記憶の中での貴方の顔。
『オルギデーア』
『変わらぬ愛を君に』
『アザレーア』
『愛されることを知った喜び』
「 」
そう、微笑む彼の顔。
なぜ、今更そんな顔を思い出してしまったのだろう。
「彼は、私を何て呼んだのかしら?」
思い出せない。
そう、もう、彼の名前すら思い出せないのだ。
そして、彼は既に忘れてしまった私の名前を呼んだ。
「私は時の魔女……それ以外の何者でもないわ」
そう、自分に言い聞かせなければ、きっと私の精神は壊れてしまうから、そっと記憶の部屋に鍵を掛けましょう。
だけども、ふとした瞬間に、髪を撫でる手の温もりを思い出してしまう。
名前すら思い出せない彼の笑顔も、温もりも…みんな覚えてる…。
「黄泉の国へ行く月の船に乗ってしまった人の名前なんて覚えたくも無いわ」
だって私は黄泉の国へは行けないもの。
「一人ぼっちになりたくない…」
でも、みんないつかは貴方のように、名前も思い出せないようになるの。
長生きはするものじゃない。
精神が壊れそうだ。
どんどんと犯されていく。
過去の残像に、未来への恐怖に。
『時の魔女』
そう呼ばれることにも既に疲れ果てている。
時の魔女だなんて言ったって実際は自分の時間は操れない。
ただ、ほんの少しだけ他者の時間に介入できるだけ。
「本当に全てを知ることが出来たなら…きっと私はこの命を終わらせている……」
いつか命に終わりが来たらこの苦しみからも解放されるはずだ。
「 」
彼が、私を呼ぶ。
だけども声は思い出せない。
優しく微笑んで、よく髪を撫でてくれていたこと、私のまだ下手だった料理を笑いながらも文句一つ言わずに食べてくれたこと。
貴方の残像が消えないの。
名前すら思い出せない貴方の、細かな癖とかそういったものはすぐに思い出すのに。
名前も声も思い出せない。
そして、貴方が呼んでいた私の名も……。
「だって、貴方以外、誰もその名では呼ばなかったんですもの」
天に見放され、地の国で過ごしたときも、小さな村で暮らしていたときも、まだ、別の名前があった。
それも思い出せない。
そして、貴方がくれたその名前も……。
「私の過去には戻れない…」
自分の記憶には戻れないのだ。
こんな能力は必要ない。
そう思った瞬間、彼の悲しそうな表情が浮かぶ。
「顔が…消えない…」
お願い、消えて。
そう、何度願ったことか…。
どんなに記憶が薄れても、貴方への愛は変わらないの…。
貴方を忘れたい。
忘れたくない……。
この矛盾を、どうしたらいいの?