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『氷の女王は、俺のシャッターに恋をする』  作者: 天パ猫(てんぱねこ)


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第49話:【現像室の蜜事:二人だけの甘い残像】

【放課後の静寂:湊の部屋にて】

遊園地での四人の「お出かけ」から数日後。冬華は放課後、吸い寄せられるように湊の部屋を訪れていた。 「……湊くん、準備はいい?」 そう言って部屋に入るなり、冬華は湊のベッドにちょこんと腰掛けた。凛とした「女王」の姿はどこへやら、今の彼女は、湊と二人きりになれた喜びを隠しきれない、一人の恋する少女だった。


「うん。まずはパソコンにデータを取り込んで、レタッチ(現像)を始めようか。冬華ちゃんが最後に撮った僕の写真、すごく良かったから」


湊がデスクの椅子に座り、作業を始めようとすると、冬華が背後からスルスルと近づいてきた。 「……待って。隣で、もっと近くで見たい」 冬華は湊の椅子の肘掛けに手を置き、湊の肩に自分の顎を乗せるようにして顔を近づけた。ふわりと、彼女の髪から漂う甘い香りが湊の理性を揺さぶる。


「と、冬華ちゃん……。それじゃ、作業がしにくいんだけど……」 「あら、先生の特等席でしょう? 私、湊くんがマウスを動かすその指先を、一番近くで観察したいの」


湊が部屋の明かりを落とし、デスクライトだけを点けると、そこはまるで現代の「暗室」のような閉鎖的な空間へと変わった。モニターの青白い光が、冬華の透き通るような肌を妖しく照らし出す。

「……ねえ、湊くん。私、そっちに行っていい?」

冬華は、湊が作業用に使っているワークチェアの肘掛けに、遠慮がちに腰を下ろした。普段の凛とした「女王様」な雰囲気はどこへやら、湊と二人きりの空間で、彼女は自分の体温をどう扱えばいいか分からない、奥手な一人の女子高生に戻っていた。

「と、冬華ちゃん。……それじゃ、マウスが動かしにくいんだけど……」



湊の戸惑う声に、冬華の肩がビクッと跳ねる。けれど、彼女はそこから離れようとはしなかった。むしろ、勇気を振り絞るようにして、湊の肩にそっと自分の肩をぴたっと寄せ、顔を近づけた。ふわりと漂うシャンプーの香りが湊の鼻をくすぐり、冬華の耳たぶはリンゴのように真っ赤に染まっている。


「……嫌、かな? 私、あなたが私の撮った『湊くん』をどうやって綺麗にしていくのか、一番近くで見てたいんだ。……ねえ、教えて?」


冬華は震える指先で、湊が握るマウスの上に、自分からそっと手を重ねた。奥手な彼女にとって、これは心臓が飛び出るほどの大胆な行動だった。


「まずは……この**露出エクスボージャー**を少しだけいじってみて。……そう、私の記憶の中の湊くんは、もっと……その、キラキラしてたから。……ううん、やっぱり少し下げて。あの時の、誰にも見せたくない、私だけの『内緒』の空気感を残したいの」


二人の指が重なったまま、画面上のスライダーが左右に揺れる。露出を下げるたび、湊の瞳の奥にある深い愛情が、より一層濃く現像されていく。


「……次は、コントラストね。光と影の境目を、もっとはっきりさせて。……私があなたに触れた時の、あの……心臓の音がうるさかった感覚を、ちゃんと色濃く残したいんだ」


冬華はそう言いながら、さらに湊に身を寄せた。彼女の吐息が湊の肌をなぞり、冬華自身も自分の大胆さに顔を火照らせる。レタッチソフトの画面上で、湊の肖像が鮮やかに、そして情熱的に書き換えられていく。


「……見て、湊くん。この彩度サチュレーション。……今の私の心と同じくらい、鮮やかだよ。香織さんが撮った写真は、どこか淡くて、完成された芸術品みたいだったけど……。私の写真は違うの。不器用で、熱くて……あなたが……その、好きすぎて、おかしくなりそうなの……」


冬華はそこまで言うと、恥ずかしさに耐えきれず湊の肩に顔を埋めた。彼女の言葉は、たどたどしいけれど、重厚な愛の告白だった。湊の手を握ったまま、指を一本一本絡ませるようにして、キーボードのショートカットキーを一緒に叩く。


「……ねえ、湊くん。トーンカーブを弄って、この暗いところに少しだけブルーを乗せて。……夜が来る前の、あの切ない瞬間の色。……私、あの時、あなたを撮りながら……怖かったんだよ。あなたが眩しすぎて、私が隣にいてもいいのかなって……」


