もし雷と雨と太陽が出会ったら
『お天気雨予報』と『Believe in〜信じるということ』を先に読んでいただかないと話がつかめない場合があります。ご了承ください。
「なあ雨美、手繋いでいいか?」
「えっ?! いや、その……」
「まぁ雨美が何と言おうと、繋ぐつもりだけどな」
ある日の昼下がり、朝田光輝と水無月雨美は久し振りに遠出をし、街中デートをしていた。あと二、三ヶ月で付き合って一年になるが、雨美の方はまだこの感じになれていないらしく顔を朱に染めている。逆に光輝は雨美のこういった反応を楽しんでるようだ。
「何そんな照れてるんだよ、いつも手は繋ぐだろ」
「けど、恥ずかしいものは恥ずかしいの!」
「ま、俺は別にいいけどな。照れてる雨美可愛いし」
雨美は更に顔を赤くする。これもいつもの事だ。
「きゃっ!」
その時雨美が誰かにぶつかられてよろけた。
「すみませんっ! ちょっと急いでて」
「あのなぁ、あんた。急いでるからって人に思い切りぶつかっておいてその態度はないだろ」
「本当に申し訳ない、なんなら土下座でも……」
「隆君、何してるの?」
その時もう一人女の人が現れた。
「あ、彩! ちょうどいいところに」
「ちょうどいいとろに! じゃないわよ。どこ行ってたの、探してたのよ」
「悪い悪い、ちょっと迷子に」
「春休み開けたら高校生だっていうのに……」
やってきた女性の名は美月彩、ぶつかった男性は青木隆という。
「それで、なにかあったの?」
「あなた、この人の彼女ですか? あなたのかれ」
「待って朝田君」
彩にまで文句をつけようとしたところで雨美が光輝を制した。
「この二人、何処かで見たことあるなっと思ったんだけど……女性の方を見て思い出した。もう卒業した三年生の先輩だ」
「まじで……」
「ほんとだよ。ほら、女性の方よく表彰されてたじゃない。バドミントン部のキャプテンの」
「あ、確かに知ってるかも。まぁ俺の場合自分も大抵表彰されてたからあんま覚えてないけど」
「男性のほうもバスケで何回か表彰されてたよ」
その時彩が心配そうに雨美の顔を覗き込んだ。
「えっと、雨美ちゃんよね。大丈夫だった? 隆君がぶつかっちゃったみたいで……ごめんね、朝田君も大切な彼女を危ない目に合わせちゃって」
「悪かった! ほんとに申し訳ない!!」
隆は両手を合わせて頭を下げた。彩も深々と頭を下げる。
「まぁ……先輩だったんじゃ何も言えないよなぁ」
光輝は困ったように首を傾げ雨美に返答を任せる。雨美もぶつかられた事はさほど気にしていないようだ。
「先輩、その事はもういいですよ、気にしないでください。それより、なぜ私たちの名前をご存知なんですか?」
尋ねられて頭を上げ、彩と隆は顔を見合わせくすっと笑った。
「何でってそれは、ねぇ隆君」
「あぁ、だってなぁ……」
二人はしばらくだがいに笑っていて答えを言わないので雨美は怪訝な顔をする。
「ごめんね、大したことじゃないんだけど」
「朝田君はさ、元々一年生からサッカー部のエースってんで有名だろ」
「それで雨美ちゃんはその有名な朝田君の彼女で、しかも頭よし顔よしで私たちの学年や先輩たちに凄く人気あったんだよ? まぁ朝田君には敵わないってみんな諦めてたけど」
「まぁ俺は彩一筋だったけどな」
「よく言うわ、三年生まで女には興味ないってみんなに言いまくってたそうじゃない」
「それはだな、入学式の時に彩を見て、それで……」
「一目惚れだったの!? それは初耳。じゃあ三年で同じクラスにならなかったらどうしてたの?」
「いや、それは……ってこんな話人前ですることじゃないだろ!」
「ごめんごめん、つい気になっちゃって」
隆はふいとそっぽを向いたが照れているのは一目瞭然だった。
「先輩たちの話、もっと聞きたいです」
ふとそんなことを呟いたのは意外なことに雨美だった。
「えっ! そんな面白い話持ってないわよ?」
「けど、何か気になります。私あんまり人の恋話とか聞いたことないので、興味あります。朝田君も、気にならない?」
上目遣いでじっと見つめられ光輝は賛同せざるをえなくなった。
「あ、あぁ……そうだな」
「わたしは構わないけど、今日は二人もデートでしょ? そんな日に本当に良いの?」
