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転移聖女の事務魔法 ―聖魔法(オフィススキル)で騎士団を救うことにしました―聖女の資質編①

作者: アオイ
掲載日:2026/01/25

※本作は短編ですが、前作

『転移聖女の事務魔法 ―聖魔法オフィススキルで騎士団を救うことにしました―』

の後日談にあたります。

本作のみでもお楽しみいただけますが、前作をお読みいただくと、登場人物の関係性がより分かりやすくなります。


騎士団・武器庫


「488、489……よし。弓矢の在庫は489本」


 ひかりは小さく頷き、手元の帳面に数字を書き込んだ。


「遠征前日に足りないって慌てるくらいなら、ちゃんと在庫管理しておけばいいのに……。引当数、決めておくのもアリかも」


 ぶつぶつ呟きながらも、彼女の指は止まらない。

 元の世界で培った事務員としての癖が、自然と身体を動かしていた。

 次の棚――火薬へと視線を移した、その時。

 ギィ、と武器庫の扉が軋む音とともに、若い男たちの声が聞こえてきた。


「なあ、今日も聖女サマ、ここに来てるらしいぜ」

「マジで? 最近多いよな。俺、全然会わないけど」

「隊長クラスじゃないと話せないんじゃね? てか、聖女サマ、かわいくない?」

「わかる。癒し系だよな」


 棚一つ隔てた向こうで、ひかりは思わず息を呑んだ。


(……え? 私?)


 頬が、かっと熱くなる。

 聖女と呼ばれることには慣れたつもりだったが、こんな評価を向けられるのは初めてだった。

 思わずその場にしゃがみ込み、顔を覆う。


(かわいいって……そんな……)


 だが、その温度は次の言葉で一気に冷えた。


「でもさ、あの人って本物の聖女なのかな?」

「最近その話、よく聞くよな。魔物討伐に同行しても、全然数減らないし」

「回復魔法も使えないらしいぜ」

「じゃあ、役に立ってなくね?」

「ニセ聖女ってやつ?」


 ひかりの思考が、そこで止まった。


(……ニセ、聖女)


 胸の奥が、きしりと音を立てた気がした。

 回復魔法も、奇跡も起こせない。

 できるのは、相手の思考を整理することと、事務作業用の魔法を使うことだけ。

 それが聖女らしくないことは、自分が一番よく分かっている。


(……帰りたい)


 涙が、視界を滲ませる。


 その時だった。


「おい。聞こえているぞ」


 氷のように冷たい声が、武器庫に響いた。


「「だ、団長!?」」


 振り向いた二人の若い騎士の前に立っていたのは、騎士団長カイルだった。

 鋭い視線に射抜かれ、二人は言葉を失う。


「聖女の噂話がそんなに楽しいか? 私も混ぜてもらおう」

「い、いえ!」

「では答えろ」


 空気が、張り詰める。


「我が王国のクーデター制圧の功労者は誰だ」

「「聖女サマです!」」


 即答だった。

 ひかりは、召喚されたその日にクーデターを制圧している。

 前王妃と宰相から王女とカイルを救った――その事実は変わらない。


「そうだ。私は彼女に救われた」


 カイルの声は低く、しかし揺るぎなかった。


「敵に召喚されながらも状況を見極め、我々の側についた。その結果、元の世界に戻る術を失った。それでも彼女は、この世界でできることを探し続けている」


 騎士たちは俯いたまま、何も言えない。


「回復魔法が使えなくても、迅速な手当で命を救った。今も事務仕事を黙々と手伝ってくれている。それを――」


 鋭く睨み据え、


「ニセ聖女などと呼ぶのか」


 武器庫が、静まり返る。


「今後、聖女を侮辱することは私が許さない。下がれ」


 命令と同時に、二人は逃げるように去っていった。

 棚の向こうで、ひかりは声を殺して泣いていた。


(団長……)


 嬉しさと安堵で、涙が止まらない。

 しばらく、動けずにその場にうずくまっていた。



 一方、騎士団長室。


「おい、ジーク。お前、武器庫に行けって言っただろ」


 不満げなカイルに、副団長ジークは首を傾げた。


「え? ひかりちゃんのこと。幹部ならみんな気づいてると思ってたけど」


「……何?」


 どうやら、話が噛み合っていない。

 ジークは、ひかりが武器庫にいることを知った上で、カイルを向かわせたのだった。

 まさか陰口の現場になるとは、思ってもいなかったが。


 二人がその事実に気づくのは、もう少し先の話である。



 その後、棚卸しを終えたひかりは城へ戻る途中、騎士団長室の前を通りかかった。

 中を確認し――不在。

 そのまま立ち去ろうとした瞬間、廊下の向こうから足音が近づく。


「……あ」


 カイルだった。

 ひかりは一瞬視線を落とし、それから意を決したように近づくと、彼の袖をそっと掴んだ。


「……ありがと」


 それだけ言って、逃げるように走り去る。


「……?」


 取り残されたカイルは、首を傾げた。


(何かしたか……?)


 答えは、まだ分からないままだった。

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