残像と共に
2010.3.13(アラストルの誕生日小説)
仕事を終えたアラストルは少しばかり不機嫌な様子で、薄暗い自宅のアパートへと戻った。
誰も居ないその部屋はただ、暗闇と静寂に包まれている。
アラストルが明かりをつけると、テーブルの上に朝は無かった包みがあった。
「ん?」
丁寧にラッピングされた包みに、小さなカードが添えてある。
【アラストルへ】
と子供のようなたどたどしい文字が並んでいる。
「玻璃の仕業か…」
あいつも可愛いとこあるじゃねぇかなどと思いながら包みを開く。
「うわっ」
中から何かが飛び出してきた。
「…玩具の蛇?」
ガキかよとアラストルが呆れていると、笑い声が響く。
「ひっかかった」
「…無表情で言うな。って、こんなくだらねぇことしに来たのかぁ?」
確かに好きなときに来ていいとは言ったが悪戯を仕掛けても良いとは一言も言っていないと彼は言う。
「驚いた?」
「ああ、驚いたよ。まさかこんな幼稚なことする奴が本当に居ることにな」
アラストルはため息を吐く。
「ジルと一緒に作ったんだよ」
「無駄に手の込んだことしてるな…」
「だって、アラストルいっつもつまらなそうな顔してるってリリムが言ってたから」
そう言う玻璃に、良く悪戯を仕掛けてきたリリアンの姿が重なる。
「そういやリリムとも仲が良いんだったな」
「別に…だってリリムは私のこといっつも『リリアン』って呼ぶもん。嫌い」
「そう言うな。あいつは記憶が無いんだから」
正確には記憶が持たないと彼は言う。
「知ってる。でも、時々頭を撫でてくれるのは嫌いじゃない」
リリムの手、柔らかくてあったかいんだよと玻璃が言うのを見てアラストルは微かに微笑む。
「良かったな」
「うん」
玻璃は身体ばかりが成長した子供なんじゃないかとアラストルは考えていた。
それはあながち間違いでは無いようだ。
子ども扱いされるのは嫌いなくせに、子供と同じ扱いであしらえる。
「あ、これ」
玻璃が新しい包みを差し出す。
「またびっくり箱か?」
「違う。えっと、なんだっけ…そう、プレゼント」
玻璃は『プレゼント』という単語を導き出すまでかなりの時間を掛けた。
おそらくは玻璃には縁の無い単語だったのだろう。
「ん? 何だよ」
「あけて」
玻璃に言われるまま、彼が箱を開く。
「…この時期にセーターかよ」
「お兄ちゃんにってリリアンが」
「はぁ?」
玻璃の言葉にアラストルはワケが分からないという顔をする。
「この前からよく夢に出てきて『お兄ちゃんにあげたいものがある』って言って、編みかけのそれがある場所を教えてくれた」
編みかけのそれとはセーターのことだろう。
「良く見つけれたな」
「うん。古い家。取り壊しの寸前だった」
その言葉にアラストルは頷く。
五年前に既に無人になったその建物はもう既に跡形も無いのだろう。
「編み物…したこと無かったからリリムに教えてもらって続きから作ったの…その…リリアンの場所と違って私の編んだ場所は下手だけど…取り合えず渡したから」
玻璃がかすかに恥ずかしそうなしぐさを見せたのでアラストルは驚いた。
こいつもこういうところがあったのかと。
「いや、良く出来てる。ありがとな」
そう、玻璃の頭を撫でると、玻璃は嬉しそうに笑う。
「あとね、朔夜に教えてもらって作ったケーキもあるの」
「…お前が作ったのか?」
玻璃の言葉に恐怖を覚える。
たしかこいつは炭化物しか生産できなかったはずだと。
「……いらないなら生ゴミに出しといて。お使いがあるから帰るわ」
「いや、冗談だ」
慌てて言うが、玻璃は既に窓を開いていた。
「窓から出るなといつも言ってるだろう」
「窓からのほうが近いから。スペード・J・Aにさっきのと同じびっくり箱を届けろってジルに言われたから」
「……止めとけ…殺されるぞ」
「平気よ。この顔では行かないから」
「はぁ?」
玻璃を見ると、かつらと化粧道具を手にしているようだった。
「姉の顔で行けば騙されると思う。昔よく入れ替わって遊んでたの。気付けたのはマスターと朔夜とシルバだけだったよ」
玻璃はそう言って笑うが、あの双子はもう既に全くと言っていいほど似ていないと彼は思った。
「玻璃、折角だからゆっくりしてけよ」
彼がそう言うと、玻璃は驚いたという表情をしてみせる。
「迷惑、じゃない?」
「ああ。折角だからお前の自信作、一緒に食うか?」
アラストルが笑いかけると、玻璃は嬉しそうに大きく頷く。
「昔ね、瑠璃と一緒にケーキ作ってシルバにあげたことあるんだ」
「ほぅ」
「でも、上手く出来なくてすっごく苦かった」
だろうなと思ったが、口には出さない。
それでも双子が料理が下手なことは考えなくてもよくわかる。
「でも、シルバは笑って『美味しいよ』って言ってくれたの」
「そりゃあ可愛い妹たちが作ったものなら何でも美味いと感じるさ」
アラストルが笑うと、玻璃は少し複雑そうな表情をする。
アラストルが覚悟を決めて、ケーキが入っているという箱を開けると、中には想像していたよりはずっとマシな、いや、それ以上に美味しそうなケーキが入っていた。
「生地がなかなか出来なくて五回も失敗しちゃった」
「いや、美味くできてるんじゃねぇか? ってか無駄にデコレーションに凝ってるのはお前の仕業か?」
フルーツのトッピングとチョコレートのラインは一種の芸術だった。
「食品じゃなかったらもう少し綺麗に出来たと思う」
「そうか」
唯一残念なことは玻璃の文字が他のデコレーションにふさわしくないほど歪んでいることだろうか。
「あ」
「どうした?」
彼が訊ねると、玻璃は言い忘れていたことがあると言い出した。
「お兄ちゃん、お誕生日おめでとう」
玻璃が柔らかく笑って言うと、アラストルは固まった。
「リリアンからの伝言だよ?」
「あ、ああ…わざわざ悪いな」
「別に…私も嬉しいから」
アラストルは驚く。
「シルバの誕生日も一緒にお祝いできたみたい」
そう、嬉しそうに言う玻璃の頭を撫でる。
「今度お前の誕生日も祝ってやるよ」
「要らない。アラストルが時々遊んでくれればそれでいいから」
「ガキは大人の言うこと聞けよ」
「ガキじゃないもん、三十路」
「うっ…」
「オジサン、三十三歳」
「言うな!」
くすくすと笑い出す玻璃につられ、アラストルも笑う。
玻璃と一緒に、悪戯っ子な妹も笑っているような気がした。