何をしたら笑ってくれるだろう。
何をしたらあいつは笑ってくれるだろう。
そんなことばかりを考えてしまう。
次はいつ来るだろうかとかそんなことばかり考えて、あいつのために、自分は飲まない甘ったるいココアを用意したり、小さなガキが喜びそうな絵本とかオルゴールとかを用意している。
そんな俺が馬鹿馬鹿しく思えるが、どうも、あいつには笑っていてほしいと感じるんだ。
だけど、何をしてもあまり反応が無い。
それどころか最近は顔を出さない。
まだ、なにか面白いものでも見つけたのだろうか。
そう考えるとさらに自分がおかしくなる。
「なぁ、女ってどんなモンを喜ぶんだぁ?」
酒場の店主に訊ねる。
「こりゃ珍しい質問だね。なんだ? 恋人でも出来たのかい?」
「いや、どっちかっつーと、妹みたいなモンだ」
「その子いくつ?」
そういや前に歳を聞いた気がするが……。
「……23、だったか?」
「また随分若い子だね。アラストル、そのくらいの女なら、花とか宝石とか贈ってもおかしくないだろ?」
「あいつはそういう奴じゃねぇんだよ。とりあえず食うもんと寝る場所があればいいとかそんな感じの奴だ」
そう、俺の部屋の長椅子があいつの指定席。
そこで眠ったりココアすすったり、ピザ食ったり……。
まるでその長椅子が自分の空間だと言わんばかりに常にそこに居る。
「なら、焼き菓子でも用意してやったらどうだ? 図書館前のいつも行列が出来てる店があるだろ。あの店はかなり人気だ」
「げ…行列って何時間待つんだよ」
「早くて三時間だな」
「却下だぁ! あいつにそこまで時間割けるか!」
思わず叫ぶと、店主は困ったように笑う。
「だったらその子が喜ぶようなことは自分で考えなさい。きっとその子もアラストルが自分のためにしてくれたことを喜ぶと思うよ」
「……とは言ってもな……」
思いつかねぇ……。
きっとあいつは他の女が喜ぶようなドレスや香水や宝石なんかは喜ばねぇ。
だからと言って人形なんて贈ったら子ども扱いするなと拗ねるだろう。
「…焼き菓子かぁ?」
ケーキだのクッキーだのはおそらくはリリムの部屋で飽きるほど食わされているだろう。
しばらくリリムの部屋には行きたくないと言っていたしな。
そういや、変な植物が好きだとか聞いたような気もしなくもない。
花屋に聞いてみるか。
「店主、世話なった。釣りはいらねぇ」
金貨を二枚渡して、店を出る。
行き先は花屋だ。
花屋にたどり着くと、よく見知った顔に会った。
「あ…」
「あ…」
二人揃って間抜けな顔。
「珍しいな」
「アラストルこそ」
「それ、何だ?」
「朔夜のハーブ。取りに来たの」
そう言う玻璃が手にしていたのは白い花をつけた植物の入った植木鉢。
「へぇ、これもハーブなのか」
「うん。これはね、葉を煎じると解熱効果があるの」
「詳しいな」
「たくさん教えてもらったから」
微かに笑う玻璃。
ひょっとしたらこいつは物より他人と過ごす時間が欲しいのかもしれない。
「ん? これ、なんだ?」
足元に置かれていた妙な形の葉。
「あ、触っちゃダメだよ」
「何でだ?」
「指、挟まれる」
「はぁ?」
確かに、そこに在った植物は二枚貝のような形の葉をつけている。
「ハエトリソウの改造種。ネズミも飲み込んじゃうの。観賞用だけど少し危険」
それじゃあ、ハエトリソウじゃなくてネズミトリソウだろ。
「ネズミ駆除に使えそうだな」
「…あまりお勧めはしないわ。けっこうグロテスクだよ」
そういいつつも玻璃の目は輝いている。
おそらくは、買ったらネズミが捕まったところを見せてとでも言いたいのだろう。
「おーい、店主、これ二つくれ」
「はい」
店員から、ハエトリソウならぬネズミトリソウを二つ買う。
「ほら、ひとつやるよ」
「え? いいの?」
「こういうの好きなんだろ?」
「うん」
嬉しそうに笑う玻璃。
「大好き」
玻璃の笑顔を見られて妙に安心する。
「玻璃、お前こそ食われねぇように気をつけろよ? いかにも凶暴そうな植物じゃねぇか」
「平気。慣れてるから」
そういえばこいつの家庭は普通じゃなかったと思い出す。
「あ、朔夜が待ってるから行くね」
「ああ」
「また、遊びに行くよ」
玻璃の言葉に安心する。
『また』ということは次がある。
その事実が妙に嬉しい。
今度はもっとあいつの喜びそうなものを用意しよう。