「今から言うこと絶対に嘘じゃないから」
「だーかーらーっ! 何で会うたびにお前は私を拘束する?」
珍しく雨の止んでいるクレッシェンテ首都ムゲットのスラム街に瑠璃の叫び声が響いた。
「煩いよ。瑠璃」
「誰のせいだ? だ・れ・の」
「瑠璃でしょ? 僕を見るたびに逃げるくせに」
「当然だ。私は縛られるのが嫌いなんだ」
「だから手錠にしてあげているんじゃないか」
噛み合わない。
瑠璃は思う。
どうやらこいつとは根本的に何かが合わない。
「そういう問題じゃない!」
「じゃあ、どういう問題?」
しれっと言ってみせるジルに瑠璃は苛立つ。
「拘束具を使うなって言ってるんだよ!」
左手を繋いでいる拘束具を間接を外すことによって何とか外す。
「ったく…お前に会う度に骨格が変わる気がするよ」
「それは瑠璃がいちいち間接を外すからでしょ? 大人しく僕に捕まってればいいのにさ」
「……絶対嫌だ。お前絶対拷問とかするだろ?」
「して欲しいの? だったらしてあげてもいいけど」
何が良い? とジルは楽しそうに言う。
「いらん。ったく…カトラスAといいお前といい…なんでこの国は変態ばかりなんだ…」
噂のあの伯爵に会わなかっただけまだマシだと瑠璃は言う。
「カトラスA? 君、あいつにも会ったの?」
「ああ、使いの帰りだよ。今日は」
そういう仕事は玻璃にさせればいいんだと彼女は忌々しそうに言う。
瑠璃のプライドは『おつかい』なんてものは許せないようだ。
「で? 何してきたわけ?」
「商談。それ以上は言えないな。私もまだ命は惜しいからね」
「そう。他は?」
「すぐ逃げてきた」
あの変態に付き合うのはもう嫌だと心からそういう瑠璃に、ジルは微かに笑う。
「あの詐欺師には宮廷も迷惑している。情報提供してくれると凄く助かるんだけど?」
「悪いがそういうわけにはいかない。こっちも仕事だからね」
瑠璃は悪戯っぽく笑う。
「君には敵わない」
「そう」
「どうせまた僕から逃げるんだろう?」
「そうだね。籠は必要ない」
籠があっても壊してしまうからと瑠璃は言う。
「けど」
「なに?」
「お前の部屋の窓が開いていたらひょっとしたらお前の場所に行くかもしれない」
私は気まぐれだからねと彼女は笑う。
「同じこと、あの詐欺師にも言ったの?」
「まさか」
心外だと、瑠璃はわざと真面目腐った表情を作ってみせる。
「よく聞け。これから言うことは嘘じゃないぞ。宮廷騎士団長殿」
「なに?ふざけてるの?」
不機嫌を顕にジルは言う。
「わたしはお前のこと、結構気に入っている」
「え?」
「お前のことは嫌いじゃないって言ってるんだ。その拘束具は嫌いだけどね」
悪戯っ子のような笑み。
それが瑠璃という一人の人間の全てを現しているように見える。
「それじゃ足りないよ」
「え?」
「だって、嫌いじゃないは『好き』じゃないから」
ジルは言う。
君の好きが欲しいと。
「強欲」
「ああ、そうだよ。だって僕はずっと君が欲しい」
「悪いけど、それは断るよ。私の『好き』はかなり高い。宮廷騎士団長の安年収じゃとてもじゃないけど買えないなぁ」
おどけて言う瑠璃にも、ジルは真面目に答えようとする。
「クレッシェンテではかなりの高収入のはずなんだけどね」
「私の年収とは桁が三つくらい違う」
「君が貰い過ぎなんだよ」
「そうか? ついでに言うと玻璃は私の倍は稼いでるぞ? なんたってあいつは趣味が仕事だからな」
そう、笑う瑠璃にジルはため息を吐く。
「君は、僕をからかうか妹の話しかしない」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
すると瑠璃は少し考える。
「なら何の話をしたい?」
お前と私じゃ共通の話題など無いだろうと瑠璃は言う。
「経済とか法律とかそういった難しい話は苦手だし、朔夜や玻璃と違って薬草とか花にも興味はない。お前と何か共通の話題を見つけるのはかなり難しい。食べ物の話? 女の話? そんな話してもつまらないと言うのが私の考えだが?」
「僕はもっと君の事を知りたい。なぜ君が『ヴェント』と呼ばれているのかとか」
「それこそ僕は退屈だ。自分の話ほど退屈なことは無いよ。なにせ、興味の対象外だ」
瑠璃は大きくあくびをする。
「次回までの宿題だ。なにか私の興味を引く話題を用意しておけ。相手してやらねぇことも無いぜ」
そう言って瑠璃は駆け出す。
見えなくなるまでそう、時間は掛からなかった。
瑠璃が居なくなったその通りには、ただ、一陣の風が吹いた。