転移聖女の事務魔法 ―聖魔法(オフィススキル)で騎士団を救うことにしました―聖女の資質編①
※本作は短編ですが、前作
『転移聖女の事務魔法 ―聖魔法で騎士団を救うことにしました―』
の後日談にあたります。
本作のみでもお楽しみいただけますが、前作をお読みいただくと、登場人物の関係性がより分かりやすくなります。
騎士団・武器庫
「488、489……よし。弓矢の在庫は489本」
ひかりは小さく頷き、手元の帳面に数字を書き込んだ。
「遠征前日に足りないって慌てるくらいなら、ちゃんと在庫管理しておけばいいのに……。引当数、決めておくのもアリかも」
ぶつぶつ呟きながらも、彼女の指は止まらない。
元の世界で培った事務員としての癖が、自然と身体を動かしていた。
次の棚――火薬へと視線を移した、その時。
ギィ、と武器庫の扉が軋む音とともに、若い男たちの声が聞こえてきた。
「なあ、今日も聖女サマ、ここに来てるらしいぜ」
「マジで? 最近多いよな。俺、全然会わないけど」
「隊長クラスじゃないと話せないんじゃね? てか、聖女サマ、かわいくない?」
「わかる。癒し系だよな」
棚一つ隔てた向こうで、ひかりは思わず息を呑んだ。
(……え? 私?)
頬が、かっと熱くなる。
聖女と呼ばれることには慣れたつもりだったが、こんな評価を向けられるのは初めてだった。
思わずその場にしゃがみ込み、顔を覆う。
(かわいいって……そんな……)
だが、その温度は次の言葉で一気に冷えた。
「でもさ、あの人って本物の聖女なのかな?」
「最近その話、よく聞くよな。魔物討伐に同行しても、全然数減らないし」
「回復魔法も使えないらしいぜ」
「じゃあ、役に立ってなくね?」
「ニセ聖女ってやつ?」
ひかりの思考が、そこで止まった。
(……ニセ、聖女)
胸の奥が、きしりと音を立てた気がした。
回復魔法も、奇跡も起こせない。
できるのは、相手の思考を整理することと、事務作業用の魔法を使うことだけ。
それが聖女らしくないことは、自分が一番よく分かっている。
(……帰りたい)
涙が、視界を滲ませる。
その時だった。
「おい。聞こえているぞ」
氷のように冷たい声が、武器庫に響いた。
「「だ、団長!?」」
振り向いた二人の若い騎士の前に立っていたのは、騎士団長カイルだった。
鋭い視線に射抜かれ、二人は言葉を失う。
「聖女の噂話がそんなに楽しいか? 私も混ぜてもらおう」
「い、いえ!」
「では答えろ」
空気が、張り詰める。
「我が王国のクーデター制圧の功労者は誰だ」
「「聖女サマです!」」
即答だった。
ひかりは、召喚されたその日にクーデターを制圧している。
前王妃と宰相から王女とカイルを救った――その事実は変わらない。
「そうだ。私は彼女に救われた」
カイルの声は低く、しかし揺るぎなかった。
「敵に召喚されながらも状況を見極め、我々の側についた。その結果、元の世界に戻る術を失った。それでも彼女は、この世界でできることを探し続けている」
騎士たちは俯いたまま、何も言えない。
「回復魔法が使えなくても、迅速な手当で命を救った。今も事務仕事を黙々と手伝ってくれている。それを――」
鋭く睨み据え、
「ニセ聖女などと呼ぶのか」
武器庫が、静まり返る。
「今後、聖女を侮辱することは私が許さない。下がれ」
命令と同時に、二人は逃げるように去っていった。
棚の向こうで、ひかりは声を殺して泣いていた。
(団長……)
嬉しさと安堵で、涙が止まらない。
しばらく、動けずにその場にうずくまっていた。
一方、騎士団長室。
「おい、ジーク。お前、武器庫に行けって言っただろ」
不満げなカイルに、副団長ジークは首を傾げた。
「え? ひかりちゃんのこと。幹部ならみんな気づいてると思ってたけど」
「……何?」
どうやら、話が噛み合っていない。
ジークは、ひかりが武器庫にいることを知った上で、カイルを向かわせたのだった。
まさか陰口の現場になるとは、思ってもいなかったが。
二人がその事実に気づくのは、もう少し先の話である。
その後、棚卸しを終えたひかりは城へ戻る途中、騎士団長室の前を通りかかった。
中を確認し――不在。
そのまま立ち去ろうとした瞬間、廊下の向こうから足音が近づく。
「……あ」
カイルだった。
ひかりは一瞬視線を落とし、それから意を決したように近づくと、彼の袖をそっと掴んだ。
「……ありがと」
それだけ言って、逃げるように走り去る。
「……?」
取り残されたカイルは、首を傾げた。
(何かしたか……?)
答えは、まだ分からないままだった。




