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「孤独」の意味を辞書で引く。


「全く…理解できん」


 ミカエラ・カァーネは不機嫌そうに辞書を投げ捨てた。

「そもそも『寂しい』とはどのようなものだ?」

 一人が寂しい?

 それがミカエラにとっては理解できない感覚だった。


 一人で居ることに慣れすぎている。

 それがミカエラ・カァーネと言う女だった。

 仕事が恋人で嫌いなものは上司。

 世界には好きなものと嫌いなものの二つしかなく、何事も白黒はっきりつけなくては気のすまない女だった。


 特に、グレーゾーンなどに存在すると言う『人間』が彼女は嫌いだった。


 彼女自身、ビアンコ・カァーネの異名の通り、『潔白』な人間なのだ。

つまり、ビアンコ、白である。


 彼女の上司は《黒》の異名を持ちながらも気まぐれで曖昧で、彼女が嫌うものそのものだった。


「理解できん」

 そもそも『孤独』とは何か?

 ミカエラにとってそれは大きな疑問だった。


「人は生まれて死ぬまで孤独だ」

 彼女は言う。

 決して人と解り合うことなど出来ぬ、まるで孤島のようなものが人だとミカエラは考えている。

 人と人の間には広大な海があり、時々地形が変動して近づいたり離れたりする。

 それが人間関係だと彼女は信じている。


「ビアンコ・カァーネ、お悩みのようですね」

「黙れ」

 忌々しい存在に声を掛けられてしまった。

「第一貴様は何故それだけ拘束されていながら冷静で居られるのだ?」

 話しかけてきた相手、カトラスAことスペード・J・Aは重たい鎖と革のベルトで拘束され全く身動きの取れない状態で居る。

 彼は食事さえも病人がするようなチューブから摂取させられる。排泄は紙おむつだ。

 その状態で、彼は全く気を狂わせる様子も無く、窓さえないこの地下牢で、外に居るときと全く変わらぬ様子で過ごしているのだ。


「貴女ほどでは有りませんよ。ビアンコ・カァーネ」

 僕と一日中一緒に居て気が狂わないのは貴女くらいだと彼は言う。

「ふん、そこらの無能と一緒にするな!」

「ええ、解っていますよ。ミカエラ」

 彼はどこか甘さを含んだ声でそう言う。

 酒場で女にその声で話しかければ一瞬で彼の虜になってしまうのだろうと言うほど妖しい魅力のある声ではあるが、ミカエラには通用しない。

「貴様に名で呼ばれたくは無い」

「これは失礼」

 彼は悪びれも無くそういう。

「ビアンコ・カァーネ、貴女は非常に厄介な性格をしている」

「貴様にだけは言われたくないな」

 この詐欺師が。

 そう続けたい衝動を何とか抑えた。

「貴女は真っ直ぐすぎる。そして曖昧を嫌う」

「当然だ」

「全ての事態に答えが出なくては気がすまない」

「ああ」

「普通に考えれば暗示に掛かりやすいのですがね……」

 そう、スペードは溜息を吐く。

「そこらの無能とは鍛え方が違う」


 ミカエラ・カァーネと言う女性は大変負けず嫌いだった。

 若くして宮廷騎士団長の尤も信頼の置ける看守官とまで言われるのはその性格と強靭すぎる精神力のせいだろう。

 この監獄で唯一、カトラスAに太刀打ちできる精神力の持ち主なのだ。


「それで? 寂しさは理解できましたか?」

「理解できん。そもそも、何故孤独を恐れるのだ?」

 一人を恐れる。

「でしたら、また脱獄して差し上げましょうか?」

「どう答えても貴様はまた脱獄するだろうが」

「ハハッ、ばれていましたか。まぁ構いませんよ。ですが、僕が居なくなった後、貴女はどう思いますが?」

 彼は真剣にミカエラに訊ねた。


「行き場の無い怒りがまずあり、それから次はどんな拘束具にして食事の量のバランスと睡眠時間を考えるな」

「逃がさないため、ですか?」

「ああ、貴様の首を取るのは我が上司の役目らしいからな。陛下も貴様の首の斬り落とされる瞬間を楽しみになされている」

「それは残念です」

 全く残念そうではい様子のスペードにミカエラは眉をひそめる。

「貴様は何をしたい?」

「僕が居なくなることで、貴女が少しでも寂しさを感じてくださっているのではないかと期待していたのですよ」

 彼は妖しい笑みで言う。


「残念だったな。私に『寂しい』など言う感情は無い」

「いいえ、確かにありますよ」

 スペードが笑うので、ミカエラは彼の牢の唯一光の差し込む小窓を閉め、完全に遮断した。


 これで彼の顔は見えない。

 ただ、少し篭った声が聞こえるだけだ。


「無駄ですよ、ミカエラ。貴女は既に僕を必要としている」


 勝ち誇ったようなスペードの声に、ミカエラは渾身の力を込めて彼の檻を蹴った。



 地下牢に、金属の反響する嫌な音がしばらくの間鳴っていた。




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