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『氷の女王は、俺のシャッターに恋をする』  作者: 天パ猫(てんぱねこ)


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第16話:純白の密室と、剥き出しの独占欲

放課後、湊と冬華は成瀬結衣のスタジオの重い扉を叩いた。 昨夜の涙の和解から一夜。二人の間には、これまで以上に濃密で、どこかひりつくような緊張感が漂っている。


「いらっしゃい。機材のセッティングは終わってるわ。私は隣の暗室で作業してるから、あとは二人で勝手にやりなさい。……ああ、湊くん。言った通り、今日は『逃げ場』はないからね」


成瀬はそう言い残し、意味深な笑みを浮かべて姿を消した。



スタジオの中は、遮光カーテンによって外光が完全に遮断され、不自然なほど静かだった。中央には巨大な白いバックペーパーが垂れ下がり、その周囲を数基のストロボが囲んでいる。


湊は無言でカメラを取り出し、成瀬から叩き込まれた通りにライティングの微調整を始めた。 「……冬華ちゃん。そこに、立ってもらえるかな」


冬華は頷き、純白の空間へと歩みを進めた。 今日の彼女は、湊のリクエストで用意した、透け感のある白いブラウスにタイトなスカートという出で立ちだった。スタジオの人工的な光が、彼女の肌の陶器のような質感を残酷なまでに鮮明に描き出していく。


「……湊くん。私、どうすればいい?」

「そのままでいい。……ただ、僕だけを見て」


湊はファインダーを覗き込んだ。 レンズ越しに見る冬華は、昨夜の泣きじゃくっていた姿が嘘のように静謐だった。しかし、その瞳の奥には、湊を射抜こうとするような、激しい独占欲が燻っている。


――カシャッ!!


乾いたシャッター音が、静寂を切り裂く。 モニターに映し出された画像を見て、湊は息を呑んだ。 屋外の自然光では決して捉えられなかった、冬華の「女」としての陰影が、そこには確かに存在していた。



「……もっと、近づいてもいいかな」


湊はカメラを構えたまま、じりじりと距離を詰めた。 成瀬に教わったのは、単なる機材の扱いだけではない。「被写体との距離感」を支配する術だ。


「冬華ちゃん。昨夜、成瀬さんに言われたこと……覚えてる?」

「……『彼を跪かせてみなさい』って、あの言葉?」


冬華がわずかに顎を上げ、湊を挑発するように見つめる。 湊はレンズ越しに、彼女の呼吸がわずかに早まるのを感じ取った。


「僕は、もうとっくに跪いてるよ。……君以外のものを撮ろうとしても、指が動かないんだ。君の指先、髪の一筋、その瞳の揺れ方……それ以上の『美』を、僕は知らない」


湊はカメラを一度下ろし、肉眼で真っ直ぐに彼女を見た。 「成瀬さんに教わったのは、君を今までの誰よりも、そして君自身が知っている自分よりも、残酷なまでに美しく撮る方法だ。……いいよね、冬華ちゃん。君の全部、僕に預けて」


その言葉は、告白よりも深く冬華の胸を抉った。 彼女の頬が朱に染まり、瞳に潤いが増す。それは昨夜の悲しみの涙ではなく、愛する者にすべてを暴かれることへの、甘美な陶酔と熱情だった。


「……いいわよ。湊くんになら、何をされても。……私を、あなたの色に染めて」


冬華は自らブラウスの襟元に手をかけ、首筋を露わにするように少しだけ形を崩した。 その刹那、湊の中で何かが弾けた。



――カシャッ! カシャッ! カシャッ!

湊は憑りつかれたようにシャッターを切り続けた。 ライティングを変え、角度を変え、彼女の「最高の瞬間」を追い求める。 冬華もそれに応えるように、次々と表情を変えていく。切なげな表情、挑戦的な視線、そして、湊だけに向けられる無防備な微笑。


二人の間には、もはや一ノ瀬香織の影も、成瀬の皮肉も存在しなかった。 ただ、撮る者と撮られる者。 愛する者と、愛される者。


スタジオの空気は、ストロボの発熱以上に熱く、濃密に煮詰まっていく。 湊は確信していた。 今、このメモリーカードの中に刻まれているのは、世界中の誰にも見せたことのない、そして自分以外の誰にも撮らせてはいけない、氷室冬華の本能だ。


撮影が終わる頃、二人は激しい運動をした後のように肩で息をしていた。


「……撮れたよ。冬華ちゃん」


湊がモニターを見せると、そこには自分でも見たことのない、妖艶で、それでいて神々しいまでの自分の姿があった。


冬華は、その画面を指でそっとなぞり、隣に立つ湊の首に腕を回した。 「……これなら、もう他の女の人なんて、撮りたくなくなるわよね?」


「……ああ。一生、君だけでいい」


湊はカメラを置き、自分を繋ぎ止めて離さない彼女の腰を、強く引き寄せた。 純白のスタジオで、二人の影が重なり、一枚の絵のように溶け合っていった。



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