大葉の身体紛失事件③
末広は、昔の口約束程度の契約て大葉を殺してしまうところだったが、大葉が変な事に巻き込まれている事情を知り、考えを改め、殺し屋の仕事はしばらく休業となった。
「お前が助かって良かったわ。 しかし殺人未遂か…マズったなぁ。 この先お前をサポートしようにも、塀の中からじゃどうする事も出来ねぇ。 悪かったな大葉」
それを聞いた大葉は、楽しげに笑っている。
「ふふっ 大丈夫ですよ。 ここから逃げるだけならなんとかなります」
「はあ? なんとかなるってお前…。 この部屋の外に居るんだろ? 公安の女がよ」
「心配いりません。 私がここから、無事に貴方を逃がしてみせますよ。 『オオカミ少年』の教訓を実践しましょう。 ふふっ」
「ははっ なんかわからねぇけど、お前なら本当に出来そうだからすげぇわ」
大葉は末広に指示を出し、末広はその指示通りに行動する。
霊安室の入口が開き、大葉は自分の身体を車椅子に乗せて愛院の前に姿を現した。
「よかった、無事だったみたいね。 それで、犯人はどこ? 居たんでしょ?」
「逃げらたようですね。 通気口が開いていましたので、おそらくそこから出たのでしょう。 私が入った時にはすでに犯人は居ませんでしたので」
「はぁ!? 逃げられたですって!? 居なかったって…そんなはずは…」
「自分の命を救う事で精一杯でしたから、よく覚えていません。 それより、身体が戻って来たんです。 早くお医者さんに診せないといけないので、お先に失礼しますね」
大葉は身体を乗せた車椅子を押して病室へ向かった。
愛院は犯人を追うため霊安室へと入った。 大葉の言う通り、そこには誰も居ない。
大葉の身体が入っていた保管庫の扉は開いたまま、大葉の身体が寝かされていた担架は、保管庫から半分ほど出されたままだった。
右の壁側の天井にある通気口は蓋が外されていて、その下にある保管庫の扉が開いていた。 愛院はそれらを観察している。
ふと床に目をやると、マルチツール(十徳ナイフ)と通気口の蓋が床に落ちていた。 愛院は、コレで犯人が蓋のネジを外したのだと推測した。
「通気口…ここから逃げたのね。 保管庫の扉を開け、そこからよじ登って通気口の蓋を外して中に入った。 なるほどね、今ならまだ追いつけるかもしれないわね」
愛院は保管庫の扉から登り、通気口に頭を入れて、ポケットから小型のライトを取り出し、通気口内を見渡した。 しかし…何かがおかしい。
「人が入るには少し狭い、私でもギリギリくらい。 本当にここを進んで行ったっていうの? 大葉君は誰も居なかったって言ってたけど、霊安室の外で待っている時、中から男の声がしたのよね。 会話は聞き取れなかったけど、声質からして、そんなに小柄な感じではなかった…。 ここから入ったとして、出口の蓋を内側からどうやって開けるつもりなの? ここから脱出する算段で、あらかじめネジを外しておいたのかしら。 いや…そんな事をしなくても、保管庫に入れてすぐこの場所から離れれば良かったじゃない。 何で犯人はずっとここに居たの?」
愛院は通気口からの逃走は不可能であるとして、通気口の蓋を取り付けその場から降りた。
「霊安室から出ていないとしたら…犯人はまだこの中に居るはず。 だとしたら、隠れられる場所は…」
愛院は保管庫を片っ端から開けて遺体を調べた。 しかし、ここに保管されている遺体は全て死亡しているという結果に至った。
「遺体が入って居ない所も調べたけど、ここに入ったとしても中からは扉を開けられないから脱出することは不可能…どういうこと? ん?」
愛院は大葉の身体が寝かされていたであろう担架の位置が、先ほどより少し飛び出しているように思えた。
愛院は思考を巡らせ、そして閃いた、ここから犯人が脱出した方法を。
「くそっ! やられた!」
愛院はすぐに霊安室を出て、大葉吉良の病室へと向かった。そこには、ベッドの近くにある椅子に座るカチュウの姿があった。
「大葉君の身体はどこ?」
「今先生が検査してるよ、なんかスゲー慌ててたけど、助かりそうだってさ」
「そう…。 貴方、身体は平気なの?」
「うん 筋肉痛も少し引いて来たみたいでさぁ、なんかちょっとだけ動けるようになったよ」
雰囲気からして、すでに大葉とカチュウの魂は入れ替わっているようだ。カチュウの身体が回復しているようで安心すると同時に、愛院は少し苛立ちながらカチュウに語りかけた。
「良かったわね。 その感じからして、カチュウ君と入れ替わったのね、大葉君は元気? 彼と話せるかしら」
「え? いいけど…ニャン太郎、大葉と入れ替われっか?」
「まぁ出来るが…話をするだけじゃぞ。 動かれるとまた何が起きるかわからんからな」
ニャン太郎は、カチュウと大葉の魂を入れ替えた、そして愛院が取り調べを始めた。
「愛院さん、ご心配おかけしました。 もう大丈夫そうですよ」
「貴方…やってくれたわね」
「ふふっ。 おや、なんの事でしょう」