「大丈夫です、もう時期に……雨が降るので、その間だけでも」
雨美がそう言葉を口にした瞬間だった。足元にぽつりと水滴の落ちたあとが残る。
「雨だ、今日は降水確率そんな高くなかったのに」
隆は不思議そうに空を見上げた。
「デートなのはお互い様でしょう。雨が上がるまでの間、雨美の我儘に付き合ってやってください」
光輝は苦笑した後、二人の先輩にそう持ちかける。
「そうだな、雨がやむまでは可愛い後輩たちのいうことを聞いてあげようじゃないか。ちょうどそこにファミレスあるしな」
三人はまだ小雨の中を小走りでお店まで向かうのだった。
「それで、どんな話が聞きたいの?」
店員さんに案内され、四人は席についた。適当に食べたいものを選び、早速彩が問いかける。
「それで、どんな話が聞きたいの?」
雨美は困ったように俯きながらぼそぼそとなにか呟く。その言葉を聞き取って光輝が代弁する。
「二人の馴れ初めが聴きたいそうですよ? 今まであんまり女子と話したことないから恋バナとか疎遠だったみたいで、多分女の子として興味があるんじゃないかな」
「あ、朝田君! 変なこと言わないでよ」
「私たちの馴れ初めなんてそんな大したことないわよ、それでも聴きたい?」
「は、はい……」
「可愛いなぁ、雨美ちゃんは。隆君どうする?」
「いいんじゃねぇの、話してやれば。というかぜひ話そう。あのな、去年すごい大雨と雷で学校を始め周りの家々が停電したの覚えてるか? そのときに彩と俺は丁度部活が終わって片付けをしてたんだよ。そしたら二人で倉庫に閉じ込められてさ……うん、あの時の彩すっごく可愛かったぜ。怯える彩を俺が」
「ちょっと、変な脚色いれないでよ!」
彩はノリノリで話す隆を慌てて止めた。口調は怒っているが表情は思い出して照れているように見える。
「そ、それで、閉じ込められてどうなったんでせか?」
雨美に急かされ、彩は渋々続きを語った。
「なにもなかったわよ。ただ私ネズミが苦手何だけど、停電して真っ暗な中出てきてびっくりして、それで倉庫の用具につまづいて倒れそうになった時に、隆君が助けてくれたんだよね」
「え……あぁ、そうだったな。野良のネズミとかに噛まれると病気とかになったりするから、二人も気をつけろよ」
彩は隆の反応に少し驚いたのか目を丸くした。からかわれると思ったのだろう。
「先輩可愛いです。何でもできる人だと思っていたので、苦手なものがあると知って少し驚きました」
雨美は彩の様子には気づかず、ただ率直に感想を述べた。
「誰にも言っちゃダメよ?」
「もちろんです! それで、その倉庫のことがきっかけで二人は付き合ったんですか?」
「いや、そううまくはいかないよ。彩って結構ガード堅くてな、しかも彩ってモテるからさ……いやぁ大変だった」
「さも自分が頑張って私のハートを掴んでやったぜ! みたいな言い方をするのね。勇気がでなくて結局私が告白したのに」
「えっ! そうだったんですか」
雨美は瞳を輝かせた。
「先輩情けないなぁ」
光輝はニヤリと笑って隆を見る。
「仕方ないだろ、朝田君と違って俺は普通なんだから。一般人が人気者に告白っていうのは相当勇気がいるんだ」
「勇気が必要だったのは私もなんですけどぉ」
彩は拗ねて頬をぷくぅと膨らませる。
「ごめんて。でもその代わり今はすごく大事にしてるだろ」
隆は彩に顔を寄せたかと思うとほおに軽くキスをした。他三人は不意を突かれて軽く頬を染める。
「なっ……もう。そのくせ一人で迷子になったりするのね」
「悪かったって。一人にしてさみしい思いさせて」
隆は彩の頭に優しく触れた。
「別に寂しくなんか」
完璧少女も彼氏には勝てないらしい。
「可愛いだろ? 俺の彼女」
頬を真っ赤に染めて俯く彩を見て隆は満足そうに微笑んだ。そんなラブラブな二人を見て譲れない何かが目覚めたのか光輝が負けていられないとニヤリ笑う。
「俺の雨美も可愛いですよ。出会った当初からずっとね」
「おお! 言うねぇ……聴かせてもらおうじゃなですか、二人の馴れ初めを」
「望むところです」
「ちょ、朝田君何言ってるの?」
雨美はいきなりのキラーパスにうろたえる。そんなこともお構いなしに光輝は語り続けた。
「俺が最初に声をかけたんです。あれは雨の日で……雨美はツンツンしてたんですけど傘貸してくれて、やっぱこいつ優しいなぁみたいな」
