ドクターペッパー、ワッパ―チーズ、バーガーキングにて
映画鑑賞あとの昼下がり、私はバーガーキングの店構えを眺めていた。
正面から見て入り口前の右端にある膝の高さほどの、メニューが載った看板。
その反対の左端には電光の看板。
その頭上には「BURGER KING」の円看板。
そこから左に目を移すと、入り口の自動ドア頭上に「BURGER KING」の10文字が吊されている。
その上にはまた大きなハンバーガーの写真とバーガーキングの文字。
前を横切るだけでは気づけない違和感。
正面から見てようやく、看板と「バーガーキング」の文字列の多さに気づいた。
不自然なまでのアピール。
しかし不自然さが自然になっている。
ファーストフード店とは、これだけ派手にアピールをしてこそのものだろう。
ところで、私はバーガーキングで食事をしたことが無い。
バーガーキングと言えば、映画『ターミナル』の主人公が食べていた大きいハンバーガー、とだけ認識している。
わっぱーサイズ、と言うらしい。
大きいハンバーガーと聞いて心躍らぬ男児がいるのだろうか。
しかし一抹の不安がある。
ここでハンバーガーを食べることは、自分にとって最良であるか、後悔しないか。
うだうだ考えていても何も進まない。
食べてみないことには何も分からない。
ええい、九州男児なら度胸と頑強よ。
些末な疑問を振り払い、勇んで店内に踏み入るのだった。
入り口すぐにカウンターがある。
店内は縦長で、新幹線車両くらいの横幅か。
セルフレジが1台、接客してくれるレジが1つ。
マクドナルドやモスバーガーと同じように注文していいのだろうか?
注文して支払いでいいのだろうか。
実は会員登録が必要とか、そんな一見さんには厳しいシステムだったり……。
キョロキョロ周りを観察しながら並んでいると、自分の番がやってきた。
「いらっしゃいませ!」
元気のよい挨拶を浴びせられた。
ランチのピーク時間が過ぎたばかりで疲れているだろうに、こんなに愛想良く接してくれる店員さんの誠実さに目頭が熱くなった。
いや、女性の店員さんに挨拶されて嬉しくなっただけかもしれない。
独り身にとって人生の潤いの1つだ。
それにしても良い制服。
茶に近いグレーのような色がベース。
バーガーキングのロゴのオレンジ色がワンポイント。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「あ、えっと、チーズワッパー……のセットで」
「はい、ワッパーチーズのセットですね、サイドはフレンチフライのSサイズでよろしいでしょうか?」
フレンチフライという言葉が引っかかった。
フレンチフライとはなんだろうか。
フレンチフライ。フレンチのフライ。
字並びだけがふわふわ宙に浮いた。
フランス? の揚げ物?
固まっていると店員さんがレジから顔を上げて、こちらを不思議そうに見つめた。
つぶらな瞳だった。
フレンチフライという夢想から、目の前の注文に意識を引き戻された。
私は何をしていたのだ。ただカウンター上のメニューを見れば良かったのだ。
メニューのフレンチフライに目が停まる。
フレンチフライと表示されたそれは、自分もよく知っている食べ物。
ハンバーガーと切れない関係にある――フライドポテト――。
「Sでお願いします」
「Sですね。ドリンクはいかがなさいますか?」
メニュー表のドリンク欄に視線を移すと、驚くべき物が目に飛び込んできた。
ドクターペッパー。
ドクターペッパーである。
選ばれた者しか口にできない、とファンが宣う炭酸飲料。
最近遊んだゲーム作品『STEINS;GATE』の主人公、鳳凰院凶真が愛飲していたドリンク。
ここ福岡では取り扱いが少なくマイナーな飲み物だ。
「ドクターペッパーでお願いします」
「はい、ドクターペッパーですね。他にご注文はございますか?」
「いいえ、ありません」
「かしこまりました。1040円頂戴します」
支払いを済ませて、できあがった商品を受け取ってから席に座る。
トレイに置かれたハンバーガー。
包み紙を取るために片手で抱えてみると、ズシリとした重みが掌に載り、指先がズブリとハンバーガーに食い込んだ。
不意に唇が歪んでしまい、慌ててキッと口を引き締めた。
持っているだけでこんなに嬉しくさせてくれる。
満員電車で目の前の席が空いたときや、子どもの頃にお年玉をもらったときに似ている。
ああだめだ、やはり笑ってしまう。
指先に痛みのような冷たい塊が血液と共に走り、段々包み紙をめくる動作が鈍くなっていった。
なぜだ、動け、もっと……いや、慌ててはいけない。
この瞬間のせっかちは損だ。
