一生に一度きり
2011.03.13(アラストル誕生日小説)
今日と言う日は一度きりしか来ないとは言うが、何故毎日が同じ繰り返しでしかないのだろう。
そう、思っていた。
だが、そうではないのかもしれないと思えるのは、あいつが顔を出すからだろう。
「……で? 何故俺のベッドの下にお前が居るんだ?」
見つかりたくないものを隠す場所上位に女が居れば死体か何かではないかと思われるのではないかなどと考えながら、ベッドの下の玻璃を引きずり出す。
「居心地が良かったのに」
「暗くて狭くて硬いところが?」
「うん」
半分くらい引きずり出したところで、玻璃は何かを蹴飛ばして這い出て来た。
「おい、今何蹴った?」
ベッドの下はこいつが隠れるから何も置いていなかったはずだ。
「あ、忘れてた」
「なんだよ」
「マスターからのプレゼント」
玻璃がそう言ったかと思うと顔面に勢い欲甘ったるい匂いのするべたつく何かをぶつけられた。
「……てっめぇ……いきなり何しやがる!」
「マスターが全力で顔面にぶつけるのがハデス流の祝い方だからそうしてあげなさいって」
「は?」
一体どこでそんな間違った知識を仕入れたんだ?
いや、確実に嫌がらせだろうが。
「アラストル、お誕生日でしょう?」
「だからと言ってティラミスを人の顔にぶつけるな」
傍にあった布を拾い上げ顔を拭く。
最悪なことにそれは毛布だった。
「あー……洗濯屋に持っていかねぇとな……」
あのセシリオ・アゲロと言う男はどうしても地味な嫌がらせをしたいらしい。
近頃はルシファーのところにも顔を出すということを聞いたような聞かないような。
「あ、ルシファーにありがとうって言っておいて」
「何が?」
「マスターがこの前お土産持ってきたの。ルシファーからって。苺みたいに真っ赤な石」
「……それ、ルシファーが無いと騒いでたルビーじゃねぇか?」
やっぱりあいつの仕業か。
「お前のとこのマスターに二度と来るなと伝えてくれ。来る度に金目のものが消えていくんだよ」
迷惑な奴だ。
溜息が出る。
「綺麗だったよ」
「だろうな。リリムに指輪にでもして贈ろうと考えていた入手したばかりの最上の石だからな。お蔭でうちのアジトの前を通った一般人が十人ほど炭になった」
歩く公害どもめ。
「これ、瑠璃から」
「ん?」
「呪われた剣。剣士にはぴったりって」
入手ルートがすげぇ気になる。
「持った奴が全員死ぬだか、どんなに拭っても綺麗にならないとかいう剣だろう?」
「うん。アラストルにって」
「いらねぇ。むしろ捨てろ」
なんでこいつは持ってて平気なんだよ。
「お前は呪詛向こうとかそういうのがあるのか?」
「存在自体が呪詛だから」
「は?」
「呪詛から生まれたから」
これは日ノ本ジョークか?
