片想い
Letter of moon
【片想い】
十二月はデパートにとっては戦争だ。ここで売り上げが伸びなければ来年はない。就職してから五年、毎年この時期になると腸炎になりながら、必死で働く。
「今はフロアーで販売員をしていますが、いずれはバイヤーとして自分でブランドを見つけたいと思っています」
十二月も半ばになりボーナス戦線真っ盛りと言うのに、私は合コンにうつつを抜かしていた。
大学時代の友人から誘いがあったときは、確かに断ったはずだ。なのに、前日に【明日は渋谷に六時だよ】とメールが来た。
六時なんて無理だ。仕事が終わるのは・・・・無理じゃない。明日は早番だ。残業さえしなければなんとか間に合う。
【分かった、ちょっと遅れるかも】気がつくと返信していた。
そして、返信内容とは違い、私はちょっと早く着いて、なかなか素敵な男性の前に座り自分をアピールしていたのである。
「じゃあ、忙しいんですね」
男性の言葉に私は超高速回転で頭を働かせる。この場合、なんて答えればいいのか。
「忙しいと」言えばデートの時間がとれないと思われるかも、「そんなことないですよ」と言えば夢ばかりの大口おんなと思われるかも。
かも、かも、かも、で結局私の答えは「まあ」というなんともインパクトのない曖昧な答えになった。
その後も私の印象は誰の頭にも残らなかったようで、その場にいた三人の男性だれからもメールはなかった。
翌日、友人からは【昨日はありがとう、楽しかったね】と探りのメールが入るが、探られるようなこともない私は【まあね】と、またもや曖昧に返信をする。
私の【まあね】に最初の頃は(何を隠しているの)とばかりに質問していた友人だが、最近はそれ以上聞かなくなった。
私の【まあね】は、それ以上でもそれ以下でもなく、本当に【まあね】なのだ。
優柔不断、意思薄弱、それが私の性格のようだ。頑張っているのに。
だから、私は今でも片想いをしている。もう何年になるんだろう。
最初に彼に魅かれたのは中学一年生の時だったと思う。その頃は、ただ恋する人がいるだけで嬉し苦しの毎日だった。
「そんなにカッコいいかな」
仲の良かった友だちの部屋で、私たちはよく好きな男子の話に夢中になっていた。
「カッコよくないかもしれないけどさ」
寝ぐせだらけの短い髪、背が高い訳じゃないのにバレーボール部に入り、変わったばかりの声でコートの周りで球ひろいをする。本当に冴えない男子だと私も思う。
だけど、彼は責任感が強かった。むりやり押し付けられたクラス委員長のとき、彼は必死で頑張ってた。
話を聞かないヤンチャな男子にも「静かにしろよ」と叫んだ。
クラスのんなが、一発触発の空気に緊張をする中でも、彼はヤンチャ君から目を逸らさなかった。
とても喧嘩が強うそうでもないし、気が強いタイプにも見えないのに、彼は頑張った。
「すごいね」先生に押し付けられてクラス委員をしていた私は、ホームルームが終わった後に彼に言った。
「別に」彼はちょっと手を振れわせながら強がって言う。
「だって、カッコ悪いだろう。お前も隣にいるしさ」
別に好きだと言われた訳じゃないのに、私の顔はるる赤くなり、そのことに気づいた友だちには、おおいにからかわれた。
それいらい、どうにも彼のことが気になってしまう。気になって見ていると彼はとてもいいヤツだということが分かった。
その時から考えると、私の片想いは十三年と七か月というところか。
私が初めて異性にクリスマスプレゼントを渡したのも彼が初めてだった。
中学二年生の私にはお金がなかった。考えた末に私は自分の本棚から、三日月に座る王子の本を選んだ。
「これ」
そう言って渡したのは、部活帰りの彼の家の近くだった。
「えっ」
予想外だった彼は、私が初めて作った丁寧にリボンをつけた本を受け取ると、「義理かな」と変なことを言った。
