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逢えない時間が寂しくてたまらない。



 雨……。

 今日も雨、昨日も雨……。

 きっと明日も雨が降るんだろう。




 雨は嫌いだ。

 服も髪も台無しになる。

 外にでないと自然と書類仕事ばかりになる。

 身体が鈍りそうだ。


 ああ、彼女に会いたい……。

 


「瑠璃…」


 彼女ならば、僕の退屈を紛らわせてくれる。

 彼女ならばいつだって自由に好きな場所に居るのだろう。



 いつも彼女が座っているベッドの隅が妙に寂しく感じる。

 寂しい、という感情が残っていたことに驚く。

「一体何なんだろうね。君は」


 書類の山を眺めたって退屈だ。

 あの詐欺師の情報も無ければ恐怖の代名詞の情報も無い。

 あるとしたら生意気な部下がまた監獄部の備品の予算を上げろだとかそういった内容の書類ばかりだ。

「…ったく、あの子には少し上下関係を教えなきゃいけないみたいだね」

 真っ白な看守長。気に入らないよ。

 仕事は良くこなしてくれるけれどあの態度と暴言は頂けない。

 暴言だったら瑠璃もよく言うけれど、なぜか彼女とは違ってそれほど棘は感じないのだ。

次はいつ会えるだろうか。


 いや、会えないかもしれない。

 彼女は僕が嫌いだ。

 捕まえなかったらすぐに逃げてしまうくせに捕まると酷く不機嫌な表情をするのだ。


 瑠璃、風の少女。

 もう既に少女と言う年齢ではない。

 だけども、彼女には『女性』よりは『少女』の方が似合う気がする。

 それはきっと彼女の雰囲気がそうだからだ。

 悪戯っ子のような表情で僕をからかう彼女を恋しいなどと感じるのは最早末期だろうか。


 風の少女を鳥籠にでも閉じ込めてしまいたい。

 だけども、彼女にはちゃんと鍵は開けておいてあげなければならない。

 だって、そうしないと、きっと彼女は自ら命を絶ってしまうから。


 きっとお互い、ものすごく退屈が嫌いなんだ。


 そんなことを考えていると、窓を叩く、少し弱々しい音がする。

 この音は瑠璃じゃない。


「玻璃、何しに来たの?」

「……アラストルも瑠璃も構ってくれないの」

 この子は……。

「僕は雨が嫌いなんだ」

「知ってる。だから来た」

 ずぶ濡れだ。

 この子はいつだって捨てられた猫みたいな目をしてさ、僕を見るんだ。

「仕方ないね。入りなよ。タオルはそこにあるから髪を拭いて、ああ、靴の泥はちゃんとおとしてよね」

 玻璃は言われた通りにする。

 姉と違って素直でいい。

 髪の毛からぼたぼたと水が落ちる。

 髪を拭いていたタオルは十分に絞れるほど水を吸収していた。

「ジル」

「何?」

「瑠璃じゃなくてがっかりした?」

「……いや、君でもいい。僕の退屈を紛らわせてくれるなら」

 全く似てないこの双子。

 だけどやっぱり目元とか口の端とか似ている気がして……。

 彼女と重なる。


 姉以上に放っておけない妹。

 別に愛しいとかそういった感情は無いんだけど、小動物を見ているみたいで放っておけない妹。

「それで? 用もあったんでしょ? わざわざ王宮まで来るって事は」

 ディアーナ幹部には危険なことのはずだ。

 何せ国王はディアーナを嫌っている。

 利用するときだけ利用できれば良いとの考えだ。

「これ、瑠璃から」

「え?」

「行けないからって。今、シエスタで任務」

 そう言って、もう既に雨でぐしゃぐしゃになっている封筒を差し出す。

「君、お使いもちゃんとできないの? 普通は濡れないようにするんだけど?」

「……最初はポケットに入れてたの。だけど、窓を叩いてもなかなかジルが気付いてくれなかったから……」

 そんなに前から外に居たのかと思うと驚く。

「ごめん、お詫びに温かいココアでも淹れさせるよ」

 扉の向こうに居る部下にココアと紅茶を持ってくるように言う。




「ねぇ、玻璃」

「なぁに?」

「君から見て瑠璃ってどう?」

 多分片割れとかそういった答えが返ってくるんだろうと思った。

「瑠璃? 姉?」

「そうじゃなくて」

「『風』になりたいくせになれない。あと、卑怯」

「え?」

「瑠璃は凄く卑怯なこと考えるの上手。だからそれでよく悪戯しかけた」

 玻璃はトレイの上のカップを取りながら言う。

「厨房の調味料の蓋を全部緩めたり、塩と砂糖のラベル張り替えたり、小麦と火薬入れ替えたりした」

 最後のは止めた方がいい。

「スケールが小さいくせに危険なことしてるね」

「そう? 見つかったらマスターにプールに突き落とされるの。中に鮫が居るのに」

 どんな家庭で育ったんだろう?

 こういうことは瑠璃は教えてくれない。

「よく、今まで無事だったね」

「うん。だからそう簡単には死なないんだよ。私も瑠璃も」

 そう、笑う姿は時々見せる瑠璃の笑顔とは少し違う。

 瑠璃はもう少し豪快に笑う。

 玻璃はどちらかと言うと控えめな笑い方をする。

「君たちはあまり似てないね」

「うん。『似てる』は『個性が無い』ってことだから」

 玻璃が言う。

 確かにそうかもしれない。

 ぼんやりとカップを見つめていると、紅茶の中に自分の顔が映っている。

 それがとても妙な気がした。



 しばらく瑠璃の話を聞いて、玻璃は「朔夜が待っているから」と言って帰る。

 どんなに玻璃と話しても、妙に物足りない。

 それは玻璃が瑠璃ではないからだろうか。


 やっぱり、僕の退屈を紛らわせることが出来るのは瑠璃だけのようだ。


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