退屈
2011.01.02(ウラーノ誕生日小説)
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クレッシェンテ王都ムゲットから少しばかり北に外れた地ナルチーゾ。
ここを治めるはナルチーゾ伯だった。
ナルチーゾ伯爵邸は美しく豊かな薔薇園に囲まれた古城、この古城はステーラと呼ばれている。
中には絢爛豪華な調度品に美しい召使い達がおり、全てが麗しい城主、ウラーノ・ナルチーゾ伯のもの。そう、城下では囁かれている。
彼は大変民から慕われる城主であり彼もまた、ナルチーゾを愛してる。
そんなナルチーゾの特産品は葡萄と薔薇、それに伴いワインと香水は他国にも知れ渡る素晴らしいものが作られる土地だ。
一見、悩み事など無いように思われるナルチーゾ伯だが、彼には深刻な、彼にとっては深刻な悩みがあった。
「ああ、退屈だ……」
思えばもう一週間も誰とも会話を交わしていない。
ウラーノは深い溜め息を吐いた。
特に客人も来ないこの地で、使用人たちも姿を見せない。彼らは姿さえ見せずにただ黙々と仕事をこなしている。
それに不満は無い。だが、どことなく寂しさを感じる。
「セシリオもスペードも顔を見せないなんて薄情な奴らだ。仕方ない。私から呼び出そう」
ウラーノはダイヤルを回す。
最近発明されたばかりの魔動式電話機はまさに科学と魔術の融合とも言える品だ。
中に入っている魔女の石が動力源なのだ。いかにもクレッシェンテらしい品だ。
「スペード、退屈だよ」
『知りませんよ、そんなこと』
「薄情だね」
『僕は忙しい』
「友人が退屈で死にそうだと言うときにそんなことを言うのかい?」
『なら死になさい』
電話は切られた。
「全く、薄情な奴だ。こうなったらセシリオだね」
再び電話を回す。
『誰?』
電話越しの声は予想していた男のものではなく、幼さを感じる少女の声だった。
「ウラーノと申します。セシリオはいるかな?」
『マスター? マスターはいないよ』
「そう、なら君でもいいや。名前をお訊ねしても?」
『オタズネ?』
「あー、名前を訊いてもいいかな?」
『玻璃』
少女は静かに答える。
「退屈なんだ。少し相手をしてくれないかな?」
『なに?』
「なんでもいいよ」
どうやら彼女も乗り気のようだ。
恐らくは退屈していたのだろう。
「ナルチーゾに来てくれないかな?」
交通費はあとであげるよと告げれば彼女はうんと頷いた様子で電話を切った。
砂時計を三回程ひっくり返した頃、伯爵が待ちわびていた客人が来た。
「来たよ」
「いらっしゃい」
ナルチーゾ伯は上機嫌で玻璃を出迎えた。
「で? 何をするの?」
「お茶でもどうかな? 君はコーヒー派? それとも紅茶かな?」
好きなのを用意するよと告げれば、彼女はココアと答える。
仕方ないので彼はメイドにココアと紅茶と茶菓子を頼むことにした。
「君はセシリオのところで何をしてるの?」
「仕事」
「何の仕事かな?」
ウラーノは完全に子供に話しかけるような玻璃に話しかける。
玻璃は少しムッとした様子で答える。
「主に殺し」
「へぇ、人は見かけによらないね」
ウラーノは少しだけ驚いていた。
てっきりメイドか何かだと思っていたが、そういえばセシリオはメイドを雇わない程には用心深い男だったと思い出す。
「今日は休み?」
「うん」
「普段は何してるの?」
「絵を描いているわ」
「へぇ、何を描くんだい?」
「なんでも」
ウラーノは表情の変わらない玻璃をじっと見ていた。
出会ったばかりの頃のセシリオに似ていると感じた。
「今度私の肖像画を描いて貰えないかな?」
「いいよ」
ウラーノは出会ったばかりのこの少女をもっと知りたいと思った。
声なく、気配もなく、いつの間にかテーブルにカップと皿が並べられている。
