好きだから
「ねぇ、どこ行くの?」
ジルが鎖を引く。
途端に手首に激痛が走り、瑠璃は苦痛に顔を顰める。
「ジル、だから、そういうの止めろって言ってるだろ?」
苛々としながら瑠璃が言うと、彼は彼女の言葉を聞かずに、もう一度言う。
「どこ行くの?」
「家に帰る」
「家、あったんだ」
ジルが言うと、瑠璃はため息を吐く。
「…お前、さ、私のことなんだと思ってるんだ?」
「さぁね」
「私はリヴォルタじゃない。分かったらさっさとこの手錠外せ」
「嫌だ。だって、外したら瑠璃逃げるでしょ?」
「当然だ」
瑠璃は苛立っていた。
なぜこいつに見つかる度に様々な拘束具で拘束されなくてはいけないのだと。
今日、こいつに会ってしまったことが不運の始まりだと。
「これから大事な取引があるんだ」
「取引?」
「ああ、何とかカトラスAと接触できた。上手くいけばリヴォルタの情報も入る」
「カトラスA?」
『カトラスA』の名を聞いた瞬間ジルは不機嫌そうな表情で、瑠璃の手首を強く握る。
「痛っ、放せ!この野郎!」
蹴りを入れようともがく瑠璃の手首はきしきしと音を立て始める。
「痛いって!」
「痛くしてるからね。で? なんでカトラスAなんかと君が会わなきゃいけないのさ。君なら部下がたくさん居るだろう?」
「カトラスAがどんな奴か見てみたいんだよ。上手くいけばそいつを殺す任務が貰えるかもしれない」
実のところ瑠璃の所属するディアーナも、カトラスAを信用しては居なかった。
むしろ彼は国中の敵だ。
それでも優秀さ故に彼に近づこうとする者も多い。
「カトラスAは僕の獲物だよ。手を出さないで」
「嫌だね。私だって戦士だ。戦いたくてうずうずしている」
「それにあんな男に君を見せたくない」
「生憎私は『風』だ。一つの場所には留まらない」
瑠璃はそう言ってジルを蹴飛ばし、ことんと音を立て、手錠を外す。
「お前には迷惑してるよ。いっつも拘束具使いやがって…なんか恨みでもあるのか?」
「ないよ」
ジルは静かに言う。
「じゃあ、何で私ばかり集中的にお前の拘束具の被害にあわなきゃいけないんだ?」
瑠璃が不機嫌そうに言うとジルは静かに言う。
「好き、だから」
「は?」
「君が好きだから、どこにも行って欲しくない。ずっとそばに居てほしい」
ジルにとってそれは精一杯の素直な気持ちだった。
「生憎だが、私は束縛が嫌いでね」
そう言って瑠璃は窓枠に乗る。
「だけど、お前のことは、嫌いじゃないぜ?」
そう言って窓から飛び出す。
「またな!」
風に乗って瑠璃の声が響く。
なぜそんなことを言ったのか、彼女自身にも分からないが、それが凄く大切なことのように思えた。