「ちがっ! あれは雨に濡れたら可愛そうだなって思っただけで」
「それでこつこつ話しかけて、中々打ち解けてくれなかったんすけど……兎に角頑張りました」
雨美の反論虚しく光輝は輝かしい瞳をさらに爛々と煌めかせ勢いに任せてまくし立てる。
「そしたらあることをきかっけに一気に距離を縮めることができて、それでまぁ少しして俺から告白したんです」
あること……一番大切で重要で守らなければいけないものは互いに綺麗にカバーする。それが彼女に対する優しさの一番の象徴。理解しているからこそ出来る至難の業。ふたりだけの秘密。また、誰もそこを追求しない。たとえ気になっても、決して口にはしない。これが人間の思いやり。
「へー、流石だなぁ。そんなに攻めて攻めて攻めまくったのか! 雨美ちゃんもいきなりびっくりしたんじゃないのか?」
隆は関心してただ純粋に尊敬の眼差しを送り、ふと視線の端で小さくなっていた雨美を見る。
「え、あ……はい。最初はびっくりしましたけど、朝田君、一人の私に根気よく話しかけてくれて。もしかしたらそんな他愛ない会話もいつの日か少し楽しみにしていたのかもしれません」
雨美は視線を俯けながらゆっくりと言葉を紡いだ。そんな雨美の様子にグッっときたのか、隆は膝の上に丁寧に揃え置かれていた雨美の手を取って軽く握った。一瞬雨美の体がこわばったかと思うと直ぐに緊張は解け表情が暖かな微笑みに変わった。
「へー、そうなのか。まぁ人間なんだしそれぞれに色々あるよなぁ。全く同じ人生を送っている人なんていない。それぞれに違う物語を持ち日々を描き続けている」
「へぇ、たまにはいいこと言うのね。ほんの少しだけ見直したわよ」
彩がからかい口調でニコっと笑うと隆は照れたのかそっぽをむいて別に思ったこと言っただけだよと吐き捨てる。
「でも、俺もその通りだと思います。そんな、それぞれに違う物語を持ってる人生でその物語が絡み合う……出会いが俺は一番素敵だと思います。何より、雨美に出会えて俺は世界の見方が百八十度変わりました。雨美は、他人にはない優しさとか、温かみとか、そういうものを持っているんです」
「朝田君、よくそんな恥ずかしいセリフをのうのうと言えるわね」
誇らしそうな光輝の隣で雨美は半分呆れ顔をしている。
「あら、いいことじゃない。恥ずかしくなんかないわ」
「そうだよ、彼女想いってのが言葉の端々から伝わってくるぜ」
「そんなこといわれても……わ、私も朝田君のことす、好きですけど」
雨美は顔を真っ赤にして俯き、光輝の腕を引っ張って顔を隠した。
「ほんと雨美ちゃん反則だなぁ。そんなことされたら朝田君たまんないでしょうに」
「全くです。抑えるのに苦労しますよ」
「言うねぇ、俺も後輩カップルに先越されないよう頑張らなきゃな」
ひとしきり笑ったあと、光輝はこっそり雨美に耳打ちする。
「そろそろいいか? お前も充分楽しめただろ」
雨美は光輝の腕に埋れながら小さく頷いた。
「あ、先輩外見てください」
窓の外はすっかり晴れ渡り、名残惜しそうに水たまりが光を反射していた。
「じゃあ、俺らはそろそろ失礼します。また何処かでお会いできたら話しましょう」
光輝は雨美を片手で抱くようにして立ち上がると二人に頭を下げた。雨美もつられつ小さく頭を下げる。
「今日は本当に、ありがとうございました。先輩とお話できて楽しかったです」
雨美が一言呟くように言ったのち、二人は眩い光の中に溶け込んだ。そんな初々しい二人を見送りながら先輩陣営は自然と二人の幸福を祈った。
『可愛い後輩に、永遠不滅の幸福あれ』
一方先輩の温かな眼差しを背中に感じながらその場をあとにした後輩陣営も、同じことを思っていた。
『恰好良い先輩に、未来永劫の至福あれ』
いかがでしたか?
少し、セリフが多く感じた方もイラしゃると思います。ですが、今回はそれが良いんです。
この短い文章の中変化を感じてもらうにはどうしたら良いのか。考えた結論が、あえて詳しく状況の説明はせず、セリフの端々にそういった節をいれたらどうかと思い至りました。
読みにくかったかもしれない、ですがこれが私流の遊び心です。
読んでいただきまことにありがとうございました。
2012年 7月 18日