愛院は病室のベッドに腰掛け、腕を組み、自分の推理を披露し始めた。
「通気口を調べたわ、大人の男性が入って移動するには狭すぎる。 何より、通気口を通って逃げるなら、前もって出口を用意する必要があるし。 そんな用意周到な人間が、大葉君の身体を保管庫に入れてから死亡を確認するまでずっとその場に留まる理由が無いわ。 捕まるリスクを高めるだけだもの。 つまり犯人は通気口から逃げてはいない」
「なるほど、通気口は開いていただけだったんですね」
愛院は、その白々しい物言いに苛立ちながらも、それを堪えて話を進めた。
「貴方、犯人と知り合いなんでしょ。 犯人は貴方を殺すつもりだった、でも傷を負わせたくはなかった。 だから保管庫に入れて自然に力尽きるのを待っていた。 その場に留まったのは死亡を確認する事と、貴方との思い出に浸るため。 最後まで貴方と一緒に居たかったのね。 犯人は貴方と親しい間柄の人間じゃないかしら? 違う?」
「なるほど、面白い推理ですね。 ではどうやって犯人は姿を消したのでしょうか。 通気口からは逃げられないのでしょう?」
「そう、貴方は『通気口から逃げた』という言葉を使って、私を通気口に誘導して、1番始めに通気口の中を調べさせた。 私が通気口に頭を入れた隙に、犯人は霊安室の外へ出たのよ」
「おや?おかしいですね、あの霊安室に犯人の姿は無かったと思いましたが?」
「大葉君の身体が入っていたであろう保管庫が開いていたわ、そこには担架もあった。 担架は病人を寝かせたまま移動出来るわ、そのためにタイヤが付いているんだもの。 でも貴方は何故か、わざわざ車椅子に乗せて出て来たのよ。担架でそのまま移動したほうが楽だし、その後の検査も楽なはずなのに。 本当は、まだ犯人はあの場に居たんでしょ? 保管庫の奥の方に、担架で姿を隠してね、姿が見えにくかったのは犯人が黒い服でも着ていたからかしら?」
「ふふっ、憶測の域を出ませんね」
「まだしらを切るつもりなの?」
「ふふっ。 愛院さん、少し勘違いをしていますね」
「勘違い?」
「はい。 私が霊安室へ入った時『私の身体は車椅子に座っていた』『犯人はあの場に居なかった』『通気口が開いていた』『保管庫から担架が飛び出していた』事実はこれだけです。 愛院さんの推理はただの空想ですよ。検査が終われば分かる事ですが、本当に生身の人間が…しかも意識不明の人間が冷蔵庫に入れられていたのなら、数十分ほど…1時間もかからず死ぬでしょう。 私達が、身体の捜索を開始してから発見するまで、時間は30分以上経っています。 本当に保管庫に入っていたのであれば、たとえ見つけられても冷えた身体を元に戻すのは不可能です。 しかし私の身体は生きている。 貴方の推理が空想である証拠です。 しかも貴方はまだ、その空想を裏付ける証拠を私に提示していない」
愛院は言い返せずにいた、たしかにあの場での蘇生は不可能、証拠もない。 愛院は霊安室の中で何が行われていたのかを知らないし、身体が車椅子に座っていたと言われてしまえばそれまでだ。 しかし腑に落ちない。
「じゃあ、貴方はなんで死にかけていたの。 どうやって蘇生させたの?」
「私も詳しくは知らないのですが、魂と身体は数本の霊糸で繋がれているそうです。 そして、その霊糸が消えれば、魂と身体の繋がりが無くなり、魂も身体も死ぬ。 つまり私の霊糸は消えかけていたんですよ、原因は不明ですが。 それをニャン太郎さんの妖力と知識をお借りして繋ぎ留めたんです。 いやぁ本当に間一髪でしたよ、運が良かった」
愛院の疑問を解消しつつ、真実を隠蔽してみせる大葉に、愛院は苛立っていた。
「じゃあ、あの声は? 霊安室の中から声が聞こえたわ。 内容までは分からなかったけど、貴方の声ともニャン太郎ちゃんの声とも違う、大人の男の声がね」
「それはもしかして…『この声ですか?』」
愛院は驚いた、今たしかに『その男の声』を発したのだ。
「は!? 意味わかんない…。 なんで声を変える必要があるのよ!」
「お忘れですか? 私達は3人居るんです、ニャン太郎さんとカチュウ君、そして私の3人です。 この身体を使っていると、私の声はカチュウ君の声になってしまうのでね。ふふっ 3人で会話をするとニャン太郎さんが混乱すると思い、親切心から声を変えていたまでですよ。 混乱させてしまって申し訳ございません」
愛院は反論出来ない、全て辻褄が合ってしまう。『空想』と一蹴されてもなお、真実は違うと確信していた。
しかし、犯人の情報も無く、後を追う事は不可能なのも事実である。
「あー!もう! いいわ、今回は引いてあげる! でもいい!? 今度また変な事したら寝たきりでも逮捕するからね!」
「おやおや、これでは下手な事は出来ませんね。ふふっ」
大葉の身体は検査を終えて病室へ運ばれた。その後、末広の働きもあって、大葉の身体はセキュリティ万全の特別個室へ移動となった。
読んで頂き感謝です( *・ω・)