バレンタインに義理チョコや友チョコと言うのはあるが、クリスマスに義理クリとか友クリとか聞いたことがない。
この質問は想定していなかった。超高速回転の頭で出した答えは「まあ」という曖昧で愛想のない言葉。
「だよな」
彼が頭をいたのが何故なのか、それは今も分からない。
それ以来、クリスマスが近づくと彼の方から「今年も義理をよろしくな」と言うようになり、その度に私は本屋に行き頭を悩ませる。
叔父さんから入学祝いにもらった立派な本棚には、私が上げた本しかないらしい。本など読まない彼にとって、私からの贈り物は本棚の飾りとして最適だということだ。
そんな習慣は高校に行っても続いた。彼はバレーボールの強い高校に行き、私は進学校に進んだ。それでも、クリスマスが近づくと私は本屋に行き背表紙がきれいな本を選んだ。
そんな片想いをいながら自宅から通える大学に進、彼は地方の大学を選んだ。
たったそれだけの思い出しかない片想い。
大学に入っても、彼のことは年に何回か友だちの伝で聞いていた。その度に、胸がぞわぞわと毛ブラシで触られるような感触を覚えてしまう。
合コンの翌日、人事部に呼び出された私は念願のバイヤーになれた。しかし、それはまったく勝手の分からない陶磁器を集める仕事。
「とりあえず、暮れに『日本の器』って催し物をやるから」
瀬戸物が嫌いな訳じゃない。でも、まったくの素人に。
「アパレル部門はテナントを増やして、社員はリストラするらしいよ」何度も聞いた話題が、また持ち上がっていた。
本屋で重くて高い陶磁器の本を買って帰ることにした。手にとった本の重さに泣きそうになった。
大好きな場所の本屋なのに、そこはまるで抜け出せない蟻地獄のように感じる。結局、本を買わずに書店を出て空を見上げると、そこには三日月が浮かんでいた。
(あそこに座ってたんだよな)
私が最初に彼に上げた本の表紙を思い出していると、三日月から少女がってきた。
「こんにちは」
私の肩にまった少女は硬直する私に気安く声をかけてくる。
「私は月の女の子、ア。よろしくね」
何がどうよろしくなのか分からないまま、私は少女を落とさないようにゆっくりと首を回して手のひらサイズの少女と対面してた。
「どうも」
私の口からでたのは、そんな曖昧な挨拶。
「私は月の女の子、ミア。あなたのことを助けてあげる」
もう一度自己紹介した少女は、なぜ、私を助けてくれるのかの具体的で合理的な説明はとくにしないつもりらしい。
「ありがとう。でも、ミアちゃんに助けてもらうようなことは、今のところないたい」
どう考えても手のひらサイズの少女に頼むようなことは見当たらない。
「そうかしら、私はきっとあると思うわ」
少女の癖に感じの悪い言い方をするものだと思いながらも、「そうね」とどうでもよい返事をしてしまった。
「じゃあ、またね」
そう言うと、少女はまた月に戻って行った。
その夜は仕事のことやミアのことで一睡も出来なかった。真夜中に起きていると、なぜか部屋の片づけをしたくない。
子供の頃から使っている机や本棚。つい片づけをしたくなる。そして必ず卒業アルバムに辿りつく。
まだ幼い顔をした私と彼。
すました顔をした私と白い歯を見せて笑う彼。
もうずいぶんと大人になったのに、私は彼に話かけてしまう。
「元気にしてるの、ねえ、仕事辞めようかな」
少年の彼が難しい大人の話なんか分かるがない。馬鹿たいだと分かってるけど、真夜中の掃除も私の癖なのだ。
「国分寺さんて、朋美さん」
それは突然だった。福井の陶磁器メーカーに電話をすると、聞こえてきたのは彼の声だった。
「えっ、あっ」なんて言ったら良いのか分からない私に「すいません、知り合いに声が似ていたもので」と彼は焦ったようだ。
「はい、朋美です。もしかしたら、川辺さんて、川辺くんですか」
彼の下の名前、亮なんて名前を呼んだことがなかった私は、照れくさくて亮さんなんて言えるわけがない。