改めて慎重にめくっていくと、いよいよ中からそれが顔を出した。
こぼれそうなレタスとトマト、分厚いパティ、隙間に埋められたチーズ。
こんにちは、君。
これから君が私のハンバーガー。
なぜ私は挨拶をしたのか。
呼吸を整えて、一度トレイにバーガーを戻した。
トレイ脇にあるフレンチフライ――ポテトフライを1つ摘まむ。
端が薄く固いのに、真ん中はふっくらとしている。
口の中に放りこむと、フライにしては柔らかい……気がする。
噛むごとにフレンチという文字が頭の中で形を帯びる。
フレンチとは、こういうものなのか。
きっとそうだ。
フレンチフライを飲み込んで、口直しのためにドリンク容器にストローを挿してドクターペッパーを吸い上げた。
ケミカルな甘さ、香りが鼻腔に広がる。
コーラに似た甘さと独特な香り。
薬と言われれば納得できる。
好んで飲む味ではない。
こういう匂いのお店があった気がする。
ネルソン提督がアヴキール湾で乗っていた舟の名前のような店。
口の中の油っぽさが消えたところで、トレイに置いていたハンバーガーを再び持ち上げた。
うっかりするとレタスが落ちそうになる。
両の手でしっかり形を固定し、開かれる口の方にハンバーガーを引き寄せていく。
ファーストインプレッションはレタスとトマト。
遅れて口の中でパンとパティがやってくる。
強烈な具材の存在感に、パンはまるで存在しない。
2度目3度目と噛みしめていくと、チーズの歯応えが現れてスモーキーなパティと絡み合う。
タマネギの酸味も加わり、肉とチーズの脂っこさと野菜の水分が流れる中でアクセントを作り出す。
そこにドクターペッパーで胃に流し込むと、妙な爽快感が脳に染みていった。
不思議なことに、ドクターペッパーがとても美味しい。
最初に飲んだときは変な香りと甘さだったのに、今はほどよい甘さに収まって匂いも気にならない。
フレンチフライを3つ、一度に口へと放り込む。
柔らかきも、硬きもかみ砕いて、ドクペで流し込む。
うまい。
バーガー、ドクペ、フレンチフライ、ドクペの順を崩すことなく食べ進む。
結構食べたはずだが、ワッパーはまだ半分も残っている。
ワッパーが与えてくれるものは、栄養以上のものがある。
落とした定期券を拾ってくれたかわいい女の子の優しさのような、振って湧いた偶然。
金を積んでも得られない経験をしたときに近しい感情を、ワッパーとドクペとフレンチフライは与えてくれた。
ふと腕時計を見てみると、食べ始めて15分しか経っていない。
どちらかと言えば食事のスピードは遅い方だが、今日に限ってはハイペースだ。
ファーストフードだからだろうか?
ドクターペッパーの減りも早く、ドリンクの容器が軽くなって氷がガラガラぶつかる音がする。
ペース配分を間違えたかも知れない。
これでは食後にゆっくり飲む分も無くなってしまう。
バーガーとフレンチフライの残っている分は、一気に食べてしまおう。
口が汚れることを気にしないで、かぶりつく。
飲み込む前に2、3度とまたかじりついて、いっぱいに詰め込む。
こんな食べ方をしても、ハンバーガーの美味しさは損なわれない。
フレンチフライをさらに口の中へねじ込む。
パティとポテトの淡泊さが組み合わさり、マリアージュが生み出された。
レタスの食感とタマネギの酸味が、パティとポテトの調和を祝福し、パンが花を添える。
とにかく顎を休ませない。
噛みながら飲み込み、かぶりついてを繰り返す。
フレンチフライの欠片を最後に全てを胃に運び終え、のこったドクターペッパーで口の中を洗い流した。
余韻を味わいながら、首を回すとしゃっくりが出た。
不意に今朝見た映画を思い出した。
『パルプ・フィクション』
これを見てからハンバーガーを食べたくなった。
バーガーキングの前で足を止めた理由に、あの映画を見たから、というのもあるかもしれない。
きっとそうだ。
ぐるりと見渡せば周囲では空いた席が目立つようになっている。
もう昼を完全に外れてしまったのか。
しかし相変わらず店員はカウンターや客席の裏で忙しそうに動いている。
ゴミをまとめ、トレイを持って立ち上がる。
SDGSのために、昨今のファーストフード店はゴミの分別を心がけており、バーガーキングも例に漏れない。
リサイクルできるプラスチックと燃えるゴミを分けて捨て、出口に向かって歩み出す。
外に出る直前、「ありがとうございましたー」 と店員の誰かが言った気がした。
接客をしてくれた女性店員さんを思い出し、妙に恥ずかしくなって、振り返らなきゃいけない気がした。
「ごちそうさまでした」
また来ます。
目の前のヨドバシカメラに向けて足を速めた。




