じゃんじゃん火と連続放火事件②
次の日の朝、カチュウの筋肉痛はなくなっていた。
洗面台で歯を磨いていると、カチュウはその異変に気付いた。
「あれ? なんか身体が楽になったな。 痛くない」
心なしか身体つきが変化しているような気もしないでもない、カチュウの頭上からニャン太郎が自慢げに説明し始めた。
「ふん。 ワシが治癒力を向上させてやったんじゃ、少しばかり妖力が戻ったからの。 感謝せぇ」
それを聞いて大葉は「それは面白い。 成長期には有り難いですね。ふふっ」と実に楽しげにしている。
「そっか、あんがとな。 まぁ妖怪に襲われたり大葉にボロボロにされたりでプラマイ0だけどな」と素っ気ない態度のカチュウ。
ニャン太郎は不満そうに「可愛気ないのぉ」と愚痴をこぼす。
しかしカチュウは気にしない。カチュウは着替えて家を出た。日曜日の朝早くから家を出るのには理由がある。
大葉と、その相棒『後始 末広』が住んでいるという家へ向かうためだ。
つまりは小説家、桜美琴の仕事場へ向かうということ。 カチュウは少しばかり興味があったのか浮足立っていた。
最寄りの駅から電車で15分ほど進み、無人駅で降りたのだが、かなりの田舎である。 木製の電柱を1本見つけて、面白さと儚さが同居している気分を味わう。
辺りを見渡すと、田んぼが広がり青々とした山が見える。 反対側に目をやると、おそらく国道沿いであろう場所には民家が集まっていた。
かろうじてアスファルトと呼べるような凸凹した道を歩く。
どうやって対向車を避けるのか気になるほどの道幅である。 道の両脇には背丈ほどの草が生えていた。
好奇心を抑えながら歩いていると道端に『いい感じの棒』が落ちていたので、それを拾って、背丈ほどの草を棒で撫でながら歩いて進んだ。
しばらくすると、山の麓に一軒の和風の平屋が見えた、大葉がその家を見ながら「あそこです」と言うので、そこへ向かった。
家の前まで来ると、かなり広い庭付きの家だとわかる、塀で囲われ、そこから柿の木が顔を出している。 田舎では良くある家なのだそうだ。
家の正面にあるバカでかい門まで辿り着くと。 カチュウはインターホンを押した。 ピンポーンという音が鳴ると、そこから末広の声が聞こえてきた。
《おお、来たか。 ちょっと待っててくれ、今開ける》
そう言うと、木造の門が『ガチャ』という音を出し、勝手に開いて庭を覗かせた。 良く手入れが行き届いた庭、良い格好の植木が点々と生え、踏んで良いのかわからない小石が敷いてある。 カチュウはいい感じの棒をそこら辺に捨てた。
門から玄関までの道には『ここを歩け』と言わんばかりの飛び石が並んでいた。
和風ならではの玄関をガラガラと開けて中に入る。 奥の方から作務衣を着た末広が歩いて来た。 なかなかの強面でカチュウは少しばかり緊張してきた。
「まぁ上がれよ。 聞きたい事が多すぎる」
お言葉に甘えて上がらせて貰うと、それはそれは広い座敷に通された、カチュウは久々に知らない人の家に来て少し緊張したが、頭の上でニャン太郎が前足を踏み踏みしているので不思議と心が和んだ。
低めのデカい木のテーブル、その上には茶菓子が置いてある、カチュウと末広は向かい合うように座り、末広がお茶を入れて話が始まった。
「お前は… 大葉じゃないんだよな? そこら辺よくわかんねぇんだわ」
「えっとぉ… 俺の名前は渦中友成、あだ名はカチュウ…っていいます。 事故の影響で…俺の魂に大葉の魂がくっついてて、このニャン太郎が魂を入れ替えたり出来て… えっと、まぁそんな感じなんすけど…」
末広は、カチュウの緊張が伝わったのか少し気を使って「あ〜、なんか喋りにくそうだな。 タメ口でいいぞ。 お前にはこの先、世話になるだろうからな。 まぁ茶菓子でも食え」と、気前良くテーブルの茶菓子をカチュウの目の前に差し出した。
カチュウは最速でお言葉に甘え、茶菓子に手を伸ばす。
「うおっ! ル◯ンドと寒天ゼリーじゃん! ラッキー! これ美味いんだよな〜、センス良いぜアンタ」
「お、おぉ…。 距離感バグってんなお前」
緊張が解けたところで本題に移る、末広が言うには今後の目的と手段を決めたいとの事だ、それによってサポートする内容が変わるので、大葉の魂を元に戻す計画を立てる話をキチンと決めたいらしい。