福井の大学を卒業した彼は、そのまま福井で市役所に勤めることになったと聞いていた。
「出向中さ、役所にいても役に立たないたいだから、自分から進んで富山の陶磁器を売り込む仕事をさせてもらってるんだ」
彼らしいと思った。
辞めようと思っていた仕事に俄然やる気が出てきた。
店舗の中はクリスマスに向ってまっしぐらだが、私の心はクリスマスを通り越して年末の最後の陶器市に向っていた。
そして、全国の窯元や陶磁器問屋に電話をして掘り出し物の陶器をなんとか揃えて貰えることになった。
陶器市初日には川辺くんも来る。
来るはずだった。
「ごめん、気の早い豪雪で行けそうもないよ」
それは、クリスマスイブの夜。市役所職員の彼は市内の雪かきに駆り出されることになった。
「そうなんだ、すごい雪がるんだよね」
「昔ほどじゃないらしいけど、今年は積もりそうだ。今度、来てなよ。でも、忙しいから無理か」
バレーボールを籠に入れて運びながら友だちとふざけ合ってた彼。そして、私を見つけてはボールを投げて笑った彼。
「やめてよ」私はいつも笑いながら彼にボールを投げ返したが、彼の所にまで届いたことがなかった。
雪の国で笑う彼は昔のままのような気がする。
「まあね」十三年ぶりの彼の質問に、また「まあね」と答えてしまった。
「そうだよな」電話口で彼が頭をいているような気がする。
そして、私たちは「今後ともよろしくお願いします」と挨拶をして電話を切った。
クリスマスイブの夜、デパートを通用口を出た私の肩に、また月の女の子ミアがまった。
「『まあね』ですか」
「嫌味な言い方ね」私は自分の耳に向って話しかけているようで変な気分だ。
「『まあね』もかなり嫌味ないいかたですことよ。でもいいのかな」
ミアは意味ありげに私に問いかけた。
「なにがよ」
ちょっと怒った口ぶりで言う私の耳元に、懐かしい音が聞こえてきた。
「チリン、チリン」それは、彼がくれたキーホルダーについていた鈴の音だ。
三日月の形をした飴色のキーホルダーは、彼がクリスマスの日に私にくれた。きっと、私があげた本のお返しだろうと思う。
「ありがとう」私は心臓の音が彼に聞こえるのではないかと思うほどドキドキして、それだけを言って走り去ってしまった。
そのキーホルダーは照れくさくて学校には持って行けず、大切に机の中に入れて、ときどき「チリン」という音を聞いていた。
忘れていたが、まだ机の中にあるはずだ。
「いい音でしょう。でも、彼が渡そうとしたのはそれだけかしら」
懐かしい音を聞きながら、あの時のことを思い出してる。彼は私にキーホルダーを渡すとき、封筒から出してくれたことを思い出した。
私は彼が会社にまだ要ることを祈って、携帯電話から電話をした。
残念ながら、彼はすでに帰宅していた。
「残念ながら今日は新月、三日月まではずいぶん先よ」
意地の悪いアは、もう私が彼と仕事で連絡をとることがないことを知っている。
「分かってるよ、そんなの」私は泣きながらメールを打った。
「これを、彼の携帯に送ってよ。私を助けてくれるんでしょう。長い長い片想いはもう嫌だよ。本当は、彼に再会なんかしたくなかったよ。だって、また片想いが始まるじゃない」
泣きじゃくる私の頭を、ミアは撫でてくれた。
「了解しました」
アが夜空に飛んで行くと、宛先のアドレスがない私のメールは送信中になり、どこかに送られた。
【本当はずっと好きだった】
それが何度も卒業アルバムに言った私のメール。
~Letter of moon~
空から落ちてきた封筒には、そう書いてあった。
中には茶色くなったノートの切れ端。
【これは義理じゃないんだ。Mary Xmas】
下手くそな手書きの文字。私の宿題を写していたときと同じ文字。
そして、彼から電話があった。
「どうしたの、会社に戻ったら電話があったって言うから」
彼は会社に財布を忘れて戻って来て、机の上にあったメモを見たらしい。