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母に捧ぐ誓い

(2011.09.14)アルジズ誕生日短編

「アルジズ」

「おや? 珍しいですね。どうしましたか? マスター」


 大聖堂の地下、研究室にマスターセシリオが来るのは久方ぶりだ。

 大聖堂にさえ、滅多に来ないこのお方は何かをたくらんでいるような笑みを浮かべている。


「一年で一番不幸な日ですから、慰めてあげようかと思いまして」

 言葉と同時に、顔面を目掛けて何かが飛んでくる。

 ぐちゃりと嫌な音と衝撃。

 ……またか。

 溜息が出る。

「……二百年来変わらずありがとうございます」

「いえ、僕にとって、年に一度の楽しみですから」

 顔面にぶつけられたのはケーキ。

 しかもこの方は、このためだけにケーキを作ってくださった。

 全く。無駄が好きな方だ。

 あらかじめ用意されていた手ぬぐいを受け取り顔を拭く。

「それで? いくつになったんです? 化け物」

「貴方程ではありませんよ。今年で237になります」

「よく数えていますね」

「騎士団を抜けてからの年月を数えれば分かります」

 今となっては昔のことだ。

「騎士団時代は貴方も相当やんちゃでしたね」

「恥ずかしながら。マスターには大変なご迷惑をお掛けしたと。それに、昔から貴方にはお世話になっています」

「いえ。僕も、優秀な同志を持てて嬉しいんですよ。貴方は僕の部下ではない。同志です」

「マスター」

「セシリオ、で構いませんよ。何度も言いますが、貴方は僕の部下ではないのですから」

 これはこのお方の優しさだ。

「もう、上に縛られる生き方は嫌でしょう?」

 悪戯っぽい笑み。

「そう、ですね」

 けれども、貴方の下で尽くすのなら、悪くないように思える。

「私はこの女神に忠誠を誓います。幼き女王ではなく、全能なる我らが母、月の女神に忠誠を」

「……この20年ほどで貴方は随分変わった」

「そう、かもしれませんね。貴方の影響は大きい」

 そうして、私は感謝しても足りないほど、この方に大きすぎる恩がある。

「僕は、何もしていませんよ」

「貴方が、私に信仰を下さった」

 そして、この大聖堂を任せてくださった。新たなる役割を。

「それは、母のご意思です。僕の意思ではない」

 我らが母のお声を聴くことの出来るただ一人のお方。

 マスターセシリオ。

「ベルカナは元気ですか?」

「ええ、元気すぎるほど。昔では考えられません」

「あの子は何時までたっても幼いまま。永遠の子供ですね」

 マスターは微かに溜息を吐く。

「時折、玻璃もああなればよかったと思いますよ」

「玻璃が?」

「幼いままのほうが彼女にとってもよかったのではないでしょうかねぇ?」

 マスターは普段は見せないほどのんびりと言う。

「貴方の三人の娘は変わりありませんか?」

「どうせ朔夜に毎日聞かされているのでしょう?」

「ええ、また瑠璃が戻らないようですね」

 人懐っこいしっかりものの朔夜と放浪癖のあるやんちゃな瑠璃、人見知りの激しい悪戯っ子の玻璃。あの三姉妹は見ていて楽しい。

「朔夜は近頃随分悲観的ですが、それでも以前よりは大分落ち着きましたよ」

「そうですか。ところで……」

「はい?」

「ケーキの味は如何でしたか?」

 大真面目に彼は訊ねる。

「そうですね。毎年のことながら、私には縁の無いものの象徴のような味でしたよ」

 そう告げれば彼は笑う。

 最下層からのし上がって騎士団に入ってかなりの高給取りだった。何でも手に入る場所にいて、何も求めなくなった。

「マスター」

「貴方にそう呼ばれるとくすぐったい」

「貴方に出会ったのも今日でしたね」

「ええ、それが貴方の不幸です」

「いいえ、貴方のおかげで私は生きている」

 そう、この方に会う前の私は死んでいた。

 何も求めないただの死に向かう人形。

「私は朔夜が羨ましい」

「何故です?」

「貴方の家族でありながら、貴方の部下でいられるからです。私は、同志よりも部下になりたかった」

 結局私は主を求めるのだ。

「貴方には既に主があるでしょう?」

「……ええ」

 そう、私に最高の主を与えてくださったのだ。

 全能なる母を。

「マスターセシリオ。貴方に感謝を。そして、我らが母に感謝を」

 

 今日この日こそ私の死んで生まれた日なのだ。

 そして、新たに誓う日でもある。


 生涯、この方に忠誠を。


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