私の平穏な生活
私の雇い主は酷く気分屋で何を考えているのかわからない。
私の雇い主はあの悪名高い緋の悪魔であり、私のご主人さまは彼の妻である。
今日も雇い主の緋の悪魔が暴れまわりめちゃくちゃになった部屋を片付け、ご主人様の記憶整理の手伝いをする。
ご主人様はふらふらと外にお出かけになり、「師匠」なる人物の元へと足を運ぶ。
最近その「師匠」は結婚しただか恋人ができただかで「師匠」の御屋敷に知らない女性が居て驚いたという報告を聞くことが多い。
しかして、その女性が全くの同一人物なのか、いつも違う人間なのかご主人様の話からは判断できない。
だが、私には関係のない話だ。
実際ご主人様がなにをして何を考えていようと、雇い主の緋の悪魔が暴れ回ろうが私の仕事が増えようが賃金さえもらえれば私にはどうでもいいのだ。
既定の給料、定時で終わる労働。そして週に一度の休日。
これにより労働は幸福になる。
即ち私にとって労働は幸福だ。
穏やかな生活。
変わらない日常。
出世だとか国取りだとかには興味無い。
仕事を終え、いつもの店で酒を飲み、公共浴場で入浴し、自宅の寝台で眠りに就く。
その繰り返し。
週末の休みには決まって一本の映画を観る。
ただ、その繰り返し。
それが平和でいい。
目だ立つ平凡に、上のものには逆らわずに暮らせば命を狙われることもない。
この国の人間らしからぬ生き方だと言われることはあるが、まぁ、私一人くらいそんな人間がいても良いだろう。
「オセ、私の帯を知りませんか?」
「その引き出しの三段目にあったはずです。ご主人様、耳飾りは?」
「いらないわ。耳が痛くなって嫌なの」
女性と言うのはこれでもかというくらい着飾る生き物だと思っていた。実際緋の悪魔はご主人様を着飾らせたがる。
成金趣味とでもいうのだろうか。
私に言わせてみればド派手で下品な装いをさせたがる。
無駄な露出や身体にぴったりとまとわりつく服。
まるでご主人様の体型を見せびらかせたいかのような。
けれどもご主人様が自分で衣服を選ぶときは徹底的に肌を隠すような、体型を隠すような日ノ本の着物を好む。
装飾は帯や帯留めや簪に留まり、指輪や耳飾り、首飾りは好まれない。
そもそも宝石類が好みでは無いらしい。
どうしてこんなにも趣味が合わない二人が結婚したのか理解できないがそれは私が口出しすべきことではないし、私にはまったく関係のないことだ。
私はただ、労働に対する賃金さえもらえれば、週に一度の休暇さえもらえれば、そして私の仕事がきっかり定時で終わればそれでいいのだ。
「オセ」
「はい」
「どこか、美味しいお菓子屋さんはないかしら?」
「お菓子、ですか?」
「ええ、甘いのがいいわ」
「でしたら、広場の通りに出来た店などは?」
「何が美味しいのかしら? 今日はここから出るなと言われているの。買ってきてくださる?」
「かしこまりました」
早い話、私の仕事は雑用係だ。
ご主人様専属の使用人。
賃金を支払ってくださる雇い主はあの緋の悪魔だが、私がお仕えするご主人様はこのリリム様だ。
私はただ、ご主人様の雑用係をする。
きっかり日没に仕事を終え、酒場に行き、浴場で入浴し、自宅の寝台で眠る。
朝は二つ目の太陽が昇る時間にご主人様にお茶を運ぶことから始まり、緋の悪魔によってめちゃくちゃにされた部屋を片付けつつ御主人さまの記憶整理の手伝いをする。
毎日がただ、その繰り返し。
週に一度、ハデスの祝日なるその日に休みを貰い、映画を観る。
その繰り返し。
特に変化など無い。
ごく稀に顔を合わせる人間が入れ換わる程度。
私には何も支障がない。
平和で平凡な日々。
なんて素晴らしいのだろう。
どうやら使用人と言うものは私にとって天職らしい。
少し前に恐怖の代名詞に暗殺者にならないかと誘われたし、死の商人からは商才があると勧誘を受けた。宮廷騎士にも何度か勧誘されたこともあるが、どこも定時で上がれないらしいので断った。
私にとって最も重要な労働条件は定時に上がれること。
何という素晴らしさ。
そしてご主人様も素晴らしい。
少しのんびりしているが、時間を大幅に破ったりはしない。
彼女もまた、日々同じサイクルで活動している。
変化がない。
平和。
これほど素晴らしいものは無い。
そして今日もまた、私は日没に仕事を終え、紫の店主のいる酒場でナルチーゾの葡萄酒を飲み、公共浴場で入浴し、自宅のやや硬い寝台で眠りに就くのだ。