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全てが止まってしまう瞬間。

クレッシェンテ語講座?

「ラウレル」=「病院」

 どうして突然消えてしまったの?

 手のひらの温もりはもう、薄れてしまったの……。





「朔夜、ごめん」

「謝らないで。ヴァレフォール」

 朔夜の頬を涙が伝う。

「泣かないでよ」

「ええ」

 頬に触れた優しい手が温かい。

 ヴァレフォール・ルーポはクレッシェンテでは少しばかり名の知れた魔術師であった。

 空色の髪と瞳を持つ彼は今、床に伏している。

「大丈夫、明日にはまた仕事に戻れる」

「でも…」

「朔夜が笑ってくれたらもっと早く元気になれると思うよ」

 そう言って笑ったのはヴァレフォール。

「まぁ、ヴァレフォールったら」

 朔夜もつられて笑う。


 だけども、朔夜は知っていた。

 もう、ヴァレフォールの命は長くないと。


「朔夜、そろそろ戻りなよ。君の怖いボスが待ってるよ」

「あら?貴方のボスはどうなの?」

「ディアーナの幹部を部屋に入れるなってかんかんだったよ。この前も。まぁ、知ったことじゃないけどね」

 彼がおどけて笑うと、朔夜は困ったように笑う。

「ヴァレフォール」

「なんだい?」

「どうしてディアーナとハデスは相容れないのかしら」

 朔夜が言うと、ヴァレフォールは微かに俯く。

「知らない。僕には関係の無い話だ。ボスがそうだから部下は従う。それだけだよ。僕個人としては君個人のことは嫌いじゃない。だけども、ハデス幹部としてはディアーナ幹部との接触は極力避けなければならない」

「……そう、ね…今日はもう戻るわ」

「ああ、それと、もう来ちゃだめだよ」

「……ええ。解ったわ」


 今日はたまたま、雨の中倒れたヴァレフォールを連れてきただけだった。




「ディアーナとハデス…月の女神と冥府の神は相容れないのかしら?」

 朔夜は呟く。

 この神の居ない国クレッシェンテで神の名を持つ二つの組織。

やることはどちらも同じ。だけども、マスター、セシリオ・アゲロはルシファーとは相当相性が悪いらしい。そう聞くと胸が痛い。

「争いは…終わらないのかしら」

 朔夜はヴァレフォールを想う。

 彼はいつだって、『ディアーナ幹部』ではなく『朔夜』として扱ってくれた。

 初めて大聖堂で出逢ったあの日から、ずっと。





 闇だけしか作り出せないのはこの名前のせいなの?

 人を殺めることに慣れすぎてしまったのも、みんなみんなこの名のせい?






「朔夜」

「はい」

「仕事です」

「はい。本日はどのような?」

 久しぶりに回ってきた仕事に朔夜は嫌な予感がしていた。

「この男を、殺してください。ただ殺すのではなく、殺した証拠に首を持ち帰れというのが依頼主の要望です」

「はぁ…どのような人ですか?」

「ハデスの幹部らしいですよ。なんでも魔術師まがいの詐欺師だとかでかなりの損害を出された恨みで殺してほしいとの事です。まぁ、そんな事情は僕にはどうでもいいのですがね」

