まだ、この癖が抜けない。
「ただいま」
誰も居ない部屋に自分の声だけが反響する。
誰も居ないと知っているのに、つい、言ってしまう。
これは既に習慣だった。
もう、何百年も続く。
特に食べる必要も無いのに夕食の支度を始めてしまう。
それも二人分。
「蘭、居るか?」
珍しい客人。
「あら、瑠璃ちゃん」
「マスターが薬頼みたいってさ」
「丁度良かったわ。夕食食べていかない?」
「お、良いのか? 蘭の料理結構好きなんだよ」
彼女は嬉しそうに言う。
「ええ、作りすぎちゃったの」
変な話だと、自分でもわかっていた。
名前も思い出せない人と過ごしていた日々の習慣が今も抜けない。
誰も居ない部屋に「ただいま」と言い、食べる必要も無い食事を作ってしまう。
「そうだ、この前の面白い薬さ、また作れるか?」
「え?」
「ほら、人間が猫に代わる奴」
「ええ、でもどうして?」
「ジルにちょっと悪戯してやろうかと思って」
「まぁ」
完全に悪戯っ子の顔をしている瑠璃に、蘭は笑う。
「面白そうね。今度結果をきかせて頂戴」
「ああ。勿論さ」
昔から悪戯っ子だと思っていたけれど、やっぱり瑠璃ちゃんは変わらない。
思わず便乗してしまう私も、昔から変わっていないのかもしれない。
「なぁ」
「なぁに?」
「蘭ってさ、絶対昔悪戯して怒られてただろ」
「あら? バレた?」
怒られたというよりは、天界から追放されたんですけど。
まぁ、そんなことは言わない。
いや、言えないのだ。
「今度さ、玻璃も一緒に来ていいか?」
「ええ」
「蘭の料理、地味に美味い」
「まぁ」
昔、同じことを言っていた人が居たはずだ。
お世辞にも美味しいとは言えない、まだ下手だった料理をそう言って食べてくれた人が…
「瑠璃ちゃん」
「ん?」
「時の魔女、廃業しようかと思っているんだけど」
そう言うと、瑠璃はフォークを落とす。
「げっ…マジ?」
「冗談よ」
「心臓に悪いこと言うな」
少し怒ったような瑠璃に笑みが零れる。
「あら? 私が居ないとダメなのかしら? あなた達のマスターは」
「ああ」
どうやら人をからかう癖も抜けないみたいだ。
「脅かさないでくれ」
「ごめんなさいね」
そう言って、つい、髪を指に巻く。
「蘭ってさ、楽しんでるとき、絶対髪の毛指に巻くよな」
「あら? そうだったかしら」
瑠璃ちゃんと居ると、誰かを思い出しそうになる。
「……カロン」
「え?」
「いいえ、なんでもないわ」
そうだ、カロンだった。
「ふふっ、昔ね、貴女と同じように、私の癖を見つけては楽しんでいた子が居たのよ」
笑い出すと、瑠璃ちゃんはなんだそりゃ?と間の抜けた表情をする。
人の癖ってなかなか抜けない。
そう、実感させられた。