冬華は湊の服の袖をぎゅっと掴み、甘く震える声で続けた。


「……だから、お願い。……もっと、もっと深く現像して。この写真に、二度と消えないようなしるしを付けて。……誰が見ても、この湊くんは……私の、一番大切な人なんだって、分かるくらいに……熱く、焼き付けてほしいの……」


冬華の指先が、湊の指をなぞりながら、最後の一押し——保存セーブのボタンをクリックした。 モニターの中の湊と、目の前の湊。 その二つの存在が、冬華の純粋で奥手な独占欲というフィルターを通じ、分かちがたく結ばれた瞬間だった。


湊はマウスから手を離し、潤んだ瞳で自分を盗み見る冬華を、愛おしさに耐えかねて抱き寄せた。 「……冬華ちゃん。君の現像は、僕の魂まで染め上げてしまうね」 「……当たり前だよ。私はあなたの……不器用な弟子で、……それに、あなたの一番……わ、わがままな……彼女(候補)なんだから」


暗室のような部屋の中で、二人の影はモニターの光に溶け合い、一枚の完成された「愛」として定着していった。


モニターの中で完成した「湊の肖像」は、青白い光を放ちながら、静まり返った暗い部屋に浮かび上がっていた。それは、湊がこれまで撮ってきた数々の芸術的な写真とは一線を画すものだった。完璧な水平垂直や黄金比よりも、撮り手である冬華の「震え」や「熱」がそのまま定着したような、生々しい愛の記録。


冬華は湊の肩に顔を埋めたまま、しばらく動かなかった。マウスを握る湊の手に自分の手を重ねたまま、その指先の感覚を一つ一つ確かめるように、小さく吐息を漏らす。


「……ねえ、湊くん。この写真、なんだかすごく……重たいね」



冬華は顔を上げ、潤んだ瞳で画面を見つめた。そこには、香織がかつて切り取った「過去の湊」を塗りつぶすような、冬華だけの「今の湊」がいた。


「私……ずっと怖かったんだ。香織さんの写真を見るたびに、私には入り込めない二人の時間があるんだって見せつけられているみたいで。私の知らない、あなたが誰かに向けていた優しい眼差しが、永遠に残っていることが……たまらなく悔しかった」


冬華の声が微かに震える。奥手な彼女が、自分の中にあるドロドロとした独占欲を言葉にするのは、裸の心を晒すよりも勇気がいることだった。彼女は湊の袖をぎゅっと掴み、縋るように言葉を紡ぐ。


「でも、今日こうして自分でシャッターを切って、あなたの隣で、あなたの手と一緒に現像して……。ようやく、上書きできた気がする。この写真の湊くんは、私のレンズだけを見てる。私の言葉に笑って、私の不器用な指先に、一番優しい光を返してくれてる……」


冬華は湊の首筋にそっと腕を回し、体重を預けた。もう、そこには女王のプライドも、氷の仮面もない。ただ、好きな人の一番近くにいたいと願う、一人の脆くて可愛い女の子がいた。


「……湊くん。香織さんの写真は、きっとこれからも残っていくと思う。でも、これからは、私の撮るあなたが……私の愛したあなたの記憶が、一番新しく、一番深い場所に積み重なっていけばいいな……なんて。……変かな、こんなこと言うの」


湊は、冬華のその純粋で熱い独占欲を、愛おしさのあまり全身で受け止めた。彼はマウスから手を離し、自分の腕の中に冬華をしっかりと抱き寄せた。


「変じゃないよ、冬華ちゃん。……僕にとっても、今のこの時間は、何枚の写真にも代えられないくらい鮮明に焼き付いてる。……僕をこんな顔で笑わせられるのは、世界中で冬華ちゃん、君だけなんだから」


湊の胸に顔を押し当てた冬華は、彼の規則正しい心音を聞きながら、幸せそうに目を細めた。 モニターに映る「最高の写真」は、二人の甘い吐息と重なり合い、単なるデジタルデータを超えた、熱い体温を持つ「血の通った記憶」へと変わっていく。


「……うん。約束だよ。これからも、ずっと私を撮らせて。そして……私のことも、あなたのその魔法のカメラで、誰よりも可愛く現像し続けてほしいの」


冬華は湊の耳元で小さく、けれど甘く囁いた。 「……大好きだよ、湊くん。……この写真よりも、ずっとずっと、今のあなたが好き……」


西日が完全に落ち、静寂が支配する部屋の中で、現像ソフトの淡い光だけが二人を優しく包んでいる。 それは、過去の嫉妬を溶かし、新しい愛を定着させる、二人だけの密やかで甘美な「現像室」の終幕だった。


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