「解りました」

 朔夜は資料の入った封筒をセシリオから受け取る。


 部屋に戻り中を見て、朔夜は後悔した。








 朔の月と恋の行方が重なった








「朔夜、いや、レオーネか。ついに僕を殺しにきたってわけ?」

「ええ、上に逆らえないのはお互い様でしょう?」

「ああ。そうだね。僕も、全力で戦わせてもらうよ」


 朔夜が乗っていたライオンを見て、彼はすぐに気がついたのだろう。

「私は…貴方とは戦いたくなかった」

「……今更それは無しだ。決意が揺らぐといけない」

 ヴァレフォールの言葉に朔夜は泣きたくなった。

「ごめんなさい……マモン、お行き」

 マモンと呼ばれたライオンは、いつもとは違う主の声に少しばかり戸惑いながらも命令には従う。

「君は、直接戦わないのが弱点だ。眠りなさい」

 彼がライオンの額に触れてそういうと、ライオンはその場に倒れこむ。

「……やる気が無いなら、僕からやろう……幻影香、毒蝶」

「幻影香……随分良いもの持ってたのね」

「ああ、伝があるんだ」

 香は風に乗って朔夜の方へ来る。

 名の通り、幻覚を見せる香。

 ただ、その幻覚は術者が自在に操れる。

「私も…魔術師の弟子ですから…」

 朔夜がマントを翻し、香を飛ばす。

「……このまま負けたことにして帰れればどんなにいいか…」

「今更それは無しだよ。どちらかが死に、どちらかが生きる。この国はそういう場所だ」

「ええ…」

 朔夜は鞭を握る。

「君が来ないなら僕から行くよ?」

 そう言って彼もナイフを構えるが、一向に攻撃をしてくる気配は無い。



 そのまま、どれほどの時間向かい合ったか。


 雨が降りしきるそこで、ずぶ濡れになったまま、二人は向き合っていた。


「やっぱり、僕に君は殺せないみたいだ…」

「…どうして?」

「……僕は一度、君に助けられている」

 それは出逢ったあの時のことだろうか…

 朔夜は涙を流す。雨に隠れることを願いながら。

「…私も……殺せません…貴方だけは……」

 武器を握っても、身体は動かない。


 人より少しばかり人殺しが得意だからこの国で生き延びられたというのに、目の前の人物の前では途端に無力になってしまう…。


「朔夜、ごめん」

「謝らないで、ヴァレフォール」

「朔夜、逃げろ。今すぐどこか遠くに。とにかくここから離れるんだ」

「どうして?」

 朔夜はなりふり構わず泣きじゃくる。

「いいから、走れ!」

 そう叫んでヴァレフォールは朔夜を突き飛ばした。


 その刹那、銃声が響く。






 時間が止まった気がした。






 その瞬間、全てがスローモーションで、何か衝撃を受けたヴァレフォールがゆっくりと重力に負け地面に叩きつけられ、水滴が跳ねた。


「ヴァレフォール……」

 朔夜は慌てて駈け寄る。

 何が起こったか理解できなかった。

「朔夜…逃げろ……リヴォルタだ……あいつらは無差別攻撃を仕掛けてくる…君も…危ない…」

「ヴァレフォール…嫌よ! そんなこと出来ないわ。早く手当てしなくちゃ! すぐにラウレルに……」

「ダメだ…僕は今日死ぬ運命だった。はじめから決まっていた…だけど……君の手を汚させずに済んで本当に良かった……」

 それだけが気になっていたんだと彼は告げる。


「朔夜、ごめん」

「…謝らないで…謝らないでよ!!」


 朔夜が叫んでも、既にヴァレフォールには届かなかった。





 貴方が居ない私の胸は哀しみしか通らない。


 もう、何も要らない。


 だから…心をそっと凍らせましょう。






 身体ごと持ち替えるとセシリオは「首だけで良かったんですよ?」と告げたが、朔夜の耳にはそれさえも入らなかった。

 時間も心も全てが停止したようで、それで居ていまだに呼吸を続けている自分をなんとも醜いと感じた。


「朔夜?」

「……あとはお願いしても?」

「ええ」

「……少し、疲れました」

 朔夜が告げると、セシリオは「ああ、仮にもハデスの幹部ですからね」とだけ答え、退室を許可した。





 もう、逢えない…。


 私が殺してしまった…。




 焼けるような痛みが全身を襲う。




 幻で良い。

 もう一度貴方に会いたい…。


 せめて…。


 想いを告げられてたら…。





 後悔が朔夜を襲う。

 ただ、止め処なく涙が流れた。




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