「何?」
玻璃は警戒した様子で辺りを見回した。
「うちの使用人はみんなシャイなんだよ。仕事は優秀だから安心してくれ」
「……落ち着かない」
玻璃の言葉に彼は笑う。
「セシリオと同じことを言うね」
「えっ?」
「私の友人たちは使用人達が気配を消すのが落ち着かないと言ってなかなかここに寄り付かない」
ウラーノが言うと玻璃は納得したように頷く。
「どうして気配を消すの?」
「お客様に気を使ってるんじゃないかな? まぁ私も執事以外の顔を見たことがないのだけどね」
彼は豪快に笑った。
「むしろ客人を不快にすると思う」
「そう? だけど、退職させようにも姿が見えないからねぇ」
ウラーノにはどうでもいいことだ。
「美味しい」
唐突に玻璃が言う。
「それは良かった。ナルチーゾ自慢の蜂蜜を使ってるんだ」
「蜂蜜?」
「まだムゲットには出荷してないがナルチーゾじゃちょっとした名物だ」
「ふぅん」
「良かったら持って行くかい?」
「いいの?」
途端に玻璃は目を輝かせる。
「じゃあ土産に包ませよう」
うまくいけば次はセシリオも来るかもしれないと彼は期待していた。
たまには友人の顔が見たい。だけどもあまり領土を空けるわけにもいかないのだ。
「ねぇ」
「なんだい?」
「今度、他の人連れてきても良い?」
「他の人?」
ウラーノはしめたと思ったことを必死に隠しながら訊ねる。
「アラストルと一緒に」
「アラストル?」
どこかで聞いたことのある名だったが期待はずれだ。
「アラストル・マングスタ」
「ああ」
思い出した。たしか剣士だった。ここらじゃ名のしれた彼かとウラーノは考える。
「丁度一度会ってみたいと思っていたんだ。大歓迎だよ」
本当はそれほど興味は無いが、この退屈な地に客人が来ると思えばそれだけで満足だ。
「アラストルはナルチーゾ出身なんだよ」
「ああ、それで?」
「凄くいい人」
「ナルチーゾ出身に悪いヤツなんていないさ」
クレッシェンテらしからぬ表現をナルチーゾ伯は自信たっぷりに口に出す。
「あなたのことだったのね」
「何が?」
「ナルチーゾ」
「ああ、ナルチーゾさ」
ナルチーゾは酷い自惚れ屋のことを指すとセシリオ・アゲロに教えられていた玻璃は、彼がその語源となった人物ではないかと確信した。
「ウラーノ」
突然声が響いた。
「やぁ、セシリオ」
「僕の可愛い娘を誘拐とは良い度胸ですね」
「誘拐とは人聞き悪い。玻璃は自主的に来てくれたんだ。ねぇ? 玻璃」
「うん」
玻璃は静かに頷いた。
「遊びにおいでって」
「玻璃、知らない人に誘われても言ってはいけないと言いませんでしたか?」
「もう知らない人じゃないさ。ねぇ、玻璃?」
「うん」
セシリオは深い溜息を吐いた。
「帰りますよ。仕事です」
「はい」
玻璃は立ち上がる。
「あ、蜂蜜……」
玻璃は一度ウラーノを見た。
「ああ、持って行きなよ」
いつの間にかテーブルに用意された蜂蜜。
「ありがとう」
「いや、構わないよ。またいつでもおいで」
「うん」
嬉しそうに笑う玻璃に、セシリオは溜息を吐いた。
「もういいでしょう? 今日は忙しいですよ」
「大丈夫。瑠璃は?」
「もう他の任務に出ています。朔夜もです。さぁ、玻璃、これからオルテーンシアに行きますよ」
「はい。ウラーノ、またね」
「ああ、また。セシリオもたまには遊びにおいでよ」
ウラーノはセシリオを引き止める。
「僕は、貴方とは違って忙しいんです」
そう言って、セシリオは玻璃の手を引いて城を後にした。
「つれないな」
ウラーノは呟く。
「ねぇ、誰か居ないの? 凄く、退屈だよ」
返事は無い。
また、広すぎるステーラで、一人過ごす日々が始まる。
長すぎる退屈に、ウラーノは自分の生を呪いたくなった。




