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スリルを求めて

2010.06.09 スペード・J・A誕生日小説



「やぁスペード」

 カトラスAことスペード・J・Aが久方ぶりに酒場に足を踏み入れると忌々しい声が聞こえたような気がした。


「珍しいですね、ウラーノ」

「そうでもないよ。最近はね。ナルチーゾも安泰だからね」

 ウラーノ・ナルチーゾは笑う。

「ナルチーゾが安泰?」

「勿論、この私が治めているのだから」

 くすくすと笑うウラーノは少しばかり酔っているような雰囲気だった。

「珍しい、貴方が僕やセシリオより先に酔うなど」

「たまにはそんな日もあるよ。さぁ、今日は飛び切り上等な酒を用意させた。スペード、君も楽しみたまえ」

「遠慮なく。貴方がここまで羽振りが良いとは……貿易で巧く騙せたのですか?」

「それもあるけど……今日は特別だからね」

「特別?」

 スペードが訊ねるとウラーノは笑う。

「ああ、特別だよ。今日はセシリオも揃う。話はそれからにしよう」

 スペードは気に喰わないと思った。


 この空間に僕の知らない何かがある。

 その事実がどこか許せないものに感じたのだ。


「おや、スペード、もう着いていたのですか」

 親しげにそう言うのはセシリオ・アゲロ。

「セシリオ、もうとはどういう意味ですか?」

「ウラーノの招待でしょう?」

 そう言ってセシリオは断りも無く二人の間に座って酒瓶の中身をグラスに注ぐ。

「今日は特別だからね」

「ええ」

 ウラーノとセシリオが目配せするの見てスペードはますます訳がわからなくなった。



「それで? 何が特別なんですか?」

「何がって」

「忘れているのかい?」

「何を?」

 彼は苛立った様子で訊ね返した。

「ふふっ、僕の勝ちですね、ウラーノ」

「くすっ、君には敵わないなぁ。化け物」

 笑顔で暴言を吐くウラーノにセシリオは機嫌よさそうに笑った。

「何とでも言いなさい。今夜は特別です。なにせ僕の悪友の誕生日だ。で? いくつになったんですか? 化け物」

「誕生日……ああ、今更歳を数えても仕方ないでしょうに。二百を過ぎてから数えるのをやめましたよ」

「本当に化け物だね。君たちは」

 ウラーノは呆れたように言う。

「貴方だって化け物でしょう? 刺しても斬っても爆破しても死なないのですから」

「私にそんなことをするのはセシリオだけだよ」

 彼は涼しい顔で笑う。

「全く、この国には化け物しか居ないのですか?」

「当たりでしょう? なにせ闇の王の国です。普通の人間が居る筈無い。いや、いたところですぐに死にますよ。この国では」

 二人は全く同感だと頷く。


「誕生日を祝ってくれるのはありがたいのですが……祝いの席に男ばかりと言うのはどうでしょう?」

「何です? また悪い癖でも出ましたか?」

 おどけて訊ねるセシリオにスペードはハハンと笑う。

「どうせ祝ってくださるのでしたらビアンコ・カァーネでも呼んで下さい」

「ビアンコ・カァーネ? ああ、ミカエラのことですか」

「ご存知なんですか?」

「ええ、うちの娘がたまに話すんですよ。もっとも、彼女のことは嫌いだといっていましたが」

 二人揃ってとセシリオが告げればウラーノだけが理解できないと言う顔をする。

「そのビアンコ・カァーネって言うのは噂の看守かい? 随分若く出世したって宮廷騎士団長ユリウスと並んで噂の」

「ええ、尤も彼女はあんな男とは違って美人です。それに頭も悪くない。少々勝ち気過ぎる気もしますがそこもまた魅力的です」

「恋、かな?」

「恋、ですか?」

 からかう気満々といった空気を醸し出す二人をスペードは鼻で笑って一蹴した。

「貴方達はそんな低俗な話しか出来ないのですか?」

「いや、君が女性を魅力的だなんていうからね」

「そういう台詞は詐欺の最中だけかと思いました」

「僕だってたまには人を誉めますよ。彼女をからかうのはまさに命懸け。その絶妙なスリルを楽しみたい」

 スペードはうっとりとした様子でそう言う。


「変態だ」

「変態ですね」

「何とでも言いなさい。ところでセシリオはどう祝ってくれるのですか?」

 ウラーノは良い酒を用意してくれましたと告げるとセシリオは笑う。

「取って置きを用意してありますから安心してください。おっと、僕はそろそろ失礼します。これから仕事なんです」

「珍しい。君が自ら動くほどの仕事かい?」

「いえ、でも、僕の可愛い奥さんの頼みですから断れませんでした」

 そう言ってセシリオは酒場を後にする。


「あ、また私に勘定を押し付けたね。まぁ、構わないが……」

「あれから回収するのは骨が折れます。なにせがめつさもクレッシェンテ1ですからね。あの男は」

「ああ」

 ウラーノが溜息をついたと同時に酒場の扉が勢いよく開けられた。



「スペード・J・A、君を逮捕するよ」


 宮廷騎士団長ユリウスが手錠を構えてスペードに歩み寄る。


「まさか、とは思いますが、セシリオの言っていた取って置きとは……」

「彼のことだろうね。まぁ貴重なんじゃないかい? 宮廷騎士団長ユリウス殿じきじきにいらっしゃるとは」

「誰がユリウスだって? 僕のことはジルって呼びなよ」

「噂通りの方だ」

 ウラーノは溜息を吐いた。


「まぁ、これはこれで楽しめそうですね」

「君にそんな余裕あるの?」

 スペードが立ち上がると、ジルは後ろに着く。

「僕もこれで失礼します。勘定はお願いしますよ」

「ああ、構わないよ。楽しんでおいで」

「さて、ミカエラほどには楽しめなさそうですが……生と死の境界線を味わってくることにしましょう」

 そう言ったかと思うとゆらりとスペードは消えた。

「なに?」

 追うように慌てて酒場を出るジル。


 その様子をウラーノ・ナルチーゾただ一人が楽しそうに見つめていた。

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