宮廷騎士団の噂
2010.05.05 ジル誕生日小説
貴方は私の所有物的な。
その日は珍しく晴れていて、宮廷騎士団長ユリウスことジルは上機嫌だった。
普段ならば絶対宮廷庭園で子供たちと遊んだりなんてしない彼が、むしろ子供たちを「邪魔者」とみなす彼が、珍しくも子供たちが遊んでいて飛んできたボールを投げ返してやる程機嫌が良かったのだ。
彼が上機嫌なことには理由がある。
第一に、今日はクレッシェンテには珍しい、雲一つない快晴なのだ。
第二に、いや、これが最も大きな理由であろう。
今日は珍しく、それこそ天変地異の前触れかと思わせるほど珍しく、瑠璃から今日を指定して会えないかと言ってきたのだ。
「よぅ!待たせたな」
何時も通り、脚を見せ過ぎだと言いたくなる程に短いショートパンツを穿いた瑠璃が手を挙げて挨拶をする。
その隣には普段の彼女には似つかわしくない大きなバスケットを持った玻璃が居た。
「来ちゃった」
「よく来たね。玻璃、部屋においでよ。適当に何か甘いものでも用意させるから。瑠璃はコーヒーで良いよね?」
「あ、ああ…」
瑠璃は驚いてジルを見た。
「どうかしたの?」
「いや、お前にしてはよく話すと思ってな」
「そう? 天気が良いからかな?」
ジルが笑う。
それを玻璃はじっと見ていた。
「ジル」
「何?」
「これ」
玻璃はそれ以上は言わずバスケットを渡す。
「なんだい?」
「受け取ってやれ。玻璃のやつ、昨日の晩から朔夜にどやされ、マスターを危うく殺しかけながらも頑張ったんだ」
瑠璃がそう言うのでジルはバスケットを見つめた。
正直、そのバスケットを開けるのにはかなりの勇気が必要だった。
「……パイ?」
「ああ、生地がなかなか焼けなくてな。ついでに玻璃は小麦粉と片栗粉を間違えたり塩と砂糖を間違えたり大変だったぞ? 挙げ句の果てに、火力が弱いとか言って火薬を持ち出して朔夜から愛の一撃を貰っていたな」
「へぇ、ありがとう、玻璃」
ジルがは玻璃の頭を撫でると玻璃は嬉しそうに目を細めた。
「急にどうしたんだい?」
彼は瑠璃に訊ねた。
「お前、誕生日だろ? 玻璃がいつも世話になってるから礼をしたいってさ」
「ふぅん、君と違って律義だね。玻璃は」
「悪かったな。律義じゃなくてさ」
「悪いとは言ってないよ。あ、そこの君、飲み物を持ってきてよ。コーヒーと、彼女にはココアを」
ジルは前が見えないほど山積みの書物を抱えた女性にそう指示し、再び瑠璃を見る。
「お前なぁ…彼女はいかにも忙しそうだっただろう?」
「気にしなくて良いよ。僕の部下にしては暇な方だから。いや、彼女は要領が良い。書類仕事を唯一まともにこなせる貴重な人材だ」
「なら尚更…」
「瑠璃、ペネルは働くのが好きなんだよ」
そう、玻璃が言うと、飲み物の乗ったトレイを持った彼女が追いついたようだった。
「珍しい、早かったね」
「ミカエラ看守官が玻璃様のお姿をご覧になられたようで飲み物をご用意してくださっていました」
「ふぅん、カァーネがねぇ」
ジルは少しばかり不服そうに言う。
「野心家のカァーネのことだ。毒でも入っているんじゃないかい?」
「流石にそれはないかと。玻璃様もいらっしゃることですし」
そう言う彼女に瑠璃は苦笑する。
「お前、ビアンコ・カァーネにまで気に入られて居るんだな」
「別に…嬉しくないもん。あの人苦手」
そう言いつつも、玻璃はカァーネの用意したココアに口を付ける。
「……美味しい」
驚いた表情で言う玻璃に瑠璃は豪快に笑った。
「良かったな、玻璃」
「アラストルの方が美味しく作ってくれるもん」
「変な対抗するなよ」
瑠璃が軽く小突くと玻璃は不機嫌そうに頬を膨らませる。
ぺネルが礼をしてジルの部屋を出て行くと、ジルは黙って瑠璃を見つめた。
「なんだよ?」
「瑠璃は、祝ってくれないわけ?」
「お前な…29にもなって誕生日祝われて楽しいか?三十路に片足突っ込んでるだろ」
「そう言う瑠璃だってすぐだよ」
「うるせぇ」
そう言って瑠璃は小さな箱を投げつける。
ジルは見事に片手で受け止めた。
「何?」
「ピアスだよ。作りすぎたからやる」
「へぇ、手作りなんだ」
「瑠璃はアクセサリー作るの好きなんだよ」
ね? と玻璃は瑠璃を見上げると、瑠璃はふいと顔を逸らした。
「ほら、玻璃、帰るぞ。そろそろマスターの機嫌を損ねる」
「え? もう? まだジルと遊んでない」
「今日は遊びに来たんじゃないだろ?」
瑠璃は一気にコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「……また来る」
それだけ言って瑠璃は窓から飛び出した。
「あ、瑠璃…ジル、またね」
「ああ」
玻璃もまた窓から外に出て、ジルに手を振ってそれから少し駆け足で瑠璃を追った。
その日、宮廷騎士団長ユリウスは、生まれて初めてピアスを開けた。
そして、看守官ミカエラに「似合わない」という一言を貰ったのにも関わらず、彼の機嫌は崩れなかったと、宮廷騎士団の中で怪談の如く語り継がれたことは言うまでも無い。




