とも連絡をとらなくなった。電話がかかってきても、面倒で出なかった。

 でも、それは特別失礼なことではなく、僕たちの間では当たり前のことになっている。そうでもしないと、ずっとスマホを触り続けなければいけなくなるのだから。

 やっと潜り込んだ会社説明会の帰り、僕は彼女に電話したが繋がらない。彼女はよく電池が切れたままポケットにいれておくことがある。

 ツイッターもフェイスブックも一週間、何も書き込んでいない。それは特別珍しいことではないが、連絡がとれないことに腹が立った。

 やっと連絡がとれたのはクリスマスイブだった。

「お前、どこにいるんだよ」

 僕は御茶ノ水のハンバーガーショップから通話無料のインターネット回線を使った電話で連絡をした。

 インターネットでの通話は音声が悪く彼女の声は泣いているようだった。

「群馬に帰ってきてる」

「そうか、正月はそっちで過ごすのか」

「うん」

「で、いつ帰ってくるんだ」

「たぶん、暫くは東京に行かない。もしかしたら、もうずっと行かないかもしれない」

 彼女の父親は今年の秋に癌になった。そのことを、ずっと母親も彼女には隠していた。それは、東京にいる娘に心配をさせないためだったようだ。

 しかし、回復の見込はなく「春まではもたないだろう」というのが母親からの連絡だった。

 彼女がその知らせを受けたのは、二週間ほど前のことだった。

「うちにはお金もないし、大学は続けられないよ」

 インターネット電話のノイズに混じり、彼女が鼻をすする音が聞こえてきた。

「それでね、私、結婚するんだ」

「なに言ってんだよ」

 卒業したら結婚してしいと言ってた相手がいるらしい。それは、彼女が高校時代に付き合っていた人で、彼女よりも十歳も年上だと教えてくれた。

「そんなの聞いてないぞ。俺もことが好きじゃなかったのかよ」

 散々冷たくしていたのは、安心していたからだ。コイツを相手にするような男はいないだろう。

 そして、自分もいづれ彼女を捨てるのだと思っていた。

「好きだよ。今でも好きだよ。きっと、これからも好きだと思う。だけど、聡は私のこと最初から好きじゃないでしょう。」

「そんなことないよ」

「ありがとう、そう言って貰えて嬉しいよ。春には結婚するから、いい思い出をありがとう」

 僕は「幸せになれよ」とは言えず、「分かった」と何がどう分かったのか分からない返事をして電話を切った。

 肩を落とし、ハンバーガーショップを出た僕の目の前には小さなクリスマスツリーが輝いていた。

「どう、月に行きたくなった」

 三年ぶりに現れたアは、あの頃からまったく成長していなかったが、服装はちょっと変わっている。

「服が違うね」僕はもう驚かない。

「さすがね。でも、なんで気づかなかったの?」

 ミアは、ポケットから大きなサングラスを出すと気取ってかけた。

「何が?」

 僕の肩をランウエイにして歩くアに尋ねた。

「彼女のこと」

 サングラスをずらし上目づかいにアは僕の顔を覗き込む。

「彼女が結婚するってことかい」

 僕は何もしらなかった。父親が癌になったことも、結婚することも、そして彼女の家が経済的に大変なことも。

 僕は何も教えてもらってなかった。

「違うわよ、彼女が髪を切ったこと。それに、スカートを買ったこと。他にもたくさんあるわよ」

 僕は何も気づかなかった。何も気づこうとしなかった。

「月に行きますか?」

 ミアの質問に僕は首を縦に振った。僕はここからいなくなりたかった。優しさの欠片さえない僕なんて消えてなくなりたい。

「月に行けば、もう帰って来れませんよ。それでいいですか」

 まだ、月には行けない。僕がこの星で考えなければいけないことがある。

 それは、どうしてこんな僕を彼女が好きになってくれたのか。そして、彼女に恥ずかしくない男になるにはどうしたらいいか。

「今回はめとくよ」

「そうですか、残念ね」

 

スマホが聞きなれない着信音を鳴らす。

 発信者は


 ~Letter of moon~


「もしもし」僕が電話にでると、それは彼女の声だった。

「あのね、聞いてほしいことがあるんだ。でも忙しいよね。

 いつか私のことが気になったら聞いてね」

「もしもし、もしもし」僕がどんなに話を聞こうとしても電話は切れた。

 着信時間は、今から二週間前。僕が彼女からの電話を無視した時だった。


「これは月で預かっていた伝言よ」

 ミアは僕の肩の上で頬杖をついて溜息をついた。

「俺の伝言も預かってもらえるかな」

「いいわよ」

「『気づかなくてごめん。ずっとお前が好きだったって、今頃気づいたよ』。いつか彼女が悲しくなったときに、伝えてしい」

どこにも繋がっていないスマホを耳から離し、ミアに頼んだ。

「了解しました。お預かりしておきます」

 

ミアは夜空に消え、目の前のクリスマスツリーは眩く輝いた。



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