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一歩進みたいから貴方に言うのだ。



 アラストルはシルバじゃない。

 ちゃんと解ってる。


 だけどね。

 シルバのこと、忘れられないんだ……。





 クレッシェンテは本当に雨の多い国だと玻璃は思う。

 日ノ本の梅雨とはまた違った雨が降り続く。

 どちらかと言うとスコールに近い激しい雨。

 だけども、スコールのようにすぐには過ぎ去ってくれない。

 長雨とでも言うのだろうか。

 とにかく雨が続く。

 この国は雨の国なのかもしれないと玻璃は思った。


 だけども不思議と、悪いことは雨の降らない日に起こる。

 だからだろうか。

 玻璃は雨が降ると安心するのだ。


「来たよ」

「おう、ちょっと待ってろ。あとこれで終わる」

 珍しく、玻璃はハデス本部に足を踏み入れた。

 この場所はあまり好きではないというのが玻璃の本心ではあるが、雨の日に構ってくれるのはアラストルだけだという状況が玻璃をこの場所に向かわせる。

「今日は任務は無いのか?」

「…もう、ずっと無いよ」

「ああ、そうだったな」

 早く転職しろよ。と彼は言うが、暗殺者として生きてきた玻璃にとってそれ以外の仕事などは知らない。

 とある詐欺師の下で一日だけ修行をしたが、師と相性が悪かったのか、僅か半日で玻璃は飛び出してしまった。

「詐欺は向いていなかった」

「ああ、そうだな」

 アラストルはそんなことは解ってるから普通の仕事を探せと言うが、玻璃にはそれは難しい。

「この前喫茶店で仕事貰った」

「どうだった?」

「お皿三十枚割ってクビになった」

「おーそりゃあクビになるだろ。他はねぇのかぁ?」

 もう、アラストルも諦めているようで、あまり真剣には取り合ってくれない。

「…炭鉱行った」

「そりゃまた随分ハードなの選んだな」

「つるはしが持ち上がらなかった」

「……普通の仕事探せぇ」

 彼はそういうが、クレッシェンテにはそれほど普通の仕事は無いのだ。

 あっても賃金は今までの百分の一程度。

 それで生活が出来るかと訊ねられると玻璃は不安だった。

 それは、一生分の貯え程度はある。

 だけども、玻璃は不安なのだ。

 何もしていない時間が。

「昨日、どっかの仕事見つけたって言ってなかったか?」

「……依頼主が殺されたから無かったことになった」

「そりゃまた気の毒だな」

 玻璃はアラストルの机の横に置かれた椅子から書物を降ろしてそこに座る。

 手に持っているのは新聞の求人広告。

「…文字が書けないとどこも雇ってくれない」

「あー、そういやお前、字が苦手だったな」

「……まぁ、また殺し屋に戻ればいい話しだけどね」

 やっぱりそれが一番しっくり来ると玻璃は思う。

 結局自分には人殺し以外の仕事は向いていないのだと。

「絵はどうだ?」

「なに?」

「お前、絵得意だろ。ほら、国立大学の何とかって昆虫学者が図鑑の絵を描く人材が欲しいとかってこの前うちに来てよ。だけどもステラの奴断ったんだ。虫の絵なんて描けるかって」

「虫?」

「ああ、蝶とか蛾の専門の学者だからそんなのばっかりだけどよ」

 絵を描いていてお金をもらえるならそれ以上にいいことは無いと玻璃は思う。

「本当に絵を描くだけ? 殺さなくていい?」

「ああ、むしろ殺したらダメだ。ちゃんと観察しながら忠実に描く。出来るか?」

「うん」

「なら、その学者に連絡しといてやるよ」

「ありがとう」

 アラストルは面倒見が良い。

 仕事の斡旋までしてくれる。



(それは私がリリアンに似ているから?)



 玻璃は思う。

 だけど、もう、私はシルバとアラストルは間違えない。

 ちゃんと、光の溢れる世界で生きられるようにならないといけない。

「アラストル」

「なんだぁ?」

「今はまだ、無理かもしれないけど、いつかきっと、光の溢れる世界の住人になるよ」

 これは決意と言うにはまだ足りない。

 だけども、玻璃の精一杯の願い。

「ああ、そうだな。お前は光の溢れる世界のほうが似合う」

 こんな雨ばっかりのいつも闇に包まれたような国の裏社会ではなく、もっと外の明るい世界がとアラストルは笑う。

「がんばれる気がする」

「ああ」

「一歩ずつ、だよね?」

「ああ、ゆっくりで良い。お前ならきっと出来る」

 そう言って、彼は玻璃の頭を撫でる。

「アラストルがそう言ってくれると出来るような気がするんだ」

「なら、やり遂げて見せろ」

 少し意地悪く笑う彼に、玻璃も笑う。

「クレッシェンテを出れるかな?」

「外に行きたいのか?」

「うん。もっと、世界を見たい」

 こんなクレッシェンテとか日ノ本とかシエスタみたいに汚れきった裏の顔が横行しているような国じゃなくて、真っ白な光に包まれた世界を。と玻璃は夢見る。

 本当にそんな世界があるかは分からない。

 だけども、あるか分からない夢のような世界だからこそ目指したいのだ。

「私にはこの国は狭すぎる」

「言ったな」

「勿論」


 だから、もっと広い世界に。



 先に踏み出すために。

 貴方だから告げられる夢を……。



 これはまだ第一歩なのだ。



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