「ん〜…どうするったってなぁ。 ニャン太郎の妖力が戻れば解決する…んだよな?」とカチュウは寒天ゼリーをチビチビと食べながら頭上のニャン太郎に目をやった。
ニャン太郎は、カチュウの食べている寒天ゼリーに前足を伸ばし、ちょんちょんと触りながら語りだす。
「うむ、たぶんな。 こんなこと普通は起こらんから出たとこ勝負ではあるが…。 最悪の場合は、ワシの妖力が戻り、大葉の魂が戻らん時くらいじゃな。 おい小僧、そのキラキラした菓子をワシにも寄こせ」
カチュウは「え? あ〜、お前妖怪だから菓子食っても平気なのか。 ほれよ」とニャン太郎に寒天ゼリーを1つ渡し、それを見ていた大葉の魂がニコニコとしている。
大葉は、縁側から見える庭を見て『手入れしたいですね』とか考えていたのだが、ひとまず『最悪の場合』について考えた。
「最悪な場合は他にもあると思いますが」と大葉が楽しげに言うと、カチュウは不思議そうに大葉を見つめて「他にもって何?」と問う。
「魂の入れ替えをしている最中にニャン太郎さんの妖力が戻り、カチュウ君の魂の行き場が無くなる事です」
「う〜わ…怖っ。 たしかに最悪だな。 てかそれって俺はどうなんの?」とカチュウは寒天ゼリーの2個目に手を伸ばす。
「うむ。 たしかに大葉の言う事も起こり得るな。 その場合、大葉に身体を乗っ取られてお前は死ぬんじゃなかろうか。 よく知らんが」とニャン太郎は寒天ゼリーを舐めながら答えた。
「お前さ、自分だけ助かるからって深く考えてねぇだろ。 んな事言ってっと、チュールあげねぇよ?」
「ぬっ…。では真剣に考えるとしようかの。 その場合、霊糸の存在が大きく関わってくるじゃろう。 霊糸さえしっかり繋がっておれば、勝手に元の身体に戻ると考えておったが…。 念の為、専門家にでも尋ねてみたほうが良いかも知れんな」
ニャン太郎がそう言うと、末広は片手で後頭部辺りを掻いた後、腕組みをして考え、少し申し訳なさそうに提案した。
「あ〜…なんだぁ…。 俺も大葉の意見を聞きたいんだが、代わる事って出来るか? 無理にとは言わんが…」
「そうか、大葉の声聞こえないんだったな。 ニャン太郎いける?」
「今のうちなら問題なかろう?」
ニャン太郎は魂の入れ替えを行った。カチュウの魂が外に出されて大葉の魂が身体に入っていく。
末広の目の前でカチュウの雰囲気がガラッと変わり、大葉が優しい口調で話し始めた。
「今後は末広のサポートも必要となると思いますが、まずは妖力や魂などの情報収集をお願いしたいですね。 公安零課の情報が役に立つと思いますよ、お願い出来ますか?」
「おぉ なんか違和感あるけど大葉だな。 なるほど、そっち系の知識が必要になるわけだな。 それにしても公安零課ねぇ…都市伝説だと思ってたが…。 よし、じゃあ情報屋にでも聞いてみるか。 それと、俺も白安町に引っ越そう、何かあった時に動きやすいからな。 あとは出版社に何て言い訳するかだが…」
「ふふっ 近場に居てくれるのは助かりますね。 出版社には、正直に事故で入院していると告げてはどうですか?」
「そうだな、そうするか。 あと何か必要な物とかあるか?」
「そうですね… では傘を一本持っていきましょうか」
「おお、アレか。 スーツはどうする? 靴もいるだろ」
「ふふっ いりませんよ。 高校生ですからね。カチュウ君にも悪いですし、傘だけで十分です」
「おお…そうだな、すまん。 えっと…カチュウってのは友成のことだよな? 友成の生活に合わせたほうが良いよな。 だったら制服も仕立てるか…あとは」
などとツラツラ2人で話し合っているが、何のことやらサッパリのカチュウとニャン太郎。
カチュウが大葉に「あのさ。 何か貰えるってんならママチャリが欲しいんだが」と言うので、大葉が楽しげに両手をポンと叩き「そうでしたね、カチュウ君の自転車が壊れていたのを思い出しました。 気が利かずにすみません」と答えると。
末広が「お? チャリならあるぜ、すげぇのが。 持ってけよ。 今見せてやる、こっちだ」と嬉しそうにガレージへと案内した。 裏口へ行くのかと思いきや、末広は台所の床を開けた。 そこから階段が見える、そこを降りて行くと、階段の終わりに扉が1つあった。