日ノ本人は良くわからないことを言う。
「笑うポイントはどこだ?」
「そんなの無い」
「は?」
「場の空気をぶち壊す」
理解できない。
「で、朔夜からはこれ」
「……今度は呪いの盾とかいわねぇよな?」
恐る恐る包みを解く。
そういえば、瑠璃は梱包さえしていなかった。
「……絵本?」
タイトルは『クレッシェンテ名作集』。
「思いっきり子供向け絵本じゃねぇか……」
ダメだ。
ディアーナの連中は地味な嫌がらせをしたくてうずうずしているらしい。
「あとね、アンバーとジャスパーからも預かってるよ」
そう言って渡されたのは食虫植物といかにも毒々しい料理だった。
「……もうねぇよな?」
「あるよ」
絶望的だ。
次に何かを開けたら毒ガスが発生するか爆発でも起きるのではないかと思う。
「私からはこれ」
「ん?」
可愛らしくリボンを付けられた外見に惑わされてはいけないと思いつつも開く。
一枚の絵。
「……リリアン?」
「この時期になると毎日夢に出てくる」
玻璃は少しだけ不機嫌そうにそう言う。
「シルバは来てくれないのにリリアンばっかり来る」
もう、忘れかけていたかもしれない妹の顔が鮮明に描かれている。
「お前、クレッシェンテ一の天才画家だよ」
「殺し屋よ?」
「画家のほうが上手くやっていける」
「そうかしら?」
玻璃はどうでもよさそうに窓の外を見た。
「シルバの顔、もう思い出せないの」
「……ああ」
「ずっとアラストルに似てるって思ってた」
「ああ」
「なんだか、思い出せるのはアラストルの顔ばかりで、シルバの顔、ちゃんと思い出せないって思い始めた」
それは似すぎているせいなのか、記憶が薄れているからなのか……。
「お前の描いたリリアンを見れば、本当にお前とリリアンは良く似ていると思う。けど、雰囲気が違う」
「それは私もそう思う」
「ほぅ」
「シルバはね、いたずらっ子の顔でマスターにも悪戯仕掛けてたから」
怖いもの知らずの奴だ。
「リリアンはお前よりは器用だった」
「……殺しより繊細な作業は出来ないの」
不機嫌そうに玻璃は言う。
「言い忘れていたわ」
「難だ?」
「お誕生日、おめでとう。だったかしら? リリアンが」
「ああ。ありがとう」
もう、会えない。
そう思っていた妹に、もう一度会えた気がする。
けれど、それは結局は幻影。
今日と言う日は二度と来ないように、目の前の玻璃がリリアンに変わることは無い。
「玻璃、飯食って行くか?」
「うん」
「相変わらず遠慮がねぇやつだな」
「アラストルのご飯美味しいから好き」
「ん、そうか?」
「うん。マスターみたいに毒を混ぜないもの」
そう言う玻璃に思わず溜息が出た。
「毎日じゃないの。抜き打ちで毒が混ざったのが来るの。食器が変色する前に気付かなかったらその日はご飯がもらえないの」
どんな修行法だよと呆れずには居られない。
「お前の部下とかはどうなんだ?」
「弱い毒を飲まされたりする。だって、慣れないと大変でしょう?」
「つくづくディアーナに行かなくて良かったと思うぜ」
身寄りの無い子供ばかりが集まるというディアーナは歪んだ人間ばかりがそろっているような気がしてならない。
「アラストルはハデスに居るのが良いと思うの?」
「ああ」
「ふぅん」
玻璃はどうでもよさそうな返事をする。
「でも、私はマスターに出会えて幸せ。だって、マスターが居なかったらきっとアラストルには出会えなかった」
「……まぁ、そうだな」
全ては必然とでもいうのだろう。
「俺も、ナルチーゾ生まれでよかった」
「どうして?」
「ナルチーゾに生まれていなければルシファーには出会わなかったし、剣士でも無かった」
人間と言うのは生まれた時から既に人生が決まっているのかもしれない。
なんて思えるから不思議だ。
「前にね、蘭が言ってた」
「ん?」
「出会った全ての人が運命の人なんだって。だから、アラストルも私の運命の人」
玻璃はどこか嬉しそうに笑った。
「まぁ、否定は出来ないな」
運命の人なんて言い方は大げさかもしれないが、確かに玻璃は『運命の人』だ。
「繰り返すばかりの退屈な人生を変えたって意味では運命かもな」
「難しいと解らない」
「ほぅ? お前が言い出したんだろう」
「アラストルは直ぐに難しくする。もっと簡単に考えないと」
そう言って玻璃は考え込む。
まだまだ子供だ。
だが、こいつが居るから人生に変化があるのだと思うと、今日くらいは少し手の込んだものを作ってやってもいい気がして、いつもより少しばかり気合が入った。