どうやら家の地下室がガレージになっているらしい。 扉を開けると、末広は扉横にある電灯のスイッチを1つ入れた。 目の前のガレージがパッと明るくなる。 なかなか広々とした場所だとわかる、奥の方はまだ暗く、車やらバイクやらが置いてあるように見えた。 どうやら家と同じくらい広いようだ。
ガレージに入ると、そこにはシートを被った自転車が置いてあった。 末広がシートを勢いよく外すと、つや消しブラックのママチャリが姿を現した。
「これだ。 ママチャリ風のレトロな見た目とは違って軽くて丈夫。 特徴はチェーンが無くてシャフトドライブって事だ。 メンテナンス要らずで高い耐久と走行時の静かさが良い。 そんでもって、どんな道でも進めるフルサスペンションの安定性。 大葉のチャリだから遠慮せずにガンガン使ってくれ」
たしかに、よく見ると所々カスタムされているようだ、末広が自慢するのも頷ける。 自転車の後輪部にはサスペンションがあり、その横に傘を刺し入れるホルダーが付いている。
その何だか凄そうな説明を聞いて、カチュウはこんな凄そうな物を貰っていいものかと少し考えた。
「大葉のチャリか 何か…凄そうだな、これ高いんじゃねぇの?」
青白いカチュウの魂が自転車の周りをフワフワと漂っていると、大葉は「いえいえ自作ですから値段などは気にしないでください。移動する時はいつも歩きか車だったので、使ってもらえると嬉しいですよ」とニッコリしている。
「これ自作なの!? アンタ本当に小説家か? あっ『Over』ってロゴが描いてある… もしかして大葉だからオーバーだったりする?」
「はい〜。 ふふっ 少し凝ってみました」
「少しじゃねえよ、とんでもねぇな。 まぁ気に入ったから使わせてもらうけど」
「気に入って頂けて良かったです ふふっ」と言う大葉の言葉を聞いて、末広も自慢げである。
ふと奥の方に目をやると、そこには車が停めてあり、その奥にはカワサキのバイク『500SS MACH III』がピカピカの状態で置いてあった。薄暗くてもわかるほどの光沢だ。
それを発見したカチュウが「カミナリマッパじゃん! ニャン太郎! 魂戻して!入れ替えて! すんげぇもん見つけた!」と言うので、ニャン太郎はビックリして魂を戻した。
カチュウは目をキラキラと輝かせてバイクを見つめている、それを見た末広が「おっ!わかるか! コイツは俺の愛車でな、なんなら跨っても良いぜ。 ふふん」と自慢げに少し鼻を鳴らし、ガレージ奥の明かりを点けた。
大葉は「おやおや。 やはりカチュウ君も男の子ですねぇ。 私のボンドカーを素通りとは少しショックですが。 ふふっ」と少し寂し気に笑った。
ボンドカーと聞いてカチュウは目を丸くして驚き、多少パニックになりながら「うええ!? アストンマーティン DB5じゃん!マジで!? アンタらブッ飛んでんな!! ねぇねぇ!ちょっと写真撮って貰っていい!?」と末広にスマホを渡す。
「ははっ!良いぜぇ、グッドアングルで撮ってやるよ」
なんやかんやで夕方になり、大葉の家で色々と楽しんだカチュウは、大葉宅の裏口の道路で、貰った自転車に跨り満足気にしていた。 自転車の傘ホルダーに、末広から貰った黒い傘を刺し、何故傘が必要なのか不思議に思ったが、聞くのも面倒なのでスルーした。
「いやぁ~、楽しかったわ〜。 引っ越しの時は連絡してくれよ、手伝いに行くからさ。 今日はありがとう。 ママチャリ大事にするわ」
「おう。 出来るだけ早く引っ越すから遊びに来い、茶菓子も用意しとくからよ」
「うん!じゃあまた!」
カチュウが意気揚々と自転車を漕ごうとした、その時。 カチュウは驚愕した。 まったく動かないペダルに。
「え…? なにこれ、漕げねぇんだが」
「あ〜、それちょっと重いんだわ、大葉用だからな。 まぁすぐに慣れるだろ、若いし」
「いや、ちょっとじゃねぇよ。 アンタらどんな脚力してんだ競輪選手かよ。 せぇのっ!ぬおおおお!」と顔を真っ赤にして気合いで漕ごうとするカチュウ。だがペダルはピクリとも動かない。
大葉がニコニコしながら「あっ、でしたらギアを変えみてください。2段ギアですから」と言うので、ギアを軽くてみたのだが、それでも普通の自転車の1番重いギアより少しばかり重い。
気合いを入れて自転車を漕ぎ、後ろを振り向いて末広に手を振り、なんとか帰路に着くことが出来た。
読んで頂き感謝です